【無料公開】『放課後ミステリクラブ』第2巻100ページ以上試し読み公開中!
「放課後ミステリクラブ」シリーズ第2巻の発売を記念して、冒頭の「プロローグ 事件発生」から「7 雪の中の大ジャンプ」の読者への挑戦状まで、無料の試し読みを公開いたします。名探偵・辻堂天馬の挑戦にキミは応えられるか? 続きが気になった方は、ぜひお手に取ってみてください。
『放課後ミステリクラブ 2雪のミステリーサークル事件』
作 知念実希人 絵 Gurin.
プロローグ 事件発生
「うう、寒い」
真理子は、はおっているコートのえりを合わせると、ほぅと白い息をはいた。
日曜日の午後三時すぎ、真理子は先生として働いている小学校へ向かっていた。今日は休みなのだが、先生は休みの日もだれかひとりは学校に行くことになっている。今日の当番は真理子だった。
「よりによってこんな日に……。ついてないなぁ」
グチをこぼしながら真理子は足をふみ出す。サクッという音とともに、ブーツがくるぶしあたりまで雪にうまった。
今日の朝、明るくなる前に雪がふり始め、いまはかなりつもっていた。そのせいで歩きにくく、学校までいつもの倍ぐらい時間がかかっている。
雪かき、どうしよう? ひとりで今日やるのは無理だから、明日、先生たち全員で朝早くからやるしかないか。
子どもたちは雪合戦をしたり、雪だるまを作ったりとよろこぶだろうが、先生にとっては仕事がふえるだけでうれしくない。
真理子はあつい雲におおわれた空を見あげる。雲の一部がまん丸に固まっていて、円ばんのように見えた。
「うちゅう船みたい……」
ぼそりとつぶやいた真理子の頭に、三日前の授業のようすがよぎり、さらに気分がしずんでいく。
三日前、一年生と六年生がいっしょになってお話をするという特別授業が行われた。テーマは、『うちゅう人はいるかどうか』というものだった。
ほとんどのグループは、「うちゅうは広いからいるかもしれない」「もう地球にいるかも」「どんなかっこうをしているんだろう」「なかよくなれるかな」などの話題でもりあがった。けれどひと組だけ、六年生が「うちゅう人なんているわけがない」と強く言って、一年生を泣かしてしまったのだ。
真理子は六年生にあやまるように言ったが、その児童は「おれ、まちがったことなんて言ってないもん」と、頭を下げることはなかった。
下級生にはもっとやさしくしないといけないって、どうやったらわかってもらえるんだろう。真理子はなやみながら、雪に何度も足を取られつつも進んでいく。
ようやく学校にとうちゃくした真理子は、大きな息をついてうら門から校内に入る。ふと雪でまっ白にそまった校庭を見た真理子は、目を大きくした。
「何……、これ?」
ぼうぜんとつぶやいた真理子はあわてて校舎に入ると、四階までかいだんをかけあがり、教室のまどを開けて外を見る。
純白の雪におおわれた校庭に、きょだいでふしぎなもようがえがかれていた。
「ミステリーサークル……」
真理子の口からこぼれたつぶやきが、白くこおりついていった。
白いミステリーサークル
「ねえ、陸。何があったんだと思う? 急に学校まで来てほしいなんてさ」
両手を横にのばしながら、ブロックべいの上を歩いている美鈴ちゃんこと、神山美鈴が声をかけてくる。ぼくと美鈴ちゃんは、家がとなり同士のおさななじみだ。
「さあ? それより美鈴ちゃん、そんなところあぶないよ」
かなりつもっている雪に四苦八苦しながら歩道を進んでいるぼく、柚木陸は、美鈴ちゃんに声をかける。
「だいじょうぶだよ。いつも使っている平均台より、ぜんぜん太いし」
美鈴ちゃんはスキップでもするように軽やかにブロックべいの上を進んでいく。美鈴ちゃんはようちえんのころからスポーツ万能で、体そうの大会で何回も優勝している。いまも、週に何回も中学生や高校生にまじって体そうクラブで練習をしていた。しょうらいはオリンピックで金メダルを取るのがゆめらしい。
「けど、へいの上にも雪があるでしょ。すべるんじゃ……」
ぼくがそこまで言ったしゅんかん、ブロックべいにつもっていた雪に足を取られ、美鈴ちゃんの体が空中に投げ出された。
「あぶない!」
