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1人の写真家が教えてくれた、出版社の存在理由

世界中の民族を撮影するフォトグラファー、ヨシダナギさんが第2弾となる最新ベスト作品集 『HEROES 2.0(仮)』の製作を開始。自身初のクラウドファンディングを実施しています。この挑戦をライツ社が応援する理由とともに、担当編集者である大塚とヨシダナギさんのこれまでの経緯を記録します。みなさまの心に、彼女の想いが届くことを願って。

「だから、信頼できた」と彼女は言った

ヨシダナギさんと、そのマネージャーの君野さんと飲んでいると、いい感じに酔いが回ってきた頃にいつも言われることがあります。

大塚さんと初めて会ったときのこと、忘れませんよ。国立新美術館に、パンパンに本が詰まった紙袋を両手にぶら下げた大塚さんが歩いてきて。めちゃめちゃ熱くヨシダの写真集をどう作るかどう売るか語ってくれて……。

今から8年半ほど前。まだぼくが、前職の京都の出版社で勤めていた2015年、9月17日のことです。

その1週間ほど前にナギさんは、ぼくのパソコンの中に突如現れました。まだナギさんがテレビに出る前、有名になる前、たった1つのウェブサイトの記事。そこには、アフリカのある民族とまったく同じ格好になって、彼ら彼女らの写真を撮るナギさんの姿がありました。

5歳の頃、テレビで観たマサイ族の姿に強く魅せられたナギさん。自身の憧れだった世界中の民族と信頼関係を築くためにとった行動は、彼らと同じ格好をすることでした。

そして、それ以上に衝撃だったのは、ナギさんが写した民族の凛とした立ち姿でした。まるで小さな頃に憧れたヒーロー戦隊のような。「ハゲワシと少女」に代表される、いわゆるジャーナリズム的な作品ではない、今まで見たことがなかった、まったく新しい写真。

ナギさんの民族と関わる姿勢とその作品に衝撃と感動を覚えたぼくは、すぐに連絡をとりました。「ぜひ、作品集を出させてほしい」と。2日後、ナギさんから返事がきました。「現在、出版の話が複数進行しておりますが、ぜひ一度直接お会いしてお話を聞かせていただければと思うのですが、こちら(東京)に来られる日程はございますでしょうか?」

絶対にナギさんの作品集をつくりたかったぼくは、自分がそれまでつくった本をすべて抱えて、東京に向かいました。緊張していて、初めて訪れた国立新美術館がとにかくおしゃれだったこと以外、何を話したかも覚えていません。でも、

わたしが心配していたことも含めて、大塚さんは何を聞いてもぜんぶ、自分の言葉で答えてくれたんです。どんな本をつくりたいかだけじゃなくて、どうやったら売れるかまで、最初から。だから、信頼できた。あのあと君野と話してすぐに「あの人しかいないよね」ってなったんです。

ナギさんは、あの日を思い出すたび、いつもこう言ってくれます。そして完成したヨシダナギ1st作品集が『SURI COLLECTION』。世界一ファッショナブルな民族と呼ばれる「スリ族」の写真集です。

その後、『SURI COLLECTION』は「講談社出版文化賞」を受賞。ナギさんはTBS「クレイジージャーニー」に出演したり、全国の百貨店で個展を巡回するようになったり、一躍フォトグラファーとして、時の人となりました。

「あなたが、いちばん最初に本を出してくれた編集者だから」

しかし、一方のぼくはというと、前職の出版社の経営悪化から退職を余儀なくされ、独立を目指すことに。それが、兵庫県明石市に構えたライツ社です。ぼくたちが銀行や取引先を駆け回り、なんとか企業の準備をしている間も、ナギさんはアフリカだけでなくオセアニアの離島や南米アマゾンの奥地にまで足を伸ばし、世界中の少数民族を撮影し続けていました。

そして、ようやくライツ社が創業してしばらくしたころ、明石のお隣にある神戸でナギさんの写真展が開催されることになりました。「久しぶりにお会いできませんか?」と声をかけると「ぜひ」とお返事をいただきました。

「ナギさんの印象は?」と聞かれたら、ぼくが真っ先に思い浮かぶのは「義理人情の人」というフレーズです。

久しぶりにお会いしたナギさんから、自身のベスト版を出せるほど作品が貯まっていることを聞きました。できるなら、そのベスト作品集も自分の手でつくりたい。でも、ライツ社は創業したばかりですし、会社の規模も前職よりさらに小さくなってしまった……まごついているぼくに、ナギさんはこんな声をかけてくれました。

実は、いろんな出版社さんが「ベスト版を出さないか?」と声をかけてくださっているんです。でもわたしとしては、そのお返事はいちばん最初に作品集を出してくれた大塚さんにまずは聞いてからだと思っていて。

どれだけ、うれしかったことか。

そんな言葉を言われて、「自信がない」「やらない」と答えたら、もはや編集者ではない。その場で「やりたいです」と答えました。

すると、ナギさんから1つだけ条件を出されました。

出すからには、1万円以上の作品集にしたいんです。世界中の少数民族を撮影し続けるというのは、めちゃくちゃお金がかかります。それに、わたしの体力や気力だっていつまで続くかわからないし、極論いつ死ぬかもわかりません。だから、どうせベストを出すならちゃんとしたものを残したい。買ってくれた人がずっと大切に持っていてくれるような、最高の仕様で出したいんです。

1万円以上の本。雇われていたころのぼくであれば、決してその場で「はい」とは言えない条件です。稟議が必要です。1万円以上の本。それを売り切れるか。そして、その数千冊をつくるための原価はおそらく1千万円以上かかる。

