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【第一話無料公開】あなたの怖い体験、百円で買い取ります『怪談売買所』

『怪談売買所〜あなたの怖い体験、百円で買い取ります〜』2023/7/2発売
宇津呂鹿太郎 (著), sakiyama (イラスト) 

兵庫県尼崎市の商店街に実際にある、怪談を百円で買い取るお店「怪談売買所」。そこで買い取った怖いお話の中から選りすぐりのものばかりを収録した実話怪談集です。

暑い夏がはじまりました。背筋がゾクっとする涼しい怪談をみなさんにおすそ分けしたいと思い、「はじめに」から一話目の解説まで無料で全文公開いたします。興味を持っていただけましたら、お近くの書店やAmazonでお買い求めいただけるとうれしいです。


開店

廃墟となった市場に ひっそりとたたずむ ひとつの店

ここでは ある「見えないモノ」が 売り買いされています

それは 本当にあったこわい話 不思議な話……怪談

わたしはこの店の主人 宇津井 鐘太郎と申します

世の中には 常識では考えられない

奇妙な体験をされた方が 数多いらっしゃいます

そっと当店に立ちより

その体験をお話しくだされば 百円をお支払いします

逆に 百円をお支払いいただき

これまでにわたしが集めた

怪異な体験談を 聞いてもらうこともできます

そうやって 一話百円で怪談をやり取りする場所が

ここ 怪談売買所

お客さまはさまざま

怪談好きはもちろん

自身の怪異な体験を だれにも話せずなやんでいた方も

これはある年の夏 怪談売買所でやり取りされた怪談の記録


リーン

おや、すんだ鐘の音が聞こえてきました

あれは店先に置いてある小さな梵鐘の音

お客さまが来たようです……


女の人がひとり、店先のかんばんをじっ……と見ています。

「あなたのこわい体験、不思議な体験を百円で買います」

和紙に毛筆で書かれているかんばんの文字は、以前、字がきれいだという理由で、ずっとながめている方がいました。今回もそういう方かもしれません。

わたしは声をかけてみることにしました。

「いらっしゃいませ。何か不思議な体験をお持ちではないでしょうか」

女の人は、ハッとこちらを見ると、こまったような顔をしました。

うつむいて何かを考えるようにした後、ゆっくり顔を上げて小さな声で言います。

「はい。実は……ひとつあるんです、変な体験が。ずっと心の中に引っかかっていて。だれにも話せなかったことなんですが……。聞いてもらえますか?」

「どうぞ中へ」

店の中に案内すると、石塚三紗さんと名乗る方は静かに語り始めました。 

語り手 石塚三紗さま 三十六才

暑くもなく寒くもなかった、六月のある日のことです。

朝から用事で出かけることになりました。

わたしには息子がいてナオ君とよんでいます。そのころはまだ小さくて、ひとりでるすばんはできなかったので、近所に住む母の家にあずけて出かけました。

ところが、思っていたよりずっと早く用事が終わって、昼の一時ごろには家に帰れたのです。そのまま母の家に行ってナオ君を引きとってもよかったのですが、夕方までめんどうを見てもらう約束だったし、せっかくだからたまっていた家事をやっちゃおうと思いました。小さい子がいると、何をやってもなかなか進みませんから。