ぼくがさけぶと同時に、美鈴ちゃんは落下しながらくるりと体を一回転させた。両足からきれいに雪に着地して、両手を大きく広げる。あまりにもきれいなちゅう返りに、ぼくは思わずはくしゅをしてしまう。
「ね、だいじょうぶだったでしょ」
美鈴ちゃんはかわいらしくウインクをした。
そのとき、「やあ、陸君、美鈴君」という声が聞こえてくる。ふり返ると、おとなが着るような茶色いチェックのコートを着て、同じもようのつばの小さなぼうしをかぶっている男の子が立っていた。同じクラスの辻堂天馬君だ。
ぼくと天馬君、美鈴ちゃんは同じクラスのなかよしだ。ミステリクラブという部活動を作って、放課後はよく部室に集まり、三人で時間をすごしている。
「どうやら、真理子先生はぼくたちミステリトリオ全員をよび出したみたいだね。さて、何があったんだろう」
去年転校してくるまでイギリスにいた天馬君は、ミステリ小説とかを読んで日本語を勉強したせいか、なかのよい友だちを男女関係なく「君」づけでよんだり、ちょっとおとなっぽいしゃべり方をする。
「そのミステリトリオっていうの、やめてってば」
美鈴ちゃんが顔をしかめた。
美鈴ちゃんの『みす』、天馬君の『て』、そしてぼく、
陸の『り』をとって、ぼくたち三人は『ミステリトリオ』とよばれていた。
べつにぼくはいやじゃないし、ミステリ好きの天馬君は気にいっているようだけど、美鈴ちゃんはいやがっていた。ミステリという英語にふしぎという意味があるので、『ふしぎちゃん』とからかわれているような気分になるらしい。
「なんにしろ、ぼくたち全員がよばれたってことは、きっと何か事件があったんだよ。とってもふしぎな事件が」
天馬君は舌なめずりをすると、「ユニフォームを着てきてよかった」とつぶやいた。
天馬君の子どもらしくない服そうは、イギリスのシャーロック・ホームズとかいう名探偵のかっこうをまねたものらしい。
天馬君自身もまさに『名探偵』だ。これまで、『金魚の泳ぐプール事件』『泣くおじぞうさん事件』『消えた給食代事件』など学校で起こったふしぎな事件をいくつも解決してきている。
そして、天馬君がふしぎな事件の捜査をするとき、ぼくと美鈴ちゃんはそれぞれの特別な能力で、それに協力するのだ。
「あっ、みんなー」
ぼくたちが学校の近くまで歩いていくと、正門の前で担任の真理子先生が手をふっていた。正門のそばには自転車が一台とまっていて、そのサドルやカゴにも雪がつもっている。
「何かおもしろい事件があったんですか?」
体力がなく、雪道を歩くのにつかれはてていた天馬君が、急に小走りで真理子先生に近づいていく。つかれより『ふしぎな事件』への好奇心が勝ったらしい。
「あれを見てよ」
真理子先生が指さした方向を見たぼくは「あっ」と声をあげる。雪でおおわれた校庭に、何かもようがえがかれていた。
「校庭に大きくて変なマークがあるの。何が起こったのかわからなくて……。とりあえず、校舎から見ましょ。そのほうがよくわかるから」
真理子先生にうながされて、ぼくたちは校舎の四階にある自分たちの教室まであがる。そこから校庭を見下ろしたぼくたちの口から、「うわぁ」という声がもれた。
直径十メートルくらいはある大きな円の中に、見たことのない記号のようなものがえがかれた、ふしぎなもよう。その光景にあっとうされる。
「今日、学校に来たらこんなじょうたいだったの。いったい何が起こっているのかこんらんしちゃって……。あなたたち三人なら何かわかるかなと思って。ごめんね、日曜日なのに」
真理子先生は首をすくめる。天馬君は大きく手をふった。
「いえいえ、そんなことはありませんよ。雪の上にこつぜんとあらわれたミステリーサークル。こんなおもしろい事件が起こったなら、雪だろうがあらしだろうが、よろこんでやってきますよ」
「ミステリーサークル?」
美鈴ちゃんが小首をかしげる。天馬君はうなずくと、顔の横でひとさし指を立てた。
「ミステリーサークルっていうのは、畑とかで農作物がサークル状、つまりは円状にたおされてもようができる超常現象のことだよ。一九八〇年代にイギリスで多く発見されて、うちゅう人のうちゅう船が着地したあとなんじゃないかって話題になったんだ」
「うちゅう人!? じゃあ、うちの校庭にうちゅう船が来たの?」
美鈴ちゃんの声が大きくなる。
