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レジ会計に時間のかかる人が、どんな困りごとを抱えているのか、想像したことはありますか?

認知症のある方の心と身体には、どんな問題が起きているのでしょうか? いざこういうことを調べてみても、見つかる情報は、どれも医療従事者介護者視点で説明したものばかり。肝心の「ご本人」の視点から、その気持ちや困りごとがまとめられた情報が、ほとんど見つからないのです。

この大切な情報を、多くの人に伝えたいと思い、書籍『認知症世界の歩き方』から1話ずつ、全文公開いたします。興味を持っていただけましたら、お近くの書店やAmazonでお買い求めいただけるとうれしいです。

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支払い終わるまでが冒険だ!

認知症世界。この世界には、お会計というゴールにたどり着くまでに、数々のトラップが潜んでいる高い壁がそびえ立っているのです。

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この世界屈指のクライミングスポット・カイケイの壁は、なんと、とあるスーパーマーケットの目の前にそびえ立っています。ほぼ直角のこの壁を登り始めると……。

時には記憶の溝にはまり、どこに手を伸ばせばいいのか次の動きがわからなくなる。時には巨大な生き物の鳴き声に驚き、注意を奪われる。目の前の空間が歪み、足を滑らせ踏み外す。タイムリミットは数十秒。この断崖絶壁のアドベンチャーに挑む道のりには、さまざまな難所が待ち受けています。

次々に襲い来る
「手続き」という名の壁

わたしたちの生活には、いろいろな「手続き」があふれています。手続きとは「続」という言葉が入っているように、複数の工程を手順通り続けることを意味します。その工程で1つでもつまずくと、ゴールにたどり着きません。

お会計をする、という単純に見える手続きにも、実は複数の手順が隠れているのです。

(旅人の声)

買い物に出かけるのがわたしの楽しみだったのですが、最近は最後の会計で悩むことが多くなってきました。

よく困ってしまうのは、「お会計は355円です」と言われて、財布を取り出そうと目線を落とした瞬間に、いくらだったのか忘れてしまうこと。これまでは何回かに1回程度だったのですが、最近ではほとんど毎回聞き直しています。

数字や記号は、特に記憶に残りにくいようです。533円と勘違いしてしまうこともしばしば。

でも実は、ただ忘れてしまうだけではなくて、計算することも難しくなっているのです。店員さんから355円と言われても、100円が3枚と10円が5枚……というふうにパッと頭に浮かばないのです。

この前は、財布からお金を取り出す途中、「ポイントカードをお持ちですか?」という店員さんの一言に気を取られ、金額が頭から飛んでいってしまいました。

シルバーと白っぽいシルバーという微妙な色の違いがわからず、100円と1円が区別できないこともよくあります。355円なのに、1円玉を8枚取り出し、58円出してしまう、といったように。

それから、1円玉だと、ちゃんと認識できていても、うまくつかめないこともあります。財布という小さな空間に指を入れる。親指と人差し指をうまく目的の場所まで動かし、つかみたいものをつかむ。1つひとつが格闘の連続です。

そんなたくさんの壁を乗り越えようと格闘しているうちに、気がつけばわたしの後ろには長い列が……。「もう、急がなきゃ!」と思えば思うほど思考は空回りして、いったい今、何をすればいいのかわからなくなってしまいます。

最近は、レジも多様化してきていますね。無人レジで、自分でバーコードをスキャンするところ。商品の打ち込みまでは店員さんがしてくれて、支払いだけは別の機械でするところ。いつも行かないスーパーに入ると知らないシステムで戸惑ってしまうことがよくあります。

しかし、キャッシュレス決済をするようになってからは、お会計はだいぶ楽になりました。

金額がいくらか計算しなくとも、ICカードをピッとすれば会計完了。小銭がうまく取り出せずに焦ることもなく助かります。

会計にすごく時間が
かかる理由

会計という行為を振り返ってみても、金額を聞く → 金額を覚える → 小銭と紙幣の組み合わせを計算する → 必要なお金を探す → お金をつかむ → 店員さんにお金を渡すという6つの手順があります。

