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もしかしたら、日本で初めての「クラウドパブリッシング」成功事例だったのかもしれないー『全196ヵ国おうちで作れる世界のレシピ』

昨年の12月、このようなプレスリリースが幻冬舎さんとCAMPFIREさんから発表されました。

CAMPFIRE×幻冬舎 出版業界を改革する共同出資会社設立に関するお知らせhttps://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000094.000019299.html

「個人の出版」をずっと身近にする、とても素晴らしい構想です。

持ち込まれた出版アイデアをもとにCAMPFIREがこれまでに培ってきたクラウドファンディングのノウハウを使い、さらにそこに幻冬舎の企画力や編集力、宣伝力を掛け合わせることで、全く新しい出版のモデルを構築します。

それから半年が経ち、改めてこのプレスリリースを読み返すと、このリリースと同時期にライツ社が出版した『全196ヵ国おうちで作れる世界のレシピ』は、もしかしたら、「クラウドパブリッシング」の日本初の成功事例なのではないか、と気づかされました。


これまで、本を出したい人が個人単独でクラウドファンディングを活用し、資金を集め、「自費出版」として本や写真集を発表する、というケースは多々ありました。
しかし、出版社と著者が最初から組み、【クラウドファンディング→出版→現在重版5刷】というところまで「商業出版」として持ってこれたのは、知るかぎりではこの本が初めてのケースなのではないかと思います。

この事例が多くの著者、また出版社の方の参考になれば、という思いで、どのような施策を実施したか、をまとめます。

▶︎大まかな流れと結果

2016年
(9月) 著者と初めてお会いし、クラウドファンディングによる出版を提案
(12月)CAMPFIREにてクラウドファンディング記事を公開
2017年
(3月)達成 → 書籍制作費の資金調達としては当時のCAMPFIRE史上最高額
(4月)制作開始
(12月)「朝日新聞」で紹介され発売前重版、全国書店にて出版
2018年
(1月)出版1ヶ月内に関西の人気テレビ番組「ちちんぷいぷい」「おはよう朝日です」で紹介。その後、「神戸」「毎日」「読売」と続々新聞各紙で紹介
(2月)著者が事業展開している「レトルト食品×書籍の併売」を全国書店にて開始
(4月)重版5刷突破!
(5月)「料理レシピ本大賞」エントリー
(6月)著者のレトルト食品とともに「東急ハンズ全店」で取り扱い開始

▶︎そもそも、どんな本か?

日本で初めてとなる、全世界196ヵ国の料理が載ったレシピ本。「見たこともない料理を、スーパーの材料で作れる」をコンセプトに制作。掲載レシピは、すべて著者が世界を旅しながら現地で、あるいは日本で暮らす外国人、時には各国大使館を通して学んだもの。
著者は神戸市在住のシェフ、本山尚義。フランス料理を修行し、ホテルの料理長になる。27歳のときに訪れたインドでスパイスの魅力に出会い、世界の料理に目覚め、以後世界30ヵ国を巡りながら料理を教わる。帰国後はレストラン「パレルモ」を開き、2010年から2012年には世界196ヵ国の料理を提供するイベント「世界のごちそうアースマラソン」を開催。現在は、世界の味を家庭で楽しめるレトルトにして販売する「世界のごちそう博物館」を主宰。

では、ここからは順を追って、「クラウドファンディング」「出版とその後」「レトルト食品×書籍の併売」の3つについて、ポイントをまとめていきます。

▶︎クラウドファンディングについて

https://camp-fire.jp/projects/view/13557

(概要)

サービス:CAMPFIRE(当時もっとも手数料が安かった)
目標額:300万円(達成金額:3,785,395円)126%
手法:All-or-Nothing(もし目標額に到達しなければ受け取れない)
予算内訳:印刷・製本費200万円 、材料・調理費20万円、撮影・コーディネート費40万円、デザイン費40万円
パトロン数:425人
期間:2016年12月〜2017年3月(著者の誕生日が最終日)

(なぜしたのか?)

・「世界の料理」というテーマがあまりにもニッチであるため、売れるかわからない(普通に出版しても売れない)。そのために、需要があるのかを知る、また、広報的要素も含めて発売前から話題をつくる仕掛けが必要だった
・レシピ本は通常の本より原価がかなり高い(フルカラーであること、材料・調理日がいること、撮影・コーディネートの人件費があることetc...)