「美鈴君、落ちついて。ざんねんながら現在では、ミステリーサークルの大部分は、人間がいたずらで作ったものだってわかっているんだ」
「なぁんだ。つまんない」
美鈴ちゃんはくちびるをとがらせる。
「けど、あんな大きなマーク、どうやってかいたんだろ?」
ぼくが首をひねると、天馬君は立てていたひとさし指を左右にふった。
「問題は大きさじゃないよ。あのミステリーサークルにはほかにもっとふかしぎな点がある」
天馬君はコートを広げる。その内側には虫めがねや手帳、方位磁石など、天馬君が探偵として使う道具がいくつもついていた。折りたたみ式のポラロイドカメラを取りだした天馬君は、それを美鈴ちゃんにわたした。
「できるだけ高い位置で、あのミステリーサークルを見たいんだ。そのほうが全体の形をかくにんできるから。美鈴君、お願いできるかな?」
「屋上にある校旗をあげるポールの先からとればいいのね。ラジャー」
美鈴ちゃんはポラロイドカメラをズボンのポケットにつっこむと、まどを開けてすぐそばにある雨どいに飛びつき、リスのように器用にそれを登っていく。
「あ、こら。あぶないでしょ」
真理子先生があわてて止めようとするが、すでに美鈴ちゃんは屋上にとうちゃくし、さらにはたをあげるポールにすばやくよじ登り始めていた。
「まあまあ、真理子先生。美鈴ちゃんならだいじょうぶですよ」
「そんなこと言って、もし落ちたら大ケガするでしょ。いくら体そうがとくいだって言っても、先生としては子どもにあぶないことは……」
しかるように真理子先生が言っているとちゅうで、美鈴ちゃんが「たっだいまー」と、まどから飛びこんでくる。
真理子先生は注意しようとするけれど、その前に美鈴ちゃんはむじゃきなえみをうかべて、数枚のポラロイド写真を差し出した。
「ポールの一番上でとってきました。ちゃんとミステリーサークルのナゾが解けるようにがんばりました」
自分がナゾを解くようにお願いしたので強く言えなくなったのか、真理子先生はしぶい表情になる。
「次から、あぶないことしちゃダメよ」
「はーい」
元気よく答えた美鈴ちゃんから受けとった写真を、天馬君は近くのつくえの上にならべる。まっ白な写真に少しずつ、ミステリーサークルを高いところからとった画像がうかびあがっていく。
あごに手をあてて写真を見つめたあと、天馬君はぼくたちに向き直った。
「さて、このミステリーサークルの写真には明らかにおかしな点がある。それに気づいたかな?」
「おかしな点?」
ぼくはまじまじと写真を見つめる。
二分ぐらい、必死に写真を観察したあと、ぼくは顔をあげた。
「特におかしなものは写っていないと思うけど……」
小さな声でぼくはつぶやく。
「わたしもわからないな」「わたしも」
美鈴ちゃんと真理子先生もそう答えた。
天馬君はちっちっと口から音を立てながら、ひとさし指を左右にふった。
「おかしなものが写っているんじゃないよ。写っていないとおかしいものが、この写真にはないんだ」
「写っていないとおかしいもの?」
よくわからない説明に、美鈴ちゃんがまばたきをする。天馬君は「そうだよ」と言うと、指を鳴らした。
「この写真には足あとが写っていないんだよ」
ぼくたちは同時に「あっ!?」とおどろきの声をあげる。
「そう、あのミステリーサークルがだれかのいたずらでかかれたものなら、その人物が帰ったときの足あとが残ってるはずなんだ。けれど、写真にはそれが写っていない」
天馬君はとくいげにむねをはった。
「えっと……。その人が帰ったあと雪がふったせいで足あとが消えたんじゃないかな?」
ぼくが言うと、天馬君は首を横にふった。
「いいや、それはちがうよ。もし、その人物が帰ったあと、足あとが消えるぐらいいっぱい雪がふったなら、ミステリーサークルも同じように消えているはずだよ」
「じゃあ、だれがどうやって、あのミステリーサークルを作ったの?」
美鈴ちゃんがたずねる。天馬君はあごを引いた。
「そう、それが今回の事件の最大のナゾだよ。あのミステリーサークルをかいた犯人は、どんなトリックを使って、雪の上に足あとを残すことなく消えたのか。もしくは……」
そこで言葉を切った天馬君は、いたずらっぽくほほえんだ。
「本当にうちゅう船が、学校の校庭に着陸したのかもね」
うちゅう人はいる?
