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書店員さんがいなければ作れなかった、届かなかった本がある

2024年4月10日、本屋大賞の結果発表がありました。

大賞は、宮島未奈さんの『成瀬は天下を取りにいく』。そして『放課後ミステリクラブ』(作・知念実希人 絵・Gurin.)の結果は、第9位。大賞とはなりませんでしたが、児童書で史上初の快挙となる「本屋大賞ノミネート」という結果をいただきました。

『放課後ミステリクラブ』は、普段は大人向けの小説を書く人気ミステリ作家・知念実希人さんが初めて書いた児童書。

本屋大賞とは、全国の書店員さんが投票で「今いちばん売りたい本」を決める賞です。「本が売れない時代」と言われるなかで、「売り場からベストセラーをつくる!」という合言葉のもと、有志の書店員さんの手づくりで始まった賞です。

今年で21回目。投票に参加した書店員さんの人数は過去最大に。大賞になった作品は数十万部の大ヒット……からの映画化もたびたび。年々その価値を増すこの賞に、自分たちが作った本がノミネートされた。その喜びは、「言葉では言い表せない」という表現はこういうときに使うのかと初めて知るような、とてもとても、大きなものでした。

多くの書店員さんたちからいただいた応援に感謝を伝えたい。そして、書店員さんがいないと生まれなかったこの作品の経緯を残すため、ここに記したいと思います。

「知念さんが子どもの本を書いたら絶対おもろいと思うねん」と、書店員さんが言った

企画のはじまりは、今から4年前にさかのぼります。

2020年2月20日、ライツ社の営業・高野がとある書店を訪れたことがきっかけでした。徳島の老舗書店「平惣」さんです。

平惣さんには、高野が前職時代から、そしてライツ社の設立間もない頃からよくしてくれている書店員さんがいたのです。

その営業後のお酒の席でのこと。3軒目だったか4軒目だったか。最後の〆のお店でした。同じ業界の先輩から、「営業は最後まで立っているのが仕事だ!」という含蓄のある言葉をもらったことがある高野は、その日も最後まで立っていました。

高野のGoogleカレンダーにはこんなメモが残っていました

お店には2人だけです。突然、書店員さんの口からこんな言葉が飛び出しました。「知念さんとライツ社で絵本作りたいんよな」。深夜3時過ぎ、お好み焼きの香りに包まれた店内に言葉が響きました。

その書店員さんは、サイン会などを通して知念さんと親しくされていて、以前から知念さんの絵本を作りたいと思っていたそうです。「知念さんが子どもの本を書いたら絶対おもろいと思うねん」。高野は、その場で「ぜひやりたいです!」とお返事しました。

知念実希人さんといえば、当時すでに本屋大賞にノミネートされ、数々のヒット作を生み出していた超人気ミステリ作家さん。一方、そのころのライツ社は絵本も小説も出したことはありませんでした。書店員さんからは「ほんまにできるんか?」と何度も聞かれましたが、とにかく「ハイ!」と答えていました、と高野は振り返ります。

この企画のために、もう1人編集者を採用しよう

その後、書店員さんを交えた作戦会議を行い、編集長の大塚から知念さんに、思いの丈を綴ったお手紙を送ることにしました。すると「ちょうど自分の子どもも本を読める年齢になったし、なにより“本が好きな子どもを増やしたい”という気持ちに共感しました」という返事があり、OKをいただくことができました。

が、ここから問題にぶつかります。子どもの本の企画を考えれば考えるほど想像以上に困難であることに気づいたのです。「冷静に考えたら、作られへん」。熱くなって「できます!」と言ったものの、調べれば調べるほど子どもの本の世界は深く、子どもの未来に関わる大切な本づくりを未経験者だけで進めるわけにはいかないという思いが膨らんでいきました。

そこで決めたのです。児童書の編集を採用しようと。

創業以来、初めての編集者募集。社員数5名だったライツ社にとって、1人あらたに増やすというのは、経営的な面でもかなりリスクのある判断でした。しかし、このチャンスに挑戦しないのでは、出版社をやっている意味はないと思いました。

