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40歳からはじめた開業準備 「本屋ウニとスカッシュ」@長崎市

書店を開業したいと思った時、いろんなハウツーを読むのもいいですが、実際どうだったのか、リアルな開業話って気になりませんか?

仕入れはどうする?物件は?借り入れは?そして、その時の心境は?

お声がけしたのは今年2月に開業した「本屋ウニとスカッシュ」略して「ウニスカ」さん。長崎市の路面電車の始発駅「蛍茶屋電停」そばの路地にオープンし、新刊や古本のほか、ZINEやハンドメイド雑貨を販売しています。

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店主の河原さんに開業のきっかけや融資の裏話にいたるまでお話をお聞きしました。

プロフィール
河原康平(かわはらこうへい)
1980年生まれ。「本屋ウニとスカッシュ」店主。学生時代の書店アルバイトからいくつかのお店での書店員を経て、不動産管理会社で働いたのち2021年2月に書店をオープン。
https://twitter.com/unitosquash

40歳、自分には何も残っていない

河原:30歳までは書店員だったんですが、その後10年間は書店から離れて、不動産の管理会社で働いていました。40歳になるというとき、「自分には何も残っていない」と感じたんです。他の人たちは結婚するなど順調そうなのに、自分には10年前と増えたものがあまりない。不動産では一応課長まではいったんですが、このまま、また1年経つと思ったら何かしたいと思ったんです。

それで去年の12月で退職しました。

とにかく40歳というのがすごく自分の中で大きかった。新たな会社でいちからサラリーマンになるというより、自分で何かを始めないとまた同じことになると感じたんです。だからもう自分を追い込むしかなかったんですよね。

今までやってきたなかでやっぱり一番好きでしたし、やるなら本屋と思っていました。長崎に独立系の書店はひとつぐらいしかないので「もっとそういう本屋があってもいい」、「外出を控えて本を読む人も増えているから需要はある」って考えたんです。

30歳、沖縄で店長に

書店員は長かったんですか?

河原:最初は大学生のときに地元の書店でアルバイトをしていました。そこからいったん県外でシステムエンジニアを1年半くらいやってたんですけど、結局向いてなくて。長崎に戻り、アルバイトしていた書店の正社員になったんです。

ちなみにどちらの書店さんですか?

河原:今は無いのですが「明光堂書店」という長崎だけにしかなかった書店です。そこも2年ちょっとで辞め、今度は佐世保に出来た大手書店に転職しました。そこで1年半くらい勤めた後、沖縄の那覇店に転勤し店長になりました。30歳手前でいきなり店長になったんですよね。

すごい経歴ですね。

河原:いきなりでしたけど、そのときの経験がいま役に立っていることも多いです。全然知らない土地でフェアを考えたり、下の人達をまとめていったり、色々と大変でした。

店長は何年ほどされてたんですか?

河原:2年半ぐらいです。その時期、家の方でも色々とあったので、どうしても長崎にいたかったんです。書店を辞めて長崎で就職しようと戻ってきたんですが、年齢のことを思うと新たにどこかの書店に行こうとは考えませんでした。

店長ということは発注やスタッフ教育などもこなすといった感じでしょうか。

河原:そうですね。九州エリアのくくりではあるんですが、沖縄だけは別というか、1人でやっていた感じです。

先輩書店や古本開業セミナーで情報収拾

書店員はされていましたが、開業についてはどう進めました?

河原:書店をやると決めたあと、もし自分でやるんだったらどういうことが必要か、そこから調べ始めました。

情報はどうやって集めたんですか?

河原:もともと、Twitterで本の感想を書くアカウントを作っていたのですが、そこで青森の独立系書店さんと知り合い、ダイレクトメールでやり取りをしながら色々と教えてもらいました。自分で取次を調べておいて、どういう特徴があるのかなどを詳しく教えてもらいました。

また、長崎の独立系書店さんにも客として通っていたので、書店を開きたいことも伝えていて、具体的な仕入れ先などを教えてもらっていました。この2つの書店さんのアドバイスには助けられましたね。

あとは神奈川県の「紫式部」さんという古本の会社があるんですが、そこが開催している古本開業セミナーも受けました。古本屋をやるわけではなかったんですが、事業計画や資金調達方法といった開業の仕方も説明されていて、色々と参考になりましたよ。

本屋として開業できそうだと思ったのはどの時点ですか?

河原: トーハンや日販などの大手取次とのやりとりは難しいと思っていたので、他の取り次ぎを調べていました。「一冊!取引所」で発注なども一人でもやっていけると知り、取次の問題はもしかするとこれでクリアできるのかなって思いました。

商売として成り立つか、みたいな部分はどうでしたか?