「なんだよあれ。なんか、変なものがかいてあるぞ」
「えー、なんかふしぎ」
登校してくる子たちが、校庭のミステリーサークルを見て、おどろきの声をあげる。
「ほら、立ち止まっていないで、自分の教室に行きなさい」
立っている先生が、みんなを必死にうながす。
「やっぱり、みんな気になるみたいだね」
ぼくはとなりを歩く美鈴ちゃんに声をかける。
「そりゃ、あんなふしぎなものをはじめて見たら、気になるのは当然だよね」
美鈴ちゃんは雪道を軽い足どりで進んでいく。
真理子先生によび出された次の日の月曜、ぼくたちはふつうに登校していた。
昨日、美鈴ちゃんがポラロイドカメラでとった写真を見たあと、天馬君はミステリーサークルに近づいて、もっとくわしく調べたいと言った。けれど、真理子先生が校長先生に連絡を取ってどうすればいいか聞いたところ、もしかしたら警察に調べてもらうかもしれないので、そのままのじょうたいにしておくように言われた。
いろいろと調べたかった天馬君はもんくを言っていたけど、校長先生が決めたことではどうしようもない。しかたなく昨日は写真をとったあと、ミステリクラブの部室で何時間かすごしてから家に帰っていた。
子どもが校庭に入らないよう、正門に立っている先生が言っているのを見ると、たぶんまだあのミステリーサークルをどうするのか決まっていないのだろう。
ぼくたちは横目で校庭をながめながら、教室へと向かった。すでに天馬君は教室にいて、まどぎわの席で文庫本を読んでいた。
「おはよう、天馬君。今日は何を読んでるの?」
美鈴ちゃんがあいさつをすると、天馬君は横目でぼくたちを見てきた。
「綾辻行人の『十角館の殺人』だよ。あまりのすごいトリックに、日本のミステリ小説の歴史を変えたとさえ言われている作品なんだ。昨日までアルセーヌ・ルパンがかつやくする冒険ミステリ、『奇巌城』を読んでいたから、今度は前代未聞のトリックを楽しめる本格ミステリが読みたくなってね」
大好きなミステリ小説の話をするとき、天馬君はいつも楽しそうに言うのだけど、今日はいつものように元気はなかった。たぶん、ミステリーサークルが調べられなくて、きげんが悪いのだろう。
美鈴ちゃんはきょうみなさげに「へー、そうなんだ」と相づちを打つと、前のめりになった。
「それで、ミステリーサークルのナゾについては、何かわかった?」
天馬君は文庫本をつくえに置くと、大きなため息をつく。
「わかるわけないじゃないか。だって、捜査できないんだよ。あんなすぐそこにあるのに、近づくこともできない。推理をするためには、できるだけ多くの情報が必要なんだ。それを灰色の脳細胞で、パズルのピースをはめるように有機的に組み合わせていき、そしてはじめて真実というものが見えてくるんだよ。わかるだろ、ワトソン君」
よほど捜査ができなかったことにふまんがたまっているのか、めずらしく感情的になる天馬君の前で、美鈴ちゃんが「ワトソンって何?」と小首をかしげた。
「シャーロック・ホームズの相棒の、ジョン・ワトソンに決まっているじゃないか。ホームズの物語は、ほとんどがワトソンからの視点でえがかれているんだよ。そして、凡人であるワトソンという相棒がいたからこそ、天才だけど人づきあいがヘタなホームズが、さまざまな事件を……」
天馬君が早口でそこまでまくし立てたところで、遠くから大きな声が聞こえてくる。
なんのさわぎだろう。ろうかに顔を出すと、どうやら声は六年生の教室から聞こえてきているようだった。
好奇心おうせいな美鈴ちゃんが「どしたの、どしたの?」とろうかを進んでいく。ぼくと天馬君も、美鈴ちゃんについていった。
出入り口から六年生の教室をのぞきこむと、小さな男の子がまどぎわで外をさしながら大きな声をあげていた。たぶん一年生の子だろう。
「ほら! ほら! やっぱりうちゅう船はあるんだ! ほら、ぼくが言ったとおりだ!」
男の子のそばには、六年生の男子が三人、しぶい表情で立っていた。