そして、70名以上の応募者の中から、歴史ある児童書出版社2社で20年、編集をしてきた感応が、来てくれることになりました。東京から関西へ。家族を丸ごと引き連れて。

子どもたちに「人生で初めて読むミステリ」を

さっそくライツ社に入ってくれた感応に「知念さんが書くなら、どんな本がいいか考えてほしい」と伝えました。そして感応が出した企画は「絵本」ではなく「読み物」でした。

「知念さんの本を読み込むと、なんてこの人の文章はピュアなんだと思いました。とても気持ちがいい。それに読んでいると、めちゃくちゃ映像が頭に浮かんでくるんです。知念さんの文章は、絶対に子どもたちに響く。だから、知念さんのよさを伝えるにはある程度の文字量が必要です」

「読み物で勝負したい」という提案の結果、知念さんも同意見で「児童書でいきましょう」と快諾してくれました。

「中学年向けってすごく難しいんだよ」

ジャンルは「児童書」に決まったものの、本の方向性や対象年齢はまだ決まっていませんでした。それから、感応がしたことです。

企画を考えはじめる前に、保護者や保育園の先生、書店の児童書担当にとにかく話を聞きに回る毎日。いまの子どもたちの生活や様子も知りたいと、小学校の学童での補助員の仕事も始めました。

その中で、あるベテランの書店員さんがこんな話を聞かせてくれたのです。

「小学1〜2年生の低学年向けは“幼年童話”といって、それこそ傑作と言われる『いやいやえん』や『かいけつゾロリ』みたいに、がっちりと本が揃っています。5〜6年生の高学年向けになると、はやみねかおるさんの本や毎月新刊が出るような児童文庫があります」

じゃあ、3〜4年生の中学年向けは?

「中学年は空いてるけど、あまり売れない年代です」

みんなこのあたりからマンガやゲームにいくんです。本当はここの子たちにこそ本を届けたいけど、それがすごく難しいんだよ、と。

でも、それを聞いてわたしたちは思ったのです。

わたしたちは、何の経験も実績もありませんでしたが、「本を好きな人を増やしたい」というただその熱だけで、知念さんに執筆を依頼しました。そして、その熱を、可能性だけを信じて知念さんは応えてくれました。だからこそ、この「空いてる年代」にチャレンジすべきなのではないか。

子どもたちが、絵本から読み物にステップアップするとき。その中学年の時期に、ゲームや動画にも負けないような"極上のミステリ"を届けることができたら、きっとその子どもたちは本を好きになってくれるんじゃないか。そして、その子たちが高学年になったら、シャーロック・ホームズやはやみねかおるさんの作品を買いに、おこづかいを握りしめて本屋さんへ通ってくれるようになるんじゃないか。

知念さんと相談した結果、"子どもたちが人生で初めて読むミステリ小説"を書きましょうと、中学年向けの作品を作っていくことに決まりました。

2023年6月、シリーズ創刊

それからしばらく経ったある日、知念さんから初稿が届きました。感応いわく、「最初の原稿がいきなりめっちゃおもしろかったのが、衝撃でした」

送られてきた物語は、「ある夏の日、学校のプールに金魚が泳いでいた」という、なんとも鮮やかで魅力的な事件。

そして、それを陸くん・美鈴ちゃん・天馬くんという、仲良し三人組「ミステリクラブ」が解決していくというストーリー。

だれかが傷つくような殺人事件は起こらない。なのに、トリックは超本格的で、大人がワクワクするほどの伏線回収や謎解きができる。しかも、解決編で明かされる事の真相は、とてもやさしい思いに溢れていました。

知念さんにお聞きしました。「ずっと大人の文芸でやってこられた方が、どうしてこんなにもおもしろい児童書が書けるのでしょうか」。すると「これは大人のミステリとまったく同じ手法で書いたんです」という答えが返ってきました。

魅力的な謎を提示し、伏線を張り、解決編でそれを回収していく。その構成は変えずに、登場人物や絡み合う事件を絞ることで、難易度を調整しただけです、と。

挿し絵は、キャラクターがとっても躍動的なGurin.さんにご依頼し、こうしていままでにありそうでなかった、小学生から大人まで「親子で楽しめる本格ミステリ」ができました。