河原:やっぱり本屋が儲からないというのはずっと言われてたし、それって本を読まない人でも知っているくらいだから、かなりハードルが高いですよね。自分も計画を立てていたとき、利益率からすると「1日に何冊売れればいいんだろう」とかずっと計算していました。1日に15〜20冊はコンスタントに売らないといけない。ただその目標冊数は正直難しい値だったんですよ。

1日にこんなに売り上げられるわけがないと思うのですが、逆に売り上げないといけないという感じで、強気で仕入れ冊数を決めています。そういった利益率がもう少し変わるといいなと思います。

※新刊書籍の一般的な流通の仕組みは出版社→取次→書店と流れ、基本的に委託販売。それぞれの収益は約7割、1割、2割となっている(契約によってそれぞれ異なる)。

実績ゼロから銀行を味方にするまで

河原:一番うれしかったのは、今年になってからやっと建物の工事が本格的になったあたりですね。間取りとかもできて、何を買おうかとか、どういう雰囲気にしようということを考えることができました。それまではずっと家の中で、初回に発注するのはいくらにしようとか、パソコンをパチパチしてるだけで動けなかったんですよ。だからやっと動けたっていうのはうれしかったです。

物件選びの最低条件はどんな項目でしたか?

河原:路面電車沿いで、あとは家賃5万で8坪くらいを想定していました。

店舗ができてくると、いよいよって感じがしますね。

河原:TwitterやInstagramでも以前から反応は頂いていたので、実際出来たものを見せたときにがっかりされたくなかった。そのあたりからずっと店舗については気になっていたので、やっと形が出来たときはうれしかったですね。

僕もリフォームされている写真を見て、勝手にワクワクしてしまいました。壁とか外壁とかも割と年季の入った感じですよね。

河原:そうですね。昭和30年ぐらいにできた建物だったので雨漏りしたり、フルリフォームが必要でした。

もしかして、そういうのも不動産の管理会社での経験が活きたんでしょうか?

河原:管理会社時代に、工事業者の方とのやりとりはよくやっていたので、何百万円の工事はあったのですが。

個人となるとかなりの出費ですよね。

河原:一番そこは苦労しました。元々賃貸のつもりだったので、貯金だけでどうにかしようとしていました。ただ結果的に物件を買ったことで貯金をかなり使ってしまい、予想外のリフォーム代は銀行の融資をお願いしました。

借入先は地元の銀行でしょうか?どのように決めたんですか?

河原:地元の銀行です。市に開業の相談をしに行った時に紹介されました。ただ実績がないうえに、こういう本屋をやりたいという想いが分かってもらえず、ただの本屋というイメージしか持たれなかった。銀行を経由し保証会社とやり取りをしたのですが、その面談に行くまでも時間がかかりました。面談でやっと想いを理解してもらえたのですが、融資が下りるまでは結構時間が掛かりました。

プレゼンするまでが大変だったんですね。

河原:銀行の方も途中からやっと分かってくれました。それまでは本屋なんてという感じだったので。

どんな本屋をやりたいかはどのようにプッシュされたんですか?

河原:「ネットとは違い実物の本を見て、お客さんに楽しそうと感じて選んでもらいたい」と話しました。Amazonなどネット書店がダメというわけではなく、実店舗に意味があるということ、どういう本を置きたいかを伝えました。

面談には自分の本を持って行き、実際に本の手触りとかを確かめてもらったりもしました。難しい本でも実物を見たら読みたくなることもある、ということを伝えました。

どんな本を見てもらったんですか?

河原:『銀河の片隅で科学夜話』(朝日出版社)、『地球の上でめだまやき』(小さい書房)、『のどがかわいた』(岬書店)です。普段は読まないジャンルだけど表紙や名前に惚れて本屋さんで買った本です。

たしかにワクワクするセレクトです。

河原:保証会社の反応は、なんとなく言いたい事は分かったという感じでした。

なんかリアルな反応ですね。でも熱意が伝わったんだと思います。

河原:銀行の方も途中から本当に応援してくれて「どうやってもこれはいかせますので」って言ってくれて。

熱いですね。実績がない状況を動かしたのがすごいです。

条件が違う4つの仕入れ先

店舗ができて、滞りなく本も届きましたか?

河原:これは入れたいというリストを4社ぐらいに分けて送っていたので、品切れ以外はちゃんと届きましたね。

全て直接取引ですか?

河原:直接だけではなく「トランスビュー」、「JRC」、「子どもの文化普及協会」、「弘正堂」の4つを使っています。それぞれ条件が違うので、同じ出版社であればどちらがいいかなどを比べながら進めています。

「トランスビュー」は出版社でもあるので、いわゆる「トランスビュー取引代行」ということですよね。あと「JRC」、「子どもの文化普及協会」、「弘正堂」はそれぞれ取次。「弘正堂」とかは本が溜まったら宅配便で送られて来る感じでしょうか?