家中を片付け、すみずみまでそうじをして、終わったのは三時ごろ。

「ああ、つかれた」

ビングのソファーに深くすわると、そのままいねむりをしてしまったのです。


ピンポーン。チャイムの音に目を覚ましました。

「ねちゃってた!」と飛び起きて時計を見ると、もう四時前。まどから西日がさしています。そろそろナオ君をむかえにいかなくてはなりません。

それよりも、だれかが来ている。

いつもならまずリビングにあるインターホンで出るのですが、あわてていたので、思わずげんかんに行きました。

「どちらさまでしょうか」ドアに向かって声をかけました。

「わたしやけど」

母の声です。夕方になったので、ナオくんを連れてきてくれたのだと思いました。

「お母さん? 今開けるね」

かぎを開けようとしたところで、手を止めました。おかしいんです。

「話し方だ」

少し考えて、変な感じの正体がわかりました。母は千葉県出身で、わたしがいる大阪に出てきたのは十年前。今も関西弁を使わず、共通語を話します。

ところがドアの向こうから聞こえた声は「わたしやけど」と言いました。

関西弁です。母なら「わたしだけど」と言うはず。

「お母さん……?」

不安になってもう一度聞くと、その声が答えました。

「うん、わたしやけど。戸ぉ開けてぇや」

むねがざわざわとします。本当に母でしょうか。ドアにあるのぞき穴を見ました。

母が立っています。いつもの洋服、いつものかみ型。どう見ても母です。
ただ、ナオ君のすがたはありません。

かわりに右手に奇妙なものをだいていました。女の子の西洋人形です。

ごうかな青いドレスに、クルクルにカールした金色の長いかみ。

母がそんなものを持っているのを見たのは、初めてです。

「お母さん、それ、何?」

とまどいながら聞くと、母は関西弁で答えました。

「近くまで来たからよってん。マクド買うてきたで。あんた好きやろ? いっしょに食べようや」

母は人形についていっさいふれず、とつぜん左手に持った茶色い紙ぶくろを見せてきました。黄色いMのマークが印刷されています。「マクド」は、関西の人がマクドナルドを略すときの言い方で、母はふだん「マック」と言っているはずなのです。

「お母さん、それよりナオ君はどこなの?」

「ナオ君やったら、うちにおる」

「ひとりにしてだいじょうぶなの!?」

「だいじょうぶやって。それよりほら、マクド買うてきたで。戸ぉ開けて」

「だいじょうぶじゃないでしょ! ナオ君ひとりにするなんて!」

「うん、マクド買うてきたで」

「は……?」

「マクド買うてきたで。戸ぉ開けて。マクド買うてきたで、マクド買うてきたで、マクド買うてきたで、マクド買うてきたで、マクド買うてきたで……」
こわれた機械のように同じ言葉をくり返す母をのぞき穴ごしに見て、背筋に冷たいものが走りました。