「読書は楽しい。そのことを子どもに知ってほしい。
それがこの作品を書いた最大の目的でした」

本をめくると、最初にあらわれるのはこのページ。

惜しみなくカラーイラストを挿入しているのも特徴です。知念さんから上がってきた原稿を読んで心打たれたみずみずしい光景をそのままイラストにしてもらえるよう、イラストレーターのGurin.さんに依頼しました。

すべての伏線が提示されたあと、探偵服姿の天馬くんから「読者への挑戦状」が出されます。ミステリ小説の醍醐味は、謎を自分なりに推理して答え合わせをすること。そんな読書ならではの楽しみを子どもたちにも知ってもらいたくて、一度立ち止まって考えてもらえるようにしました。

このページまで読んで、だれが犯人だと思う?と発表し合う、そんな親子もたくさんいるそうです。

この本ができたとき、出版より一足早く、書店員さんに読んでいただくための試し読みプルーフをつくりました。そこには、作者の知念さんから、こんな言葉が寄せられました。

読書は楽しい。そのことを子どもに知ってほしい。それがこの作品を書いた最大の目的でした。

現代の子どもたちは、テレビやネットなどさまざまな娯楽に囲まれており、本を読む機会が減っています。文章から情景を想像し、地の文を読むことで登場人物の心情を汲み取っていく読書は、心や知能の成長に明らかによい影響を与えます。

本を読むことの楽しさを知ることは、子どもの未来をきっと豊かにしてくれます。『ミステリクラブ』が、その一助になることを心から願っています。

知念実希人

「本はあんまりすきじゃなかったけど、この本をよんですきになりました」

子どもたちに読書の楽しさを感じてもらえたかどうかは、弊社へ毎日のように届く読者はがきが物語っています。知念さんのまっすぐな物語は、子どもたちを本の世界へたしかに導き、Gurin.さんが生み出したキャラクターたちは、子どもたちにこんなにも愛されています。

興奮の詰まったはがきがライツ社には毎日届き、日に日にその数は増しています。

シリーズ累計12万部突破。そして、本屋大賞ノミネート

発売から10ヶ月、順調に版をのばし『放課後ミステリクラブ』第1巻は10刷7万部、1〜3巻シリーズ累計で12万部を突破。そして、2024年の本屋大賞、児童書で史上初のノミネートを果たしたのです。

こんなにも多くの子どもたちに届いたのは、弊社にたくさん感想はがきが戻ってくるのは、この本の面白さ、価値を信じて店頭に並べてくれた、たくさんの書店員さんがいたからです。

ほんとうにありがとうございます。

“いま本を好きな人”だけでなく“これから本を好きになる人”のために

本屋大賞ノミネートを受けて、たくさんのメディアから取材が入りました。その1つの中で、知念さんがこんなことを言っていました。

「今回、児童書が初めて本屋大賞にノミネートしたというのは、書店員さんの意志が集まった結果なんだと思います。“いま本を好きな人”だけでなく“これから本を好きになる人”のために、書店員さんはこの本を選んでくださったんだと思います」

たった1人の書店員さんから始まった企画が、全国の書店員さんの意志で、児童書で史上初の本屋大賞ノミネートに選ばれた。こんなに素敵な物語の一役を、明石という地方にある社員数わずか6人の出版社が担わせていただけたことに、改めて感謝します。

このような舞台を作ってくださった実行委員のみなさま、応援してくださった書店員のみなさま、ありがとうございました。そして、『成瀬は天下を取りにいく』を書かれた宮島未奈さん、新潮社のみなさま、ほんとうにおめでとうございます。

『放課後ミステリクラブ』は、ずっとずっと続いていきます。

2024年の6月には第4巻、11月には第5巻……。絵本と小説をつなぐ児童書としての役割を担えるよう、知念さんとGurin.さんといっしょに作り続けていきます。この世界に本屋さんがあってほしいから。本を好きな人が好きであり続けられるよう。

『放課後ミステリクラブ』は、書店員さんがいたからこそ作れた、届けられた本です。

ほんとうに、ほんとうに、ありがとうございました。



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