以上の点を踏まえ、著者のこれまでの活動にストーリーがあること、誠実であること、多くの方に応援していただける人柄であることから実施を決定。

ライツ社としても、この時期は創業したばかりであり、資金面でも不安定であったこと、出版する本は必ず売れなければいけないという状況でした。そんな中でも著者の本山尚義さんの「料理を通じて世界の平和に貢献したい」という想いに共感し、その想いを少しでも現実にしたい。
そう思ったため、できる限りのことをしようと、ライツ社としても初めてクラウドファンディングにチャレンジしました。

(本山さんの想い)

私が行ってきたこと、それは…。
1.世界を旅して世界の料理と現状を知り、2.レストランでは世界の料理を提供しお客さんに知ってもらい、3.レトルトを作ってご家庭で気軽に食べていただき支援をしてもらう努力を続けてきました。4.そして、その集大成として、本でできることとは?
それは実際に皆さんに「つくってもらう」ことです。自分がつくった料理って思い入れがわきませんか? 子どもでも自分でつくった料理なら嫌いな野菜でも食べたりできるんですね。
出された料理っていうのはどうしても受け身になってしまうものです。しかし自分でつくる行為はどうでしょうか? 例えば豆をじっくり煮る料理がありますが、煮ている間に現地の風景や生活を想像しやすいと思います。「あ、現地でもこうやって煮込んでいるんだ」、「こんなに時間がかかるんだ」。そういうことを感じながらつくってもらえたら、もっと世界が身近に感じられると思うのです。

ただ、当時の「個人が行うクラウドファンディング」にはいくつかの問題点がありました。

・「記事の質」そのものが低い
・「リターン」の内容が魅力的ではない かつ 個人でやるには負担が大
・「記事の拡散」に限界がある かつ 個人でやるには負担が大

そのため、ライツ社で以下のことを実施しました

・著者を取材し、記事ページそのものを制作
・リターンの内容を考案、またリターン作業も共同で行う
・記事のプレスリリースを関係メディアに配信、拡散依頼


クラウドファンディングは、言うまでもなく「共感」がすべてです。ですから、記事ページの内容の質が成功するか否かのすべてです。ですが、個人が客観的に自分を省みて記事を作成することは難しい。そのため、ライツ社の編集者自身が記事ページそのものを制作しました。
ここで大切なことは、「クラウドファンディングページの構成はほとんど書籍の構成と同じ」ということです。「はじめに」があって「目次」があって、本文には読み進めたくなる見出しがあって、盛り上がる部分と、詳細が丁寧に書き込まれている部分があって。
著者のこれまでの活動について丹念に取材し、必要な写真や動画素材をご提供いただくというのは、本づくりの流れそのものでした。
今、振り返ると、この記事内に掲載した見出しや内容が書籍にそのまま使われていることもあり、書籍の制作前に構成やコンセプトをはっきりさせる意味でもとてもよかったと思います。(写真は記事ページの目次部分)

次に、クラウドファンディングのリターンというのは、感謝の気持ちを形としてお返しする、もっとも手を抜けない作業です。しかし、日常業務を行いながら、時間をかけてリターン作業(特に発送作業)を行うことは、個人で活動されている方にとってとても大変なことです。
そのため、リターン内容そのものが軽いものになってしまったり、金額に見合わないものになっている例もよく見受けられました。
しかし、出版社がこの部分も共同で行うことで、アイデアを出せますし、発送作業も複数人で行うことができる。リターン内容の質そのものも上げることができました。(写真はリターンで実施した試食会の様子)

最後に、拡散です。個人の拡散力の範囲で目標金額を達成することができればいいのですが、数百万円という金額となるとそうはいきません。計画的なプレスリリースと相当量の露出が必要となります。こちらも個人で行うにはなかなか難しい。
しかし、出版社には、これまで培ってきたプレスリリースのノウハウがあります。どのタイミングでどんな内容を著者自身に発信してもらうのかお伝えし、実践していただく。
また、ライツ社はもともと「旅の本」に強い出版社ですので、旅関連のウェブメディアに取材していただいたり、インフルエンサーの方々に記事を拡散していただくこともできました。(写真はTABIPPOのfacebookページ)

結果、目標額300万円に対して、3,785,395円(126%)で達成することができました。

▶︎出版とその後について

2017年(12月)
「朝日新聞」で紹介され発売前重版、全国書店にて出版。実はここにもクラウドファンディングを実施してよかったことがあります。実は、朝日新聞の記者の方ご自身が出資者の一人だったのです。
そのため、制作段階から丁寧な取材をしていただき、発売前に満を辞して大きな記事を掲載していただくことができました。

この新聞効果で予約販売だけで在庫が切れ、発売前重版が決定。その後、新聞記事を見たMBSのディレクターさんから、「ちちんぷいぷい」への出演依頼のご連絡。「ちちんぷいぷい」は関西で1、2を争う夕方の人気番組で、レシピ本のターゲットでもある主婦の方がたくさん見ている番組です。

そして、勢いそのままに全国書店にて発売。

プレスリリースを発信。cakesで全文連載開始。そして、各ウェブメディアでも続々紹介され、バズ。

・cakes
「謎の料理バカ、全世界196ヵ国196品の料理写真を一挙公開!」https://cakes.mu/posts/18381
・ねとらぼ
「世界の料理を身近な材料で作れるレシピ本「全196ヵ国おうちで作れる世界のレシピ」が登場」
http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1712/19/news034.html
・ダ・ヴィンチ
「SNSで反響続出! スーパーで手に入る材料で、全196ヵ国の料理が作れちゃうレシピ本」
https://ddnavi.com/news/426604/a/
・デイリーポータルZ
「196ヵ国の料理が作れるレシピ本を書いた人に話を聞いてきた」
http://portal.nifty.com/kiji/180226202168_1.htm