母じゃない。見た目は母だけど、母じゃない。

そんなおかしなことはあるはずがないのに、そうとしか思えないのです。
ふるえる声を必死におさえて言いました。

「お母さん、ごめん。今いそがしくて手がはなせない。だから今日は帰って」

「え? マクド買うてきたで。あんた好きやろ。いっしょに食べよ。戸ぉ開けてぇや」

紙ぶくろを上げたまましつこく続く言葉をさえぎって、大きな声で言いました。

「今日は無理なの! 帰って! お願いだから!」

すると、母そっくりな人の左手が力なく下がりました。

「なんや冷たいなあ! せっかくマクド買うてきたったのに」

女の人はろうかのほうを向きました。やっと帰ってくれると思った、その時です。

右うでにだかれていた人形が、パッとこちらを向いたのです。

目が合いました。まるで生きているようにあわくかがやくガラス製の青い目が、しっかりとわたしを見ています。

ぞっとしてドアからはなれ、わたしはよろけるようにへたりこみました。

ズッズッ……人形を持った女の人の、引きずるような足音が遠ざかっていきます。いやな足音が聞こえなくなっても、しばらく立ち上がることができませんでした。

「ナオ君!」

われに返ったわたしはリビングへと走り、あわてて電話をかけました。

「はーい、どうしたの?」聞こえてきたのは、母のいつもの明るい声。

「お母さん? ナオ君は?」

「部屋で遊んでいるよ。もうむかえに来る?」声も、言葉も、まちがいなく母です。

「お母さん、さっきわたしの家に来た?」

「何言っているの。行くはずないでしょ? 家でナオ君を見てるの、わすれた?」

息子に危険がなかったのがわかると、力がぬけてなみだがあふれてきました。

「ごめん。ナオ君をもう少し見ていてもらえる?」

「いいよ。ゆっくりして」


それにしても家をたずねて来たアレは、いったいなんだったのか。

しばらく考えていたわたしは、ふとあることに気づきました。

わたしの住んでいるマンションには、チャイムを鳴らすと、げんかんについているカメラが作動し、来た人を撮影する機能があります。

あの位置に立っていたということは、カメラがあの人をとらえているはず。

インターホンのスイッチをおしてみると「データ:一件」の表示。

おそるおそる再生しました。

だれもうつっていません。

だれもいないげんかんのようすが、無音のまま三十秒ほど流れただけだったのです。

だけどわたしは、のぞき穴ごしにだれかがドアの前にいるのをたしかに見たのです。

うつっていないはずがないのに。

あの日たずねてきた、母そっくりな人の正体は、わからないままです。

解説 ツメがあまい妖

話し終わった石塚さんは、思い出すとこわくなったようで、小さくふるえています。

「今でもチャイムが鳴るたびに、ギクリとします。アレは、いったいなんだったのでしょうか」

「わかりません。ただ、ふつうの幽霊ではなさそうです。お母さまに化けていたのですよね。目的は、石塚さんの家に上がりこむため」

「……」

「人に化ける妖のたぐいは全国にいます。だまされて家の中に引き入れてしまったらどうなるのか、それはわかりません。きっとロクな目にはあわないのでしょう。というのも、こういう妖を家に入れてしまった人の話を聞いたことがないのです。話が伝わってこないということは……その人の身に、何かが起こったのかもしれません」
石塚さんは顔をしかめました。

「その妖がまた来たらと思うとこわくて。どうすればいいのでしょうか」

「この手の妖は、うまく身近な人に化けます。その反面、どこかにおかしなところがひとつはあるものです。たとえば【かわうそ】という妖怪も、人に化けて夜おそく、酒屋に酒を買いにきたといいます。そこで酒屋の主人が『だれだ?』と聞いたら、『おれだ』と答えるべきところを、なぜか『うわや』と答える。また、『どこから来た?』と聞くと、『川のほう』と正直に答えてしまう。見た目は完璧に化けているのに、かんたんに正体を見やぶられてしまうのです」

「そういえば、うちに来たのも……」

「はい、石塚さんをたずねてきた妖もそうです。見た目はどこから見ても石塚さんのお母さまでした。ところが西洋人形をだいている。話し方がちがう。ナオ君はどうしたのか聞かれたときの言いわけもヘタ。これだけ違和感があると、見た目がどれだけそっくりでも、見やぶられるでしょう」

「昔話に出てくるタヌキみたいな……」
「はい。人に化けてもシッポが出てしまっている。それと同じで、ツメがあまいのです。だから、今後もそのような妖が家に来たときのことを考えて、ご家族で合言葉を決めるなどしておくとよいでしょう。また、よく知る人が来たと思っても、どこかおかしい点はないか観察することです。少しでも変なところがあれば、それは妖かもしれないと、うたがってみてもいいのではないでしょうか」

そう説明すると、石塚さんは少しホッとしたようでした。

「どうもありがとうございました。帰ったらすぐに合言葉を考えますね」

「ぜひそうしてください。どんな妖にも、それをおそれない強い気持ちが大切です」

「はい。それと……今日は聞いてもらえて、とてもうれしかったです。こんな変な体験、だれにも話せなかったし、うたがうことなく、最後までちゃんと聞いてもらえてスッキリしました。それに、わたしが体験したのと似たような話が昔からあったとわかってなんだか安心しました。変ですよね、安心したなんて」

「いえ、変ではないですよ。そんな体験をしたのが自分だけだとしたら心細いものです。でも、そうではないとわかればホッとしますよね。このお話はだれでも体験し得る、ということなんですから」

石塚さんがニヤリとしました。

案外こわいものが好きな方だったのでしょうか。

「それではこちらをどうぞ。あなたの怪談、百円で買い取らせていただきました」

「あ、そうでしたね」

彼女はほほえみ、わたしが差し出した百円玉をしっかりとにぎって、帰っていきました。

おわり


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ライツ社
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