「べつにあんなのうちゅう船とは関係ないだろ」
六年生のなかで、一番体の大きな男子が言う。松本和也君という六年生で、かなりらんぼうなせいもあって、下級生からきらわれていた。
「関係あるもん! だから言ったじゃないか、うちゅう船は絶対に飛んでいるって。そっちがまちがっていたんじゃないか!」
顔をまっ赤にして和也君の鼻先に指をつきつける一年生を見て、ぼくははらはらする。体重が倍以上ある和也君につきとばされたりしたら、ケガをしてしまうかもしれない。
「ふざけんなよ! あんなのだれかがいたずらでかいたものに決まっているだろ!」
和也君がどなり声をあげて一歩前に出る。そのはくりょくに、一年生の顔にきょうふが走った。そのときとなりに立っていた天馬君が、「いや、それはわかりません」という声をあげ、和也君と一年生のあいだに体をわりこませた。
「見てください。あの雪の上には足あとがありません。もしだれかがいたずらでかいたというなら、その人物はどうやっていなくなったんですか」
いきなり話にわりこんできた天馬君に、和也君は目をぱちくりさせた。
「お、お前、だれだよ?」
「四年生の辻堂天馬です。それより、ぼくのしつもんに答えてください。あれをだれかがかいたって言うなら、その人物はどうやって足あとも残さずに消え去ったんですか?」
「し、知るかよ。ならお前はあれが、本当にうちゅう船が着陸したあとだとでも言うのかよ」
和也君はまどの外を指さす。
「わかりません。けれど、いまの時点ではその可能性を否定することはできません。『不可能を消し去って、最後に残ったものが、どれだけ奇妙であっても真実である』と、かの名探偵シャーロック・ホームズもそう言っています。つまり、いまの時点ではうちゅう船が本当に来たという可能性も検討すべきです」
むずかしい言葉を使う天馬君に、和也君はとまどい顔になる。そのいっぽうで、うちゅう船が着陸したあとかもしれないという天馬君の言葉を聞いた一年生は、うれしそうににこにこしていた。
「つまり、あのミステリーサークルがうちゅう船によって作られたということを『不可能』と決めつけるためには、その根拠となる情報が必要なんです。なのに、くわしく調べることはおろか、近づくことさえゆるしてもらえないなんて……。このまま雪がとけたら、大切な証拠が消えてしまうかもしれない」
くやしそうにつぶやく天馬君の服のむなもとを、和也君は両手でむぞうさにつかんだ。
「さっきから、何わけのわからないこと言っているんだよ。お前、四年生だろ。下級生なのに生意気だぞ」
和也君につりあげられた天馬君はつま先立ちになりながら、横目でぼくにしせんを送ってきた。
ああ、こうなる気がしてたんだ……。
ぼくはため息をつくと、和也君に横から近づき、そのひじを少しだけ引っぱって体のバランスをくずすと同時に、軽くかた足をはらった。
和也君はその場でしりもちをつくと、天馬君のえりをはなす。
「ありがとう、陸君。さすがだね」
えりもとを直しながら、天馬君がはなれていく。
さわぎを起こすだけ起こして、丸投げしないでほしいんだけど……。
心の中でグチをこぼしていると、和也君はすわりこんだままぼくをふしぎそうに見つめてくる。その顔がどんどんこわばり、赤くなっていった。
うでっぷしに自信がある和也君は、ぼくのような下級生にやっつけられて、プライドがきずついたんだろう。
「てめえ、よくもやりやがったな!」
立ちあがった和也君がつかみかかってくる。とっしんしてくる和也君をぼくはひらりとよけた。
「にげんじゃねえ」
和也君の顔が、ゆでだこのようにまっ赤になっていくのを見て、ぼくは顔をしかめる。
おじいちゃんがやっている合気道の道場にようちえんのころから通って、おとなの人たちといっしょにけいこをしているので、和也君を投げとばすのはかんたんだ。けれど、ケガをさせたら先生におこられて、お母さんをよばれるかもしれないし、おじいちゃんにはめちゃくちゃおこられる。
どうすればいいんだろう?
