編集者と料理研究家が交わした、たった1つの約束
料理レシピ本ジャンルの「本屋大賞」
2020年9月8日(火)、「料理レシピ本大賞 in Japan 2020」が発表され、ライツ社の『リュウジ式 悪魔のレシピ』が大賞に選ばれました。
この賞は、全国の書店員の投票によってその年の「BEST料理本」が選ばれるもので、「本屋大賞」のレシピ本版のような賞です。
創業4年、社員数5名、兵庫県明石市の小さな出版社の本を、大賞として選んでいただけたこと。書店員さんからのたくさんの応援に感謝の気持ちを述べるとともに、その経緯を記録しておこうと思います。
忘れないように、ずっと大切にできるように、そして、これから先も挑戦していけるように。
「本当は断ろうと思ってたんだよね」と彼は言った
ライツ社とリュウジさんとの出会いは、2018年でした。企画の始まりは、その年の年末。
当時、巷ではローソンが発売した新商品「悪魔のおにぎり」が空前の大ヒットとなり、「20年間不動の売上1位だった「ツナマヨ」の販売数を抜いた」というニュースが流れていました。
「悪魔」という響きに人はここまで惹きつけられるのか。その時点で、『悪魔のレシピ』というタイトルを思いつき、ぴったりの料理を発信している人といえば……と、リュウジさんに声をかけることにしたのです。
とはいえ、ライツ社は2016年に創業したばかり。当時、まだ始まって3年目の小さな出版社です。
すでに大手出版社からヒット作を連発していたリュウジさんも、さすがに断ろうとしたそうですが、「わざわざ『明石から来る』って言ってんだから断れないよね」とお会いしてくれたことを知ったのは、それから1年後、本のための料理撮影をしている最中でした。
「料理好きな友達が欲しくてTwitterやり始めたんですよ」
はじめての待ち合わせは、銀座何丁目かの角にある喫茶店でした。2階の席で待っていると、収録終わりのリュウジさんがやってきました。「ライツ社の大塚と申します」「リュウジです」「よろしくお願いします」。
聞くと、リュウジさんの年齢は僕のひとつ下でした。お互い、料理が大好きなこと、今こんなレシピにはまっていること。リュウジさんは言っていました。「料理好きな友達が欲しくてTwitterやり始めたんですよ」「何より料理って楽しいですよね」。「ああ、同じ気持ちだ」と僕は思いました。
それから、『悪魔のレシピ』という企画について説明しました。リュウジさんのレシピを自分で作ってみたらすごく美味しかったこと。何より、見たこともない組み合わせや味付け、「サプライズ感のあるレシピ」の数々が、料理をしながらとても楽しかったこと。だから、リュウジさんと本が作りたい、ということ。
「わかりました。やりましょう。大塚さんを信じます」
それから、もっと具体的な話もしました。ライツ社は出来たばかりの小さな会社であること、東京ではなく明石にあること、まだレシピ本は一冊しか出したことがないということ。でも、一冊一冊を丁寧につくって売るということ。売れる自信はある、ということ。
作家からしてみれば、そこにいい情報はほとんどありません。「何冊くらい売れると思いますか?」とリュウジさんに聞かれて、僕は「10万部を超えたいと思っています。それから、料理レシピ本大賞も獲りたい」と言いました。
10万部なんて、それまでの編集者人生で1回も出したことがありませんでした。ただ、断られても、新興の出版社なんていつだって何をするにも「ダメ元」です。しばらく考え込んだあと、リュウジさんはその場でこう返事をしてくれました。
「わかりました。やりましょう。大塚さんを信じます」
1年かけて、「#悪魔のレシピ」を一緒に大切に育てる日々
当時、すでにTwitterで40万人ものフォロワーがいたリュウジさんですが、2人で相談して、企画を始めるにあたり、本に載せるレシピを投稿する際は、「#悪魔のレシピ」とつけることに決めました。
振り返れば、そこから、リュウジさんのさらなる快進撃が始まったように思います。そして、発売を迎える頃に、フォロワーは100万人を超えました。
掲載レシピの撮影をしたのは、2019年の夏、とてもとても暑い夏でした。千葉にあるリュウジさんの一人暮らしの部屋に、僕、栄養士さん、カメラマン、スタイリストが集まり撮影する4日間。
『悪魔のレシピ』は、Twitterで発信していたレシピはもちろんのこと、当時は未公開だった、リュウジさんのスマホの中にあったレシピメモをLINEで送ってもらい、まだ写真もない「文字だけのレシピ」から、僕が美味しそう!と思ったものを選ばせてもらいました。
撮影は、「文字だけだったレシピ」が本当に料理になって目の前に現れるわけですから、はじめてリュウジさんが実際につくった料理を食べれるという喜びも重なって、楽しみでしかありませんでした。その、美味しいこと。
途中、リュウジさんが時折、自分の昔のことを話してくれました。本を出すより、バズるより、ずっと前のこと。
高校生の頃から、お母さんが病気がちだったということもあって、リュウジさんは料理をしはじめたそうです。そして、はじめてバズったのは、以前働いていた場所のイベントで、大量の「大根の唐揚げ」をつくったときだったそう。2017年3月28日の投稿です。
そして、2019年の11月、『リュウジ式悪魔のレシピ』として、無事発売されることになりました。
「大塚さんの言うことは断れない」と彼は言った
嬉しかったことがあります。
