【はじめに全文公開】山の上のパン屋に人が集まるわけ
2023年の4月にライツ社から出版された『山の上のパン屋に人が集まるわけ(サイボウズ式ブックス)』が、いまもっとも読まれるべきビジネス書を決める「読者が選ぶビジネス書グランプリ2024」の【自己啓発部門】にノミネートされました。
この賞は、一般読者の投票で決まるものです。はじめにをお読みいただき共感いただいた方は応援いただけると幸いです。よろしくお願いいたします。
ー はじめに ー
長野県、東御市(とうみし)にある御牧原(みまきはら)台地。
南に八ヶ岳、西に北アルプス、北には浅間連山、東には奥秩父の山々。
ぐるり360度、大パノラマが広がる場所。
私はこの山の上で、2009年から「わざわざ」というパンと日用品の店を営んでいます。「わざわざ来てくださってありがとうございます」という意味を込めて名付けたお店です。
2019年には、「わざわざ」から車で10分ほどの場所に「問tou(とう)」というお店を、2023年には、コンビニ型店舗の「わざマート」をオープン。現在は3つの実店舗とオンラインストアを経営しています。
一介の主婦が1人で始めた、パンと日用品の店。
移動販売と自宅の玄関先での販売からスタートして創業14年目になる「わざわざ」は、2017年に法人化し、今では3億円の売上がある企業へと成長しました。
よく「平田さんは、やりたいことがたくさんあっていいね」と言われます。
山の上で始めた小さなパン屋が大きく成長したという事実を見て、「田舎暮らしで夢を叶えた成功者」と思われているのかもしれません。
でも本当は、全然そんなことないのです。
私は幼い頃からずっとその場の環境に流されていましたし、生粋のめんどくさがりで、「できることなら楽をしたい」と思って生きてきました。
この本の序盤には、私が「わざわざ」を創業するまでの経緯も書かれていますが、自分で読み返しても、その頃の自分はとにかく「とても嫌な人間」に見えて仕方がありません。
なので、最後まで読んでいただける「はじめに」を書かないといけないと思いました。
私の人生の前半戦は、といいますか、人生の3分の2ぐらいは挫折の連続で、いいことが1つもありません。
友だちも全然できず、誰とも話が合いませんでした。
少しでも疑問に思ったこと、違和感を抱いたことに対して、「なんでそうなってるの?」「どうして?」と、ずっと問うてしまう子どもだったのです。
「なんでそうなっているのか知りたい」という欲求がとても強く、たとえばテレビなんかでも、分解して仕組みを確認してしまう。そんなことを何度も繰り返していました。
だけど、しつこい子どもの疑問に答えてくれる人はそんなに多くありません。学校でもあまり受け入れられず、なかなかうまく生活できませんでした。周りの人は、私と話していると問い詰められている気持ちになってしまったのだと思います。だんだん面倒くさくなって、話をしてくれなくなりました。
この世の中は、曖昧にしていたほうがいいとされることが多いから。
パン屋を始めることになったのは、そんな、世の中の「ふつう」にうまく乗れなかった私が、唯一できそうなことだったからです。
どうしてこのような生き方にたどり着いたのか、一言で説明をするのは難しい。
でも1つだけ言えることがあるとするならば、私はずっと、自分の気持ちには正直に生きてきたように思います。自分の中に生まれる違和感を見過ごすことがどうしてもできなかった。
おかしいことからは逃げ出して、あるいは向き合うべきことに向き合って。その積み重ねで、今の私が、今の「わざわざ」があるように思います。
世の中には、違和感を覚えるできごとがたくさんあります。
パン屋は長時間労働・薄利多売がふつう、飲食業においてロスが出るのはふつう、質がいいものよりブランド名に惹かれる人がいるのはふつう。
働き方、お金の使い方、家族のあり方、会社のあり方……。
そういった、生きる中でぶつかる自分の違和感に1つずつ向き合いながらつくってきたのが「わざわざ」です。
山の上のパン屋に人が集まってくださる理由は、もしかしたら「わざわざ」の正直すぎる姿勢にあるのかもしれません。
長時間労働がおかしいと思えば、そうしなくて済む製法を自ら研究したり、自分が作っているパンが人の健康を邪魔していると感じれば、そのパンを作ることを急にやめたり、意地悪なお客さんが来たらブログに「来ないでください」とあけすけに書いてみたり……。
幾多の経営本が世の中に溢れる中で、私が本を書く意味が果たしてあるのだろうか。「辺境地で事業を始めてうまくいった事例」をノウハウとして書く意味はあるのだろうか。
自分に問うた結果、「ない」と思いました。
だから、この本では「心」を記そうと思います。
できるだけ忠実に私の心の変遷を描きたい。内実に沿った情景を忠実になぞるような言葉を選んで記すことができたならば、それは読んだ人の数だけ形を変え、誰かの役に立つことができるかもしれない。
そう思って、この本を書き記します。
<さいごに>
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