でも、ぼくは独立した身です。いま、この場で「はい」と言えるのは独立したからだ。ここで「はい」と言うために独立したんだ。そう思って「問題ありません」と伝えました。

紀伊國屋書店新宿本店で完売。そして1万部を超えるベストセラーへ

会社に帰ってから、ことの顛末を共同創業者である営業の高野に伝えると、「しびれますね。やりましょう」と言ってくれました。そして、すぐに銀行に追加の融資のお願いをしに行ってくれました。

というのも当時、ライツ社は赤字。創業時に融資してもらったお金はほとんど使ってしまい、口座には1千万円ほどのお金しか残っていなかったからです。つまり、この本をつくったら会社の口座はゼロになってしまう。だから追加で1千万円を借りて、出版する覚悟と準備が整いました。

こうして出版された、ヨシダナギベスト作品集が、『HEROES』です。

紀伊國屋書店新宿本店では、当時の1F広場、1F話題書、2F話題書、4F芸術書コーナーを独占する大展開となり、12,000円の写真集が納品した270冊すべて完売。

そしてその後も「初版限定版」「通常版」「Special Edition」と形を変えながら、超高価格の本として異例の1万部を突破。単行本換算で計算すると10万部を超えるベストセラーとなりました。

ナギさんは言います。

仕様にこだわった『HEROES』はその価格も安くはありません。ただ、発刊から何年も経ちましたが、現在でも「安くしておけばよかった」と後悔したことはありません。

もちろん、多くの方に目にしていただきたいという気持ちはありますが、安価で出版することにより、作品が一時的なものとして扱われてしまうことは意図していないからです。

「この人たち、すごいな」「こんな人たちが世界にはいるのか」という敬意を持って、その素晴らしさを周りに伝えてくれる方がいたり、実際に現地に会いにいってくれる人がいたり、購入してくれたみなさまにとって意味のある一冊として手元に置いてくれることを知り、この判断は間違いではなかったと思っています。

チャンスをくれたナギさんに感謝するとともに、その判断をリスペクトし、いっしょに挑戦できる出版社であれたことを、とても誇りに思いました。

ヨシダナギ ベスト作品集 第2弾『HEROES 2.0』製作プロジェクト

それから5年。パンデミックを乗り越えた2023年末、ナギさんからある相談を受けました。ご自身、初めてとなるクラウドファンディングです。それをライツ社は全力でサポートしたいと考えています。

これまでの活動は「アフリカってなにがかっこいいの?」というネガティブな意見を見返したい一心で行ってきました。

しかし、今は幼少期テレビ越しに憧れたマサイ族が私の人生を大きく動かし、写真家にしてくれたことへの感謝、そして世界の裏側に住む名前も知らない人が時には他の人生をポジティブに動かす影響力を持つということを伝えたいと思うようになりました。

写真展やイベントで作品を通して、アフリカや民族、世界というものに興味を持ってくれたという温かい声や、実際に現地で起業したという人たちが現れてくれたことに世界中の少数民族のエネルギー(魅力)の力強さを再確認し、これからも私なりにですが、民族の方々と一緒に作品作りをして、発表をしていきたいという思いに至りました。

同時に、『国籍も人種も異なる自分以外の存在が誰かの人生を少しだけ変えていく、誰かにポジティブな影響を与えていく』という感覚を製作という過程から共有いただくのも素敵なことなのではないかと思うようになりました。

そして「この民族のこのカッコいい写真の撮影にわたしも携わったんだ」とか、作品集に名前を刻むことができるとか、いろんなカタチで皆様に関わっていただくことで、世界の民族や文化に興味や愛着を持っていただけるキッカケになれたらそれはまた素晴らしいことだなと思い、今回クラウドファンディングに挑戦してみようと決めました。

今の彼らの文化とその姿を写真というカタチで残すことで、手にとっていただいた方の記憶に残り、そのポジティブな想いを友人や家族、子どもや孫たちに伝え続けてくれる。なにより、彼らの姿や生活、国に想いを馳せてもらえる。遠く離れた人と人とを繋ぐそんなキッカケになる作品集をやはり私は作りたい、そう思っています。

この人生であと何民族に会いにいき、一緒に作品を作れるかわからないですが、できる限り素晴らしいカタチで世界のヒーローたちをご覧にいれるつもりですので、ご支援のほど、どうぞよろしくお願いします。

出版社の仕事とは、いたずらに作品を消費することではないはずだ

ナギさんから相談を受けたとき、頼られたとき、ぼくらはすごくうれしかった。

そして今、こう思うのです。

出版社の仕事とは、いたずらに作品を消費することではなく、「時の人」としてその作家性を摩耗させることでもなく、その人の活動そのものを応援し続けることだと。本をつくり売るだけでなく、寄り添い、できることを考え続けることが、出版社の役割だと。

ぼくたちは、これからもナギさんの可能性が見たい。まだ知らない民族のかっこいい姿を見てみたい。だから彼女を応援したい。最高の作品集をいっしょにつくり続けていきたい。そう思っています。

残り6日。もしも、こんなぼくたちの想いに、ヨシダナギさんの挑戦に共感していただける方がいらっしゃいましたら、ご支援いただけると幸いです。よろしくお願いいたします。


出版業界を新しくしたい。もっと良くしたい。読者と、書店と、友達のような出版社でありたい。「本ができること」を増やしたい。いただいたサポートは、そのためにできることに活用させていただきます。