拡散された記事を見て、朝日放送「おはよう朝日です」のディレクターさんよりご連絡。こちらも、関西でいちばんの視聴率を誇る朝の情報番組です。さらに重版。

おかげさまで5刷を突破するヒット作となりました。ですが、本番はここからでした。ここからが出版社として、編集者の役割としてより大切な部分でした。

▶︎「レトルト食品×書籍の併売」について

著者の本山さんは、個人事業として、世界の料理をレトルト食品にして通信販売しています。このレトルトとレシピ本の「併売展開を書店で実施する」ことが、この出版企画の当初からの目標の1つでした。

(概要)

商品名:世界のごちそう博物館シリーズ
SKU:50種ほど
価格:650円~750円
販売:通信販売、全国スーパーなど

何より、このレトルト食品のサイズが偶然にも「A5」だったのです。そう、多くのレシピ本と同じサイズです。そしてさらに偶然にも、大阪の書店に1店舗だけ納品され、売れた実績があった。それをもとに、全国の書店に併売展開の営業を仕掛けました。

全国十数店舗での展開。現時点での主な結果の数字はこちらです。

・ジュンク堂書店池袋本店(東京)
(レシピ本)入れ数111 売れ数93 /(レトルト)入れ数273 売れ数168
・梅田 蔦屋書店(大阪)
(レシピ本)入れ数75 売れ数59 /(レトルト)入れ数130 売れ数120
・金高堂本店(高知)
(レシピ本)入れ数33 売れ数31 /(レトルト)入れ数100 売れ数80
・大垣書店ヨドバシ京都店(京都)
(レシピ本) 入れ数63 売れ数47 /(レトルト)入れ数129 売れ数85

併売=売り場面積が大きくなるということです。結果、レシピ本が売れたことはもちろんですが、何よりレトルトの売れ行きがものすごかった。しかもレトルトは卸を通さない直接取引なので書店さんにとっては利益も大きい、という最高の結果となりました。

現在の書店が抱える大きな課題の1つが、「書籍以外の商材」を売ることです。しかし、単に雑貨や衣料品を仕入れても、既存の雑貨店と同じ店になるだけ。では、どうすればいいのか。
すごく単純なことですが「本×〇〇」をつくることです。もう少し具体的にいうなら、「書籍が持つストーリーを生かし、1冊の本をフェアの中心に据えて、他の商材を売る」ということ。
この点から見ても、今回の「レシピ本×レトルト食品の併売」は、まさに書店が求めている、かつ「とても展開しやすい」フェアだったのではないでしょうか。

(書店が展開しやすかった理由)

・レシピ本とレトルト食品のつくっている人が同じ
・レシピ本とレトルト食品のサイズが同じ
・世界の料理をおうちで食べてもらいたいというストーリーも同じ

本が売れる=出版社が嬉しい、レトルトが売れる=著者が嬉しい、本もレトルトも売れる=書店が嬉しい。どの立場から見ても全員が利益を得ることができたこのフェアは、実施してよかったなと改めて思います。

そして先日、このフェアは書店を飛び出し、「東急ハンズ全国全店で実施」というニュースも飛び込んできました。(写真は梅田店)

ものすごく、大きな展開です。嬉しかった。神戸の小さなレストランから始まった本山さんの想いが、全国に届いている。
書店では本がメインになり、雑貨店ではレトルトがメインになる。この違いもおもしろいですね。

▶︎所感

先日、ピースオブケイクの加藤貞顕さんがこうおっしゃられていました。編集者の仕事とは、

1.ものを作る(のを手伝う)
2.ものを売る(広げる)
3.そのための環境を整える

今回の事例は、まさにこの言葉を丁寧に実践した軌跡だったのではないかと思います。幻冬舎さんが大きな規模でこれから実践されていく「クラウドパブリッシング」も。

そして、「レトルト食品×書籍の併売」についても同じです。

どこの書店も、「新しい売り場」をつくりたいと思っている。しかし、日々の新刊の品出し・展開でさえ手一杯なのに、書籍以外の商材を使ったフェアなど考えている時間はない。
そんな状況の中で、出版社側が、そもそも「本×〇〇」という書籍以外の商材を使ったフェアまで展開できることすら見越した本づくりを行うこと。

こうした事例こそが、これからの編集者の仕事だと思うのです。

最後に『全196ヵ国おうちで作れる世界のレシピ』は、現在、書店員がもっとも売りたい小説を決める「本屋大賞」のレシピ本版、「料理レシピ本大賞」にエントリー中です。
より多くの方にこのレシピ本が届き、本山さんの「料理を通して世界を平和にしたい」という想いが伝わりますように、そして、料理を通して世界の様々な問題に関心を持っていただくきっかけが生まれればと思っています。

ライツ社は、著者とただ本を出すだけではなく、著者の想いを大きく太く広めていくパートナーでありたいと、いつも強く、思っています。





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