なぜ読んでる間「ずっと点字に触れられる」という不思議な本ができたのか?
ライツ社から出版された、澤田智洋さん著『マイノリティデザイン』のカバーには、実は「点字」がついています。これを施してくれたのは、「バリアフリーカレンダー」などの点字プロダクトを手がける真美堂手塚箔押所です。
今回は真美堂手塚箔押所の社長・手塚さんと、著者である澤田智洋さん、進行を担当編集の大塚で、『マイノリティデザイン』での点字加工や点字印刷についてお話しいただきました。
左上:手塚さん、右上:大塚、下:澤田さん
読んでる間、ずっと点字に触れる本
澤田:そもそも大塚さん、本の表紙に点字を印字するってこと自体、ほぼ前例がないんですよね?
大塚:商業出版では珍しいですね。手塚さんもあんまりやってないですか?
手塚:そうですね。わたしのところで実際やったのが3、4点ぐらいで。3年か4年に1度ぐらいかな。
澤田:オリンピックみたいな。
手塚:その通り。点字は大塚さんのアイデアだと聞きましたが、どういうきっかけだったんですか?
大塚:売上とか関係なく、澤田さん個人へのプレゼントみたいなつもりでした。今回の本はジャンルとしてはビジネス書なんですけど、澤田さんと息子さんの物語でもあるので。
目の見えない息子さんが、「あ、これは僕とお父さんの本なんだ」みたいなことを感じるものがどこかにあってほしいな。そういうきっかけを1つでも残せればいいなと思ったのが最初でした。
澤田:この本を初めて手に取ったときに感じたんですけど、本を読んでる間ずっと右手の腹で点字を感じてるんですね。
息子の目が見えないので、僕は点字に触れる機会が多いけど、そもそも一般の方って点字に触れることがないじゃないですか。なのに、この本は読んでる間ずっと点字に触れてるわけで、その体験自体がおもしろいなと思ったんですね。知らないうちに点字と2時間向き合っちゃう。
手塚:点字って、上のほうとか下のほうに入ってることが多いんですけど、気づかないとかいうこともあって。今回は、本の真ん中に、1カ所にまとまっていてとても良かったなと思いました。
大塚:デザイナーさんが、もはや主役の位置にしてくれました。
澤田:それ、すごく大事なことで。点字ってけっこう町の片隅に追いやられちゃうので。
大塚:ポスターとかでも端っこにあったりしますね。
澤田:そうです。だから中心に点字があるって、すごい大事なメッセージだと思います。この位置だから2時間触れられるというのもありますしね。ありがとうございます、本当に。
大塚:関係者の方にお配りしたら、みんな最初にそれをメッセージでくれますもんね。「点字が入ってる」って。それってこの位置だからなんですね。
点字の加工は匠の技
澤田:ちなみに、本の表紙に点字を打つって大変なんですか。
手塚:まず版のところから説明したいんですけど。上の部分が凸で盛り上がっているんですけど。逆に下の部分は凹んでいます。この雄型と雌型の間に紙を挟んで、機械でプレスするわけなんですね。点字出版施設さんにこの製版をお願いして、わたしのところで印刷する形です。
手塚:点字の特性でもあるんですけど、紙を無理に盛り上げてるわけなんで、紙が多少裂けることがあるんですね。そのあたりが難しい面で、点字の部分が切れてしまうと、商品としても扱えないので、微妙に版自体の高さや組み合わせ考慮しています。
澤田:それは本当に匠(たくみ)の技ですね。
「早く遠く」から「近くにゆっくり」
大塚:手塚さんは、この本読まれてどんなことを思いましたか?