この手順の中に潜むのは、店員さんから聞いた金額を財布からお金を出すまで覚えておくという「記憶の壁」、小銭と紙幣の最適な組み合わせを計算する「計算の壁」、色と形を見分けて必要なお金を見つける「錯覚の壁」、店員さんの声かけやBGM・後ろで待つ人を気にするなど、いつでも不意に現れ、複数の情報の中から意識の取捨選択を迫られる「注意の落とし穴」、財布の中の硬貨をつかみ、トレイにお金を出す「空間の壁」

このうち1つもつまずくことなく会計を済ますことは、実はとっても大変。ちょっとつまずいただけで、途端にこのあとどうすればいいのか、わからなくなってしまうことがあるようです。

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こうした事態を避ける方法は、シンプルです。

ゆっくりと店員の話を聞き、金額を何度も確認し、財布からじっくりお金を出す。つまり、たっぷり時間をかけて会計をすればよいのです。イギリス発の「スローレジ」「スローショッピング」*という活動をきっかけに、日本でも、ゆっくり買い物することを推奨する活動が行われるようになっています。これは本当に助かりますね。

* 認知症のある方や高齢者が楽しくショッピングできるよう、店内の動線やスタッフ教育を独自に開発した店舗連動型の支援サービス。1人の英国人女性キャサリン・ベロ氏がこのサービスを立ち上げ、現在英国の大手スーパーマーケットや家具販売店のIKEAが導入しています。
http://www.slowshopping.org.uk/
https://designing-for-dementia.jp/design/008_casestudy_shopping/

(旅人の声)

この間、仕事をしていたときにも困ったことが。

毎日、出勤・退勤する際はパソコンで勤務時間を記録していたのですが、いったいどの画面を開けばいいのか、突然わからなくなってしまったのです。

そのときは同僚に代わりにやってもらったのですが、画面を開いても、どこのボタンを押せばいいのかさっぱり見当がつきませんでした。

朝からトラブル続きだったこともあり、頭も身体もぐったり。今までなら、疲れても少しコーヒーを飲んだり、昼食をはさんだりすることでリフレッシュできていたのですが、この日は少し休んだだけでは回復せず、何もする気力がなくなってしまいました。

また、別の日に遠方に出かけたときのこと。交通系ICカードの残金が切れたので、チャージ機に向かいました。

すると、チャージ機がいつも使い慣れているものと少し違っていて、やり方がさっぱりわからなくなってしまいました。「定期券」「チャージ」「回数券」などいろいろなボタンがあって、どのボタンを押せばいいのかわからなかったのです。

こんなふうに、わたしの日常には、目には見えないたくさんの「壁」があります。

このときは、とにかくいろんなボタンを押してみるものの何回もやり直し。それに気づいた隣人が、親切に教えてくれてやっとチャージができました。

交通系ICカードを
チャージできない理由

手続きの順序が少しだけ変わったり、新しい手続きが加わったりすることで、途端にその行為が難しくなることがあります。

ある券売機では「カード挿入→チャージボタン→お金挿入→カード受け取り」でチャージが完了します。しかし、別の駅の券売機では「チャージボタン→カード挿入→お金挿入→カード受け取り」というように、順番が入れ替わっていることがあります。

このちょっとした変化だけで、混乱が起き、手続きが踏めなくなってしまうのです。

カップ麺をつくる際も、多くの場合はふたを半分開ける→お湯を入れる→3分待つ→ふたを開けるという4つの手順で構成されますが、そこに「スープを取り出す」の手順が加わるだけで難しくなる、という経験をした方もいらっしゃるでしょう。それもまた、同じことです。

 また、この困りごとは言語の問題(STORY4「創作ダイニングやばゐ亭」)とも関係しています。

「ICカードにお金を補充したい」と思っても、そのための行為が「チャージ」という言葉と結びついていなければ、そのボタンを押すことができないのです。カタカナ言葉は、その原因となることが多いようです。

次ページには、このストーリー内にアイコンの形で登場した「心身機能障害」と、その障害が原因と考えられる生活の困りごとを一覧にしてまとめています。ご自身や家族、周囲の方の困りごと・生活環境を振り返る参考にしてみてください。

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ライツ社
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