認知症のある方が、大切なモノやお金が「盗まれた」と思ってしまう理由
見出し画像

認知症のある方が、大切なモノやお金が「盗まれた」と思ってしまう理由

認知症のある方の心と身体には、どんな問題が起きているのでしょうか? いざこういうことを調べてみても、見つかる情報は、どれも医療従事者や介護者視点で説明したものばかり。肝心の「ご本人」の視点から、その気持ちや困りごとがまとめられた情報が、ほとんど見つからないのです。

この大切な情報を、多くの人に伝えたいと思い、書籍『認知症世界の歩き方』から1話ずつ、全文公開いたします。興味を持っていただけましたら、お近くの書店やAmazonでお買い求めいただけるとうれしいです。

画像1

思い出のタイムトラベルから、抜け出せるか!

認知症世界。この世界には、いつの間にかタイムスリップしてしまい、過去の思い出とともにどんどん歩みを進めたくなる不思議な街があるのです。

画像1

小高い丘に広がる高級住宅街・アルキタイヒルズ。不思議なことに、ここを訪れただれもが「懐かしいなあ」という言葉を口にします。実はこの街を歩いていると、それぞれの忘れがたい思い出が次々と、ひとりでに呼び起こされるのです。

現役刑事だった頃、一晩中張り込みした記憶。絶世の美女との夢のような1日。友人の科学者が発明した空飛ぶスケートボードで飛び回った思い出……。昔の記憶があたかも今、起きているかのように感じられ、夢中で当時と同じ行動をとってしまうのです。

懐かしい気分になるだけでなく、
本当にタイムスリップしてしまう

たとえば、久しぶりに地元へ帰省した際。散歩をしていると、「ここは幼馴染とよく遊んだ公園、あっちは学校終わりに通った店だな……」と、街の風景と自分の記憶を結びつけることってありますよね。

懐かしい思い出に浸る時間は、なんとも心地よく、安らげるもので、ちょっとしたタイムトラベルを楽しんでいるような気分になります。人の記憶はふとしたことで生々しく蘇り、感情や行動に強く働きかけるのですが、もし過去と現在の区別がつかなくなったとしたら……?

(旅人の声)

今朝、目が覚めると「おっと遅刻遅刻。早く会社に行かなければ」と思い、10年前まで勤めていた会社に足が向かいました。その……わたしはすでに会社を退職しているのに、です。

バスに乗り遅れまいと急いで歩いたのですが、歩いている途中に結局、自分がどこに向かっていたのか、なぜ歩いているのか忘れてしまいました。

困ったわたしは、「家に帰らなければ」と思ったのですが、手ぶらで出てきてしまったし、帰る道もわからなくなってしまったしで、途方にくれてしまいました。だって「わたしの家はどこですか?」なんて、恥ずかしくて人には聞けません。

とにかく「見慣れた景色が見つかるかもしれない」と考え、歩き回っていたところ、ご近所の方と出くわし、無事に自宅まで帰ることができました。

こんなふうに、最近はまるでタイムスリップするかのように突然、昔の自分に戻ってしまい、「どうしても出かけなければ」という気持ちで、玄関の扉を開けて出かけることがよくあります。

朝だけではありません。昼食を済ますと、今度は「そろそろ夕飯の買い物に行かなくては」と思い、商店街に歩いていきました。

実は、近くに住む娘が毎日家まで夕飯を届けてくれるので、わたしが買い物に行く必要はないのですが、今でもこの時間帯になると、娘と息子のために夕飯の準備をしなければと思い、毎日、商店街に足が向かってしまうのです。

なにより、商店街の店主や、ばったり出会うご近所さんとのちょっとした立ち話がわたしの長年の楽しみだったせいでもあるのでしょう。

はじめに、お肉屋さんが「今日はこのお肉がお買い得だよ!」と教えてくれます。次に魚屋さんでは旬の魚を教えてもらい、「今日は秋刀魚にしようかしら」と夕飯の話をします。郵便局では、窓口の人とちょっとした世間話をして、八百屋さんではご近所さんも集まって子どもの話をしたりして。そうして家に帰ってくるのです。買い物をしたあともなぜか手ぶらですが、そんなこと、わたしにはどうでもいいような気がします。

だって、商店街の人たちは、みんなわたしのことをよく知っていて、いつもわたしを喜んで迎えてくれるのです。それは、とても楽しく、気持ちの安らぐ大切なひとときなのです。

こんなふうに、わたしは時々タイムスリップをしながら、その時代の中をわたしらしく歩いています。

家族からは怒られるのですが、子育て中の思い出の中にいるわたしは、気分も20代のように軽やかで、今よりずっと元気です。ほかの人にはなかなかわかってもらえませんが、わたしには、わたしの大事な用事や大切な思い出があって、そのために1人で出かけています。

ただ、その理由を聞かれたときには、「あれ、なんで歩いていたんだっけ?」とわたし自身が忘れてしまうので、うまくほかの人に話せないのが残念……。たまには、家族と一緒に昔話でもしながら散歩したい気持ちもあるのですが。

無目的に歩き回っている
ように見える理由

「認知症の方が徘徊するので困っている」という話をよく聞きます。しかし、認知症のある方はあてもなく歩き回っているわけではありません。家の外に出るには、必ずなんらかの理由があるのです。

それは、仕事に行く、だれかに会いに行く、買い物に行く、音楽や演劇を鑑賞しに行くなど、それぞれです。そして、その行動は、過去の思い出や習慣に基づいていることが大半です。

