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編集者の仕事は、世の中に「問い」を置くこと

ライツ社から、新しいレシピ本が出版されました。その名も『なんにも考えたくない日はスープかけごはんで、いいんじゃない?』

平たくいうと、ごはんに汁をかける「ねこまんま」を全面肯定して、レシピ本化してしまった一冊です。

以下、編集担当の大塚による執筆です

きっかけは、4歳の息子だった

企画の始まりは1年前。当時4歳だった僕の息子が、保育園で味噌汁をごはんにかける「ねこまんま」をしていると「ダメだよ」と怒られた、というエピソードからでした。

確かに、これまでの常識から見ると「マナーが悪い」というのはわかる。子どもに「よく噛む」をはじめとする食習慣を身につけさせることも大事だし。

けど、「宮崎の冷汁」だとか「山形のだし」だとか、世界で見ればパンやパスタ、米にスープをかけるレシピだってたくさんある。なら実は「ねこまんま=下品」という考え方は、一方的に否定されてしまうものでもないんじゃないか? この常識を変えられないか?

そうすれば、日本の食卓はもっと自由に、楽しく、手軽になり、ある意味「一汁一菜」をも超える提案になるのではないかと思ったのです。

とはいえ、固まった常識を取り払うのは簡単ではない。かつ、下品なレシピを提案しても、結局「行儀が悪い」と言われてしまうだけ。どうすればいいのか考えて、すぐに浮かんだのが「スープ作家」として活躍する有賀さんの顔でした。

もしも、スープレシピの第一人者である有賀さんが「もっとスープは自由でいいんだよ。ごはんにかけてもいいんだよ」というメッセージを発信してくれるなら。「あの豊かなスープを、ごはんにかける」という新しい提案を世の中にできたら……という思いから、本づくりは始まりました。

池袋の喫茶店で、おそるおそるこの企画を提案すると、有賀さんは、あの、いつもの、やさしくて、でも胆力を感じる雰囲気のまま、一言答えてくれました。「いいんじゃない? スープかけごはん」。

緊急事態宣言下の中で、妻が買ってきたのは「冷凍のつゆだく牛丼の具」だった

そして、本づくりが始まって間もなくして、緊急事態宣言が発表され、世の中の多くの家庭と同様に、3人の子どもがいる僕の家は大ピンチになりました。保育園からは、登校の自粛要請がきました。

会社にお願いし、育休期間をすこしだけ延長してもらった妻が、本当にがんばってくれました。あの1ヶ月強の期間、僕もすこしでも家事育児を分担できるよう、生活のリズムを変えました。

夜が明ける前に起きてあらかたの仕事を済ませ、午前中は子どもと公園に行き、また会社に戻り夕方には退社して、また晩ごはんの時間まで公園に連れて行く。ギリギリでした。なにより大変だったのは3食の食事を毎日毎回、つくり続けることでした。

そんなある日、妻が通販で大量に購入したのが、松屋が販売している「牛めしの具」でした。

チンしてごはんにかけるだけで、ほかほかの牛丼が完成する。しかも、つゆだくのそれは、美味しいし、子どもにとってもスルスル喉を通って食べやすいようで、残さずよく食べてくれました。し、その牛丼を出汁で伸ばしてうどんにかければ、あっという間に大好きな「肉うどん」もできました。

ぼくが、有賀さんと一緒に提案したかった「スープかけごはん」のモデルがそこにありました。

おうちごはん史上、最高の発明

この本の「はじめに」で、有賀さんは力強い言葉を残してくれました。

ごはんにシチューや味噌汁をかける。ねこまんま、とも言われます。今まで「行儀が悪い」とされてきたこの食べ方を「アリ! 」にするのがこの本です。
生卵やカレー、つゆだく牛丼。白いごはんに味のついた何かをかけた食べ方が、みんな大好き。先日、おしゃれなレストランで食事をしたら、コースの最後に「お茶漬けです」と、だしかけごはんが出てきました。「ねこまんまは行儀が悪い」という言葉には、もう個人の好き嫌い以上の理由はないように思えます。

