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はじめて「夜回り」でホームレス状態の人に会った日から感じていたこと

4月28日、写真集『アイム Snapshots taken by homeless people.』(発行Homedoor、発売ライツ社)が発売されました。

この写真集のカメラマンは、ホームレス状態の人たち。

・河川敷で10年以上暮らす元建設業の男性
・ネカフェ(インターネットカフェ)を転々とする元ホストの男性
・教会に通う元引きこもりの女性

年齢も、性別も、状況も、さまざまな人たちがフィルムカメラで自分たちの街を切り撮った写真集です。巻末には、1人ひとりのインタビューも収録されています。

プロジェクトの発起人は、12歳で釜ヶ崎を初めて訪れてホームレス問題を知り、2010年からホームレス支援を行う大阪の認定NPO法人Homedoor(ホームドア)事務局長の松本浩美さん。2017年からホームレス状態の方々にフィルムカメラを渡し、日常を撮影してもらうという活動を続けてきました。

ライツ社に最初にご相談いただいたのが2019年11月。クラウドファンディングを立ち上げたのが2021年3月。結果、506人から600万円以上のご支援をいただき、2年半もの時間がかかりましたが、ついに2022年4月に出版まで漕ぎつけることができました。まず、ご支援いただき、長期間に渡る制作を温かく見守っていただいたみなさまに感謝いたします。

以下、編集担当の有佐の執筆です

はじめて参加した「夜回り」で感じたモヤモヤ

Homedoorでは月に1度「ホムパト」といって、ホームレス状態の方々にお弁当や必要な物資を届ける夜回り活動を行っています。ぼくも夜回りに参加しました。

終電ギリギリまで大阪の街を歩き、20人以上の方にお会いしました。

元々スタッフと顔なじみで楽しく談笑される方、改札前のベンチで呆然としていて声をかけると「東京から来ました」と仰った方、自分の意思でお弁当を受け取らなかった方。多くの方が、見た目の判断ではホームレス状態ということがまったくわからない方でした。

あたりまえのはずのことなのですが、1人として同じ方はいませんでしたし、それぞれに状況がちがうことを知りました。そして、「ホームレスとは一時の状態を指す言葉であって、ホームレスという1つの人格はない」という、プロジェクトの開始当初から、松本さんから何度も聞いていたはずのメッセージをはじめて深く理解する機会となりました。

夜回りに参加するまでは、正直、身構えていた自分がいました。「なにか特別な立場の人と会うのだ」と思っていたのかもしれません。「自分には偏見はない」と思いながらも、無意識にそういった感覚を持ち合わせていたことに気づき、自分のなかで消化し切れないモヤモヤを感じたことをいまでも覚えています。

その日、松本さんは仰ってくれました。

「今日はそれぞれの胸でいろんなモヤモヤを感じたと思います。そのモヤモヤを大事にしてください」と。

写真があるからたくさん話してくれた

その後、少しずつ撮影の協力者が名乗りをあげてくれました。Homedoorの事務所に来ていただいたり、夜回りでお見かけした際にフィルムカメラを手渡すと、数日後、使い切ったカメラを持ってきてくださいました。

そこからネガフィルムを梅田にあるヨトバシカメラに持っていき、ぞくぞくと写真が現像から上がってきます。いったいどんな風景が撮影されているのか、そのときまでまったくわからないので、ドキドキです。

そんなぼくたちの心配をよそに、上がってきた写真にはどれも、撮影してくれた方の視線がそのまま写し出されていました。

インタビューは、撮影された写真を見ながら行いました。カメラマンとなったご本人も、「こんな写真が撮れてたんですね」とか「これはちょっと暗すぎたな」とか、楽しそうにコメントしてくれました。

ときには「ここの公園の噴水を撮ろうと思ったんだけどね、なかなか水が出ないから、我慢できなくてシャッター押しちゃった」というお茶目な一面が垣間見れたり、「知らないの? ここのコロッケすごくうまいんですよ」と大阪のグルメ情報を教えてくれたり、「むかしは日産のチェリーって車に乗っててね」と車の話で盛り上がって大きく話を脱線したり、本には収録しきれないほどたくさんの話を聞かせてもらいました。

写真があることで、ぼくも話しやすかったし、みなさんも話しやすかったのではないかと思います。その延長で、過去のこともたくさん話してくれました。なかにはホームレス状態になったきっかけを話してくれた方もいました。ご本人の確認を取り、巻末のインタビューページに掲載されているものもあります。

ぼく自身インタビュー前は少し緊張していましたが、回を重ねるごとに次はどんな話が聞けるのか、とても楽しみな時間になっていきました。

その時間で感じたのは、あえて、こういった言葉を使うと、「もうほんとにみんなふつうの人だな」ということでした。ただ、きっかけが2つ3つ重なってしまったことで、ホームレス状態になってしまった。

ここに、写真集に掲載された写真とインタビューの一部をご紹介します。

(pp. 138-139) 美術館。子どものあれで、懐かしいなと思って。幼稚園のとき、先生に「うまく描けましたから、 二科展に出したら優勝したんです。子どもさんと同行してください」って言われて。新聞に名前載ってね。ここで表彰式やったの。この階段で、家族で、写真撮って。
(pp. 74-75) 別に僕が三脚を立ててカシャカシャ撮ったんじゃなくて、バスに乗って撮ったんですよ。ここで撮りたいなっていうポイントではあったんですけど、尾崎豊の 「十七歳の地図 SEVENTEEN'S MAP」を意識して撮りました。歩道橋が歌詞の中に出てくるんですよね。
(pp. 172-173) スズメがね、6月、梅雨時期はパンをやるんですよ。ちょうど子スズメが生まれる時期なんで。やる前はね、何羽か死によったんです、梅雨の時期に。それで夕方やるようになって。夕方になると集まってきよるんです。

ホームレスという1つの人格はないということを知ってほしい

この本をつくるにあたって、一貫して表現したかったメッセージは、Homedoorの松本さんと、このプロジェクトを通して出会ってきたみなさんから教えていただいたことです。

「ホームレスとは一時の状態を指す言葉であって、ホームレスという1つの人格はない」

写真集のタイトルは、『アイム』です。「I am」は「わたしは〜である」という意味です。人はホームレスという言葉でひとくくりにできるものではありません。

そして、撮影者ごとにページブロックが分かれているこの写真集の特徴を示した言葉にもなっています。写真集の構成は、前半が写真パートで撮影者ひとりずつブロックに分けて掲載、後半はインタビューパートとなっています。

写真とテキストを同じページに配置するという構成の仕方もありますが、今回はあえてそうはしませんでした。

理由は、まずは写真だけ見てもらい、その後インタビューを読んだあとで、再度写真を見てほしいと考えたからです。

彼らの世界をみる視点が、世界が彼らをみる視点に変化を与えることを願って。

なぜ撮ったのか、どういった人が撮ったのかを知った状態では、きっと写真の見え方が最初と変わるのではないでしょうか。

その視点の変化こそが、写真集に唯一記載させていただいた、ぼくたちからのメッセージに込めた願いです。

「彼らの世界をみる視点が、世界が彼らをみる視点に変化を与えることを願って」

この言葉はちょうど、ぼく自身が夜回りに参加した日から、1人ひとりとインタビューで顔を合わせたことで感覚が変わっていった日々とリンクしていました。

多くに方にとっても、この写真集との出会いが、そういった目の前の景色が変わるような体験であればいいなと願っています。


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