手塚:非常に納得することが多いですよね。当たり前でないことはいっぱいあるんだなと。たとえば、今までは「早く遠く」へといった考え方だったのが、これからは「近くにゆっくり」になっていくと思うんですよね。
そうなったときに、自分自身や周りのことを見つめるようになっていくだろうなと思います。この『マイノリティデザイン』を読んで、これからの時代はたぶんこの通りになっていく、いや、僕は逆にそうならなければいけないなと思いますね。
澤田:そうなったときに、もうバリアフリーはけっこう当たり前になってますけど、さらに当たり前になると思います。
真っ白な「バリアフリーカレンダー」
澤田:この本で大事にしてるのは、いわゆるマイノリティの方が持っている潜在能力みたいなものって、まだまだ生かされてない。なので、それを生かさないとこれからの日本社会ってどうしても立ち行かないよね、ということを書いたので。
だから僕は真美堂さんの「バリアフリーカレンダー」に本当に共鳴します。見えない人の世界観をカレンダーに入れたのは、今までとは逆の発想ですよね。見えない方のために施す、だけじゃない。
手塚:これは真っ白な紙に、点字以外に数字も浮き出してあります。晴眼者の方がその文字を読もうとして触わっているのは、視覚に障害のある方が点字を読もうとしているときと同じ行為をされているんですね。こうしてて触れることで同じような気持ちになっていけるんじゃないかな、と思います。
澤田:普通にかっこいいですもんね。点字がプロダクトデザインの一部としてすごく効いているし。このアイテムをつくったのって、見える人と見えない人の架け橋になるような何かを作りたい、みたいな気持ちからだったんですか?
手塚:そうですね。点字出版施設の方とアートディレクターの方と定期的に会合を持っていろんな仕事の話をしてるときに、やはり我々で何かできないかな?ということから始まったプロジェクトなんです。それで2015年版から製作しています。
大塚:もう6年目。すごい。
「障害」ではなく「カルチャー」
澤田:カレンダーも含めて、僕のやっている活動もそうなんですけど、「文化の交換」が1つキーワードかなと思っていて。
アメリカのほうだと障害者とか性的少数者「LGBTQ」と言われている方々のことを、ちょっと前だったら「disabled(障害)」と呼んでたんですけど、最近だと「culture(カルチャー)」って表現を使うようになっていて、「culture of LGBTQ」や「culture of autism(※自閉症)」と言う。「障害」と捉えちゃうと上下関係が生まれてしまいがちだけど、「カルチャー」と捉えると、すごくフラットでいいなと思っていて。
お互いの文化を面白がって、「そっちの世界もすてきだね」みたいな感じの会話ができる。まさに「バリアフリーカレンダー」も、見えない文化にみんながフラットに触れる機会になっていると思ったんですね。
大塚:たしかに、カレンダーを買って会社に飾ったんですけど。真っ白なほうって遠くから全然見えなくて(笑)。近づいて、触って、やっとわかるみたいな感じが、すごいおもしろい体験でしたね。
澤田:それ、ロービジョンの方や全盲の方がカレンダーから情報を得る体験ってことですからね。
大塚:なるほどなあ。
澤田:『マイノリティデザイン』に書かれているのも、いわゆる障害のある方の世界観をなんらかの商品やスポーツに落とし込んで、それを体験した人が「なるほど、心臓病の方のカルチャーってこうなんだ」とか「車椅子ユーザーの方のカルチャーってこうなんだ」と、変な偏見や過度な同情なしに文化としておもしろがる。そんな事例なんです。
心臓病の少年を起点に発明されたゆるスポーツ「500歩サッカー」。通常、運動量が求められるサッカーを、歩数制限がある競技に。走り回るとドンドンゲージが減っていき、500歩を歩き切ってしまうと退場となってしまう。歩数を回復するためには、動かず休まなければいけない。
ボディシェアリングロボット「NIN_NIN」。寝たきりの人が、視覚障害者の目に、視覚障害者が寝たきりの人の足になる。戦国時代に情報格差を埋める役割を担っていた忍者をモチーフにしているので、「ニンニン!」と手を上下させる機能も兼ね備えている。
澤田:そういう気軽な文化交換みたいな感じのきっかけになればいいなと。
子どもは「昨日の自分」、おじいちゃんおばあちゃんは「明日の自分」
手塚:今回の本の最初に岡本太郎さんの言葉が載っていて、「人間誰もが身体障害者なのだ」と書かれておりますけど、その通りだなと思うんですね。
手塚:たとえば、今は視力の良い方でも、高齢になってくると加齢や病気で徐々に見えづらい症状が出てくるわけですよね。歳をとるという自然な現象からも、いわゆる視覚に障害を持つことにつながっていく。でも、それは当たり前の世界だな、ということを非常に感じているんです。そういった視点からすれば、障害のあるなしを区分けする必要もないといつも感じておりますね。
澤田:そうですね。障害者手帳をもらうことで支援を得られる、みたいな制度上の目的で必要なことはあっても、そもそも自分は他者であって、他者は自分ですからね。僕、おじいちゃんおばあちゃんは明日の自分だし、子どもは昨日の自分だと思ってるんです。だから別にそこに他者とか自分ってあんまりない。
障害のある方はいつかの自分かもしれないし、将来生まれてくる自分の子どもや僕らの明日の状態かもしれないし、本当の意味での赤の他人はいない。そういうことがもっと伝わるといいなと思います。
作り手のチャレンジが入ったものを買いたい
澤田:手塚さんとして何か今後チャレンジしたいことってあるんですか?