河原:そうですね。「弘正堂」、「子どもの文化普及協会」は手数料が掛かるので一冊だけを送ってもらうということができず、まとまった注文をしないといけない。あと前払い制であったり、入荷にも時間を要するのですが、入れたい本がそこに集まってることが多いんです。そんなにまとまった数を注文できるわけでもないので、追加するときも難しくて。

だから直接取引が出来るところが一番助かっています。送料がほとんどかからないなど、条件面が良いので、なるべく直接取引の方がいいかなと。

直接取引できる出版社が増えると助かるというのはあるんですね。

河原:ありますね。条件が変わるんで。

ついにオープン!お客さんの反応は?

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1階の様子。窓にはお店のロゴマークが。

オープンしてみてどうでした?

河原:オープン日や次の日は本当にたくさんの方に来て頂きました。ちゃんと知れ渡っているというのはすごく感じましたね。Twitterでは県外の人たちが多かったので、長崎の人が知ってくれているのか気になっていたのですが、色々なところから情報を知って訪れてくれたのがすごく嬉しかった。あと買ってくれる本の数や種類なども、これを売りたいというものから手に取ってくれたり、的外れなものは置いていなかったみたいです。

例えば小説とかですか?

河原:小説もですが、画集や詩集、あと豆絵本なども買って頂けました。ZINEもなんですが、きっとはじめてZINEを手に取ったんだろうなという方に買ってもらえたり、本当に満遍なくちゃんと見てもらっていました。

お店に来たからこそお客さんも欲しくなったと思うので、めちゃいいですね!

店内

河原:でも、眺めるだけで買わなかったりすると何が悪かったのかって気になってしまって、二度と来なかったらどうしようと考えてしまったり。並んでいる本も変わっていくので何度でも来てもらい今度こそ良いものを見つけてほしいですね。来てもらってこういう店だと知ってもらうのはすごくうれしいですが、ガッカリされたら嫌だなとはすごく考えます。

たしかに気になっちゃいますね。

河原:でも店内の様子とかは気に入ってもらったりするので、あとは品揃えをどうにかしないとなって。たとえば初日に売れたものを追加しても、タイムラグで数日間は在庫が少ない状態。もしそこに来たお客さんがそれを見て「こういう店なんだ」と思ってしまったらそれは怖いところですね。発注のタイミングって難しいです。

これからここを充実させていきたいというのは?

河原:家族連れで来る方が多くて、思った以上に児童書が売れたんです。古本の絵本も全部売れました。だからもう少し子ども向けの本を入れていきたいです。

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古本コーナーは階段をあがった2階

オープンしてみないとどんな人が来るか読めないですね。

河原:自分だったら本に関わる人の作品が好きなんですが、みんながそうではないから、違うところをもっと強化したいです。

書店員時代との違い

ー書店員の時を振り返って、自分のお店の時との違いは何かありますか?

河原:書店員の時は一定の制約はありますが、経営はそこまで意識せずに売り場を作っていられました。逆に自分の店では全てが“自由”ですが、自由の前に経営を考えるので、楽観的な気持ちでの”自由”とは捉えていないです。

オープンから数ヶ月経って、お客さんの感じはどうでしょうか?

河原:SNSを見て来ていただける方が圧倒的に多くて、近所の方がふらっと立ち寄るというのは少ないです。SNSでUPした物を探しにこられたり、ネットで購入いただいたり、一回一回の投稿が無駄な物になっては困るし余計な情報で埋もれないようにしたいので、ネットではあまり感情的な投稿はしないように気をつけています。

SNSでの発信はけっこう気を使いますね。

河原:好評なのはたまたま良い郷土本が発売された時期でもあったので、そこから長崎の歴史に興味を持っている方が地元にもネットの向こうでも多いという事が分かって、最初よりは郷土本も増やしています。

これから将来の書店像ってありますか?

河原:とりあえずこの地域の人には絶対知ってもらいたい。「ちょっと変わった書店」というよりも、町の書店として認めてもらい、気軽に来てもらいたいです。

セレクト系って敷居が高く見られがちなので、とにかく気軽に来てもらえるような感じにしたいです。といっても長崎って書店が本当に少ないんです。だから本屋に行こうと思ったら、一番近くのうちに行くというような存在になりたいですね。

ありがとうございました!

お話を聞くと書店を開業するって改めて大変だと感じました、でも、利用する側からすれば書店は一人でも家族でも誰でもいけて、自分にとって大切な場所になれるお店。書店の開業って自分がやりたいという思い以上に意義のある行為なのでは。

また、こんな風にどの書店だって最初に作った方がいてドラマがあったんだなと思うと、自分の町の書店を見る目も変わってくると感じました。

〈書店情報〉
本屋ウニとスカッシュ
住所:長崎県長崎市中川2丁目15-15
営業時間:10時〜19時
定休日:不定休
https://unitosquash.stores.jp

ちなみに、書店名の由来が知りたい方はウニスカさんのnoteにて詳しく書かれています。

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