時代は令和です。男も女も働きながら日々の生活をととのえる上で、「ごはんに具材の入った汁をかける」という手段は、手間や時間という点でも、理にかなっています。
作り手にとっては、何品も献立を考えなくていいし、鍋ひとつ、皿1枚で済んで片付けも楽々。食べる人にとっても、スルスル食べやすく、野菜もたっぷりとれて健康的です。なにより、スープをごはんにかけたらおいしい! 禁止どころか、むしろ強力におすすめしたい最高の食べ方なのです。

あたたかいスープの染みたごはんを口に入れるとき、そして具とスープとごはんが口の中でほろほろと合わさるおいしさを味わうとき。ちょっぴりストレスフルな世の中で、スープかけごはんには、これでいいよ、大丈夫だよと、包み込むやさしさがあります。「もっとがんばれ」ではなく「今日もがんばったね」というメッセージを伝える味わいを。そんな気持ちでこの本をつくりました。

ちょっぴりうしろめたかったスープかけごはん、堂々と胸を張って食べませんか。そうしたら、台所はもっと楽に、食卓はもっと自由になるはずです。

こうして出来上がったレシピは、撮影のときに試食させていただくわけなんですが、その美味しいこと。それはまさに、おうちごはん史上、最高の発明でした。

長ねぎとトマトを軽く炒め、卵を溶き入れるだけのスープ。なのに、オムライスや天津飯に負けないくらいの美味しさと満足感。味付けが「塩だけ」というのがいまだに信じられない。

これぞ有賀さんの真骨頂という組み合わせ。苦味のあるピーマンが、塩味の強いスパムの「ちょうどいい薬味」のようになっていて、そうめんを食べるみたいにごはんがスルスル進みます。

火も、レンジさえも使わない簡単レシピ。ごはんの上に、サラダチキン・海苔の佃煮・大葉をのせて冷たい麦茶をかけるだけ。なぜこんなに美味しいのか。

僕はこのレシピがごぼう史上最高の食べ方なんじゃないかと思うくらい、美味しかったです。

有賀さんは驚くほど多彩なレシピで、僕の無茶振りに応えてくれたのです。(本当に、ありがとうございます)

「スープかけごはんの本出すって、めっちゃ勇気いることだったろうな」

出版されてすぐに、有賀さんが文春オンラインにある記事を寄稿すると、あっという間に1万リツイートを超えるシェアをされました。

編集者の仕事って、こんなふうに「世の中に“問い”を置くこと」なんだと思います。

また、反響の中には、こんなコメントもありました。

“「汁かけごはん」と言うとかわいくないけど「スープかけごはん」だとかわいい。わたしも好き。”
“スープかけごはんの本出すってめっちゃ勇気いることだったろうな。”
”スープかけごはんの専門店ができないかなーできて流行るといいなー。”
”料理本界で「スープ」というジャンルを再定義し、マーケットを切り拓いてきたスープ作家は、また新たな切り口をぶっ込んできた。ちょっと嫉妬するなー。「それを『アリ!』にするのがこの本」、「ひと皿で完結」だから献立を考えなくていい、令和ならではの新常識。それをライツ社という若い出版社の編集者たちと作り上げたところがまたストーリー満載な予感。頼もしさと面白さが入り混じった案件が注目されないはずがないよなー。”

今回の挑戦は、ねこまんまに、スープかけごはんという「新しい名前をつけること」でした。

汁かけごはんの賛否はあって当然で、好みの自由でいいと思います。けどもし、好み以上の理由で「ねこまんま」という名前だけが、呪いのように古びたジョーシキとして残ってしまっているのなら。それは取っ払ってしまった方がいい。

そして、僕の家族が松屋の牛めしに救われたように、ひとつでも多くの家庭が、このレシピ本で楽になってくれたらいいな。そう思います。

「YouTubeのコンテンツをただ本の形にするだけ」の仕事は、もうやめよう

最近、続々と出版されるレシピ本をはじめとする実用書を見ていて、思うことがあります。

「チャンネル登録者数が100万人いるから」とか、「フォロワーが10万人いるから」本にするんじゃない。僕たち編集者は、世の中に提案したいことがあるから、著者と一緒にああだこうだ言いながら、一生懸命に本にする。

そんな当たり前のことを、これからもやっていきたいと思っています。

『なんにも考えたくない日は スープかけごはん で、いいんじゃない?』 全国書店で発売開始です

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ライツ社
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