出版前の入稿直前、僕はリュウジさんに無理をお願いしました。「どうしても、表紙のアボカド漬け丼を再撮影したい。お願いできませんか?」。スケジュールもギリギリでしたし、テレビへの出演も増え、リュウジさんも多忙を極めていた時期。「自宅でのロケ収録の合間でもいいなら」と言われ、僕はもう一度、明石から千葉へ向かいました。
テレビ局のスタッフさんから、「これは何の撮影なんですか?」と聞かれ、「表紙の再撮影です」と答えた僕に続いて、リュウジさんがこう呟いたのです。「大塚さんの頼みだから断れないんですよ。この人、超本気だから」。
どれだけ、嬉しかったことか。それは、編集者にとって最高の褒め言葉でした。
15刷18万8千部、そして、「料理レシピ本大賞」受賞
そして、発売からもうすぐ1年が経とうとする今、『リュウジ式悪魔のレシピ』は「料理レシピ本大賞 in Japan 2020」で大賞を受賞。発行部数も15刷18万8千部を超えました。
約束を果たせたのです。
YouTubeでいつも酔っ払っている料理のお兄さんは、とてもやさしい
「ひと口で人間をダメにするウマさ!」が謳い文句のこの本ですが、中を開くと驚かされます。「簡単」で「おいしい」だけじゃないんです。
本をパラパラ眺めるだけでどんどん食欲が湧いてきて、台所に立つまでのあの億劫な気持ちが薄れていく。「おいしそう→やる気が出る→簡単→やっぱりおいしい!しかも低糖質なんだ!」というレシピがたくさん。
リュウジさんの「台所に立つ人にやさしい」目線をできるだけ表現することを目指した一冊です。
書店員さんから寄せられたコメントを読んでみても、この本の「やさしさ」が伝わる言葉が溢れています。
・楽して旨い、これ以上に何を望めば良いのだろうか。
・ステイホームの強い味方。どれも美味しい。名前の割りにヘルシー。味はやや濃い目。
・本のタイトルから想像するとボリュームのある料理ばかりかと思いましたが、低糖質な料理も豊富に紹介されているので幅広い人におすすめの本だと思いました。
と、同時に、リュウジさんの最大の特徴である「つくってみたくなる!」「つくると楽しい!」ということも伝わっていたように思います。
・こんなことやっていいのかな、でも絶対美味しいだろうな……そんなレシピが読者を悪魔的にキッチンへ誘います。
・美味しいものを食べたい人間のかゆいところに手が届く。悪魔の言うことってやっぱりおいしいなあ
・これはキケン。おいしくて簡単で、でもこれってもしかしてカロリーが……。でもやっぱりおいしい。さすが悪魔、ニンゲンの弱いところをよく知っている。
・タイトルだけでなく、レシピの名前も面白い。美味しそうな料理本は数あれど、面白い料理本は珍しい。人の食欲をくすぐる悪魔のささやき。これぞ正に悪の教典。悪魔の誘惑にページをめくる手がとめられない。
YouTubeでいつも酔っ払っている料理のお兄さんは、台所に立つ人に、とてもやさしいのです。だから僕はリュウジさんのことが大好きです。そのやさしさが、書店員さんにも、そしてきっとその先にいる読者のみなさんにも伝わっていることが、とても嬉しかった。
・「黒の表紙に悪魔……およそレシピ集とはかけ離れた装丁が目を惹きます。おそるおそるページをめくると……悪魔!? いやむしろ天使なのでは? なレシピの数々! そして、リュウジさんが書かれた《はじめに》はまさに天使! 『母親ならポテトサラダくらい……』との暴言に心を痛めたお母さんたちに読んでもらいたいと思いました。わたし自身もとても励まされました。ありがとうございます。」
本書の《はじめに》では、リュウジさんからのメッセージとしてこんな言葉が綴られています。
世の中の人って、みんなもう、すごく頑張ってると思うんです。
ちゃんと働いて、勉強して、家事して、家族のお世話もしたりして、それだけで「スタンディングオベーション」です。その合間に、さらに自分で材料を買って、料理して、食べてるのって、本当にえらいと思います。
だから、料理くらいは頑張らなくていいものにしたい。でも、味はおいしい方が絶対いい。 それが、毎日ぼくがひたすらツイッターで、みなさんにレシピを発信し続けている理由です。この本は、その中でも指折りの料理をまとめた、ぼくの「決定版」です。
料理研究家をやってて思うのは、「料理が好きな人」より「好きじゃないけどなんらかの理由があって料理をする人」の方が圧倒的に多いってこと。家族のため、自分の体のため、節約のため。理由は人それぞれだけど、ぼくは全員応援したい。
料理はむずかしいと敬遠していた人には、「なんだ、それでいいのか! 」と安心してもらえれば嬉しいし、普段から自炊している人には、「その手があったか! 」とびっくりしてもらいたい。そして、気づけばキッチンに立つことが楽しくなっていれば最高です。
……なんだかいい人みたいに語ってしまったので、すみません訂正します。この本は「悪の教典」です。とにかく理性も知性も崩壊するおいしいレシピばかり116品載せています。 最高に楽しんでいただけると思いますので、お気をつけください。
読者のみなさま、そして書店員さんに感謝を込めて
改めて、この賞は「全国の書店員さんからの投票」によって決まったものです。本当にありがとうございます。その応援を、さらなる結果に変えられるよう、ライツ社一同全力でがんばります。
そしてまた、リュウジさんと新しい一冊をつくることができるよう、挑戦していきます。私信のような長文、失礼いたしました。