手塚:今後、たとえばこのカレンダーを、障害のある方で絵画など素晴らしい作品を世に出している方がいらっしゃいますよね。そういう方の作品と一緒にできないかなと、そんなことも考えているんです。
澤田:視覚障害者のための、だけじゃなくて、アートも入れて、「あ、見えないってこういうカルチャーなんだな」ってことも分かるし、「ああ、障害者アートってこういうカルチャーなんだな」というのも伝わるってことですよね。
手塚:そうですね。
澤田:いいですね。ちなみに障害者アート側、僕の友人たちも、どうやってみなさんの日常生活に入っていこうか、というのはいろんな模索をされてるんですけど。
僕が生活者だったら欲しいのが、世界一気軽なアートを飾る行為としてのカレンダーみたいな、カレンダーとアートのハイブリッドみたいな感じですかね。たとえば障害者アートの作品をたくさんアーカイブしておいて、「1月はこれ」とかを生活者が自分選べる、みたいな。
手塚:自分で好みのものを作れるのはすてきですよね。
澤田:あのカレンダーから、僕はいろんなメッセージを勝手に感じたんですよね。それは、「できる」というメッセージだったんですよ。
見える人と見えない人の架け橋になる美しいカレンダーって「できるよ」とか、何もできないと勘違いされてきた人たちがすごくアートの才能があって「できるんだ」みたいな。いろんな「できる」が詰まったカレンダーというふうになっていくといいなと思っていて。1個ちょっと提案なんですけど。
大塚:この対談中に(笑)。
澤田:いろんな「can」が詰まってる。だから「カレンダー(calendar)」じゃなくて「canレンダー」みたいな形で。
大塚:姿勢そのものを商品にしてるみたいなことですね。
澤田:そうです。で、買う人はその「can’t」を「can」にしようとしている人たちの心意気を買うというか。「そのcanがすてき、買った」みたいな。カレンダーに限らず、作り手のチャレンジが入ったものを買いたいし、そういうものが身の回りにあると縁起物になる気がする。僕らも活力を得られるので。
手塚:カレンダーにそういう価値が詰め込まれてるというのは、なかなかないと思うんですよね。それはいいですね、とても。
澤田:おもしろいかも。毎月1日に必ず来てくれると「うわ、今月がんばろう」みたいな。単純に僕がほしいだけなんですけど(笑)。
チャレンジって「ドミノ倒し」みたいなもの
大塚:すごいなと思ったのが、さっき「チャレンジを買いたい」みたいに、澤田さんが仰ったけれども、『マイノリティデザイン』に点字を入れなかったらこの出会いもなかったので、1つのチャレンジが次のチャレンジを生むんだと思って、とても嬉しいです。
澤田:チャレンジって、ドミノ倒しみたいなものなんですよね。1個倒れると、どんどんチャレンジの連鎖が始まるから。小さくてもチャレンジすることって大事ですよね。
真美堂さんが2015年に小さいチャレンジとしてバリアフリーカレンダーを作って、そのドミノが今日僕らのところに倒れてきて、それで僕らもバーンと倒れて、みたいな。
手塚:そういうのって実は待っていたというか、つながるっていうことは、その人のことを待っていたような気もしますね。
澤田:本当に。
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