「仕事を辞めた今でも仕事のことに執着している、こだわっている」という声もよく聞きます。しかし、10年以上前に退職していたとしても、本人の中では過去の記憶が今まさに呼び起こされているので、毎日出勤するのは当たり前のことなのです。

そう、本人にとっては真実を言っているだけ。

ただ、明確な意図を持って歩きはじめていても、途中で自分はなぜ外に出たのか、どこに向かっていたのか忘れてしまうことがあります。そのため、外出の理由を説明できなかったり、戸惑ってしまったりすることも多く、周りの人から見ると、あてもなく歩いているように見えてしまうこともあるのです。

(旅人の声)

夜、時計の針が22時を回った頃、突然「そろそろ家に帰らないと」と思ったので、支度を始めました。パジャマの上からコートを羽織り、バッグに財布やスマートフォンを入れて、「そろそろ、お暇しますね」とその家の主人に言いました。するとなぜか、その人はいきなり怒り出し、「何言ってるんだ、ここがあなたの家でしょう!」と腕を掴んできたのです。ここはわたしの家ではないし、何がなんだかわからず、怖ろしくなってしまいました。その男は息子だったのですが、そのときのわたしには、そうは見えなかったのです。

だって息子は、可愛くて思いやりの深い子なのに、目の前にいた男は、鬼のような顔でわたしを叱り続けていたのですから。

自分の家を他人の家だと
思ってしまう理由

この出来事には、いくつかの理由が考えられます。

まず、過去に住んでいた自宅の記憶が強く想起されて、現在の自宅の記憶にオーバーラップしてしまうため。自分の家ではないところにいる → 夜になったのだから自分の家に帰ろう、とシンプルに思ってしまうのです。

もう1つ、空間や人の顔などを認識する機能に障害が起き、その場所を自宅だとわからなくなっているためということもあります。(STORY5「顔無し族の村」)

また、病気の進行への不安・孤独感・家族との関係が良好でないことからのストレスが、「落ち着くことのできる自宅に帰りたい」という気持ちを誘発しているということもあります。どれか1つというよりも、いくつかの要因の積み重ねによることが大半です。

画像2

(旅人の声)

翌日も、息子と大ゲンカをしたんです。だって、わたしだけ家に置いて、息子夫婦と子どもたちだけでデパートに出かけたんです。いつもなら「一緒にいく?」と誘ってくれるのに、仲間外れにされた気分になりました。息子は、「わたしへの誕生日プレゼントを探しにいったんだ」と言っていましたが、そんなの嘘に決まっています。

またその翌日、スーパーで会計をしようとすると、財布の中にあったはずのお金がほとんどありませんでした。

家に帰って、息子に「現金がないんだけど知らない?」と尋ねたのですが、昨日の一件があったからなのか、息子は「そんなの知らない」とそっけない一言。そこでわたしは、「こんなにわたしが困っているのに一緒に探してもくれないなんて、きっと息子がお金を盗んだに違いない!」と確信しました。

「そんなこと言って! あなたがわたしの財布からお金を盗ったんでしょ!」と言ってもシラを切るばかり。ますます怪しい。もう怒りがこみ上げてきて、このあとは大ゲンカです。以前は、息子とも仲が良く、ケンカなんてほとんどしなかったのですが……。

なんだか最近はちょっとしたことでイライラしたり、急に気分が落ち込んだりしてしまうことがよくあります。どうも自分の思い通りに気持ちがコントロールできないので、なるべく疲れやストレスを溜めないように気をつけています。

大切なモノやお金が
盗まれたと思ってしまう理由

自分の大切なモノが、あるはずの場所になかったら。だれかのことを疑ってしまうことは、認知症のあるなしにかかわらず、だれにでもあるのではないでしょうか。

本人がお金を使ってしまって財布が空になっていたとしても、その買い物の記憶が保持されていなければ、当然「お金は財布の中にあるはずだ」と思ってしまいます。経緯を知っている周囲からすると、おかしなことや嘘を言っているように思えるかもしれませんが、本人の記憶の中では正しいことを言っているのです。

画像3

そして、正しいと思っていることを、「嘘をついている」「間違っている」などと頭ごなしに非難されてしまうと、どう思うでしょうか? つい感情的になってしまうのも、わかりますよね。

感情を抑えることが難しい、思ったことをそのまま口走る、衝動的に行動に移してしまうなどの症状には認知症が影響していることもあります。しかし、原因はそれだけではなく、人間関係のトラブルによることも多いようです。

また、つじつまが合わない出来事に直面した際、自分が納得できる理由をつくりあげてしまうことが多いようです。

お財布の中にあるはずのお金がない→自分は最近使った覚えがない→だれかが盗んだ以外に考えられないなどと考えてしまう。これも決して嘘を言っているわけでも、不条理に怒っているわけでもないのです。

次ページには、このストーリー内にアイコンの形で登場した「心身機能障害」と、その障害が原因と考えられる生活の困りごとを一覧にしてまとめています。ご自身や家族、周囲の方の困りごと・生活環境を振り返る参考にしてみてください。

画像4

画像5

画像6

画像7

10月17日、出版記念イベントを
開催します。

認知症当事者の声を聞ける貴重な機会です。ぜひ。




この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
ライツ社

出版業界を新しくしたい。もっと良くしたい。読者と、書店と、友達のような出版社でありたい。「本ができること」を増やしたい。いただいたサポートは、そのためにできることに活用させていただきます。

本とは凍りついた心を解かす光です
2016年創業。海とタコと本のまち「兵庫県明石市」の出版社です。writes.right.light「書く力で、まっすぐに、照らす」を合言葉に、ジャンルにとらわれず本をつくっています。 https://wrl.co.jp