ぼくがこまっていると、「何やっているの!」という声が聞こえてきた。そちらを見ると、真理子先生がこしに手をあてて出入り口で立っていた。
「……なんでもありません」
和也君はつまらなそうに答えると、小声で「おぼえてろよ」とぼくに言って自分の席にもどっていく。
「ほら、もう授業が始まるわよ。みんな、自分の教室にもどりなさい」
真理子先生が手をたたく。みんなは「はーい」と返事をして去っていった。さっき和也君と言いあらそっていた一年生も、小走りで真理子先生のわきをすりぬけていった。
真理子先生は「あら、あの子も来てたの?」と、かいだんをおりていく一年生のせなかを見送った。
「あの子、一年生だよね」
ぼくたちの教室にもどるとちゅう、美鈴ちゃんが真理子先生にたずねる。
「ええ、一年生の種田空良君よ。あの子、どうしてここにいたのか知っている?」
「なんか、さっき六年生の男子と、うちゅう船はあるとかないとかでケンカしてたよ。ミステリーサークルを指さしながら」
美鈴ちゃんが答えると、真理子先生は「ああ、やっぱり」と顔をおおった。
「何かあったんですか?」
ぼくがしつもんすると、真理子先生はため息をつきながら説明を始めた。
「先週ね、一年生と六年生でグループお話会があったの」
「あ、おぼえてる!」
美鈴ちゃんがびしりと手をあげる。
「六年生といっしょに何かテーマを決めて話しあうんだよね。わたしたちのときはたしか『どうして空は青いのか』だった。わたしはね、地球の外に青くてうすいまくがあるからだと思って、うちのグループはそうやって発表したの」
「いや、ちがうよ美鈴君。地球にある空気の粒子に、太陽光に含まれる青色の光だけが反射して、それが目に入るからだよ」
天馬君が答えると、美鈴ちゃんは「天馬君、つまらない」と、ほっぺたをふくらませた。
「そのお話会で、何があったんですか?」
ぼくのしつもんに、真理子先生は足を止めると暗い顔で説明しだした。
「種田君は、松本和也君たちと同じグループになったの。テーマは『うちゅう人はいるかどうか』」
「空良君はいるって言ったんですね」
天馬君がかくにんする。真理子先生はうなずいた。
「そう。というか、うちゅう船は空を飛んでいて、いつもみんなを見ているって種田君は言ったの。そうしたら、松本君たちが外を指さして、『うちゅう船なんてどこにもいないじゃないか。ウソつくなよ』って言いだして」
「空良君、かわいそう」
美鈴ちゃんがつぶやくと、真理子先生は「うん、本当にかわいそうだった」と、いたいのをがまんするような表情になった。
「種田君、『ウソじゃない。本当にいるんだ』って泣いちゃって。それを、松本君たちがまたからかって。それでわたしたちが止めたの。けれど、種田君はずっと泣きやまなくて」
真理子先生が弱々しく首を横にふるのを、天馬君はじっと見つめる。そのとき、チャイムが鳴った。
「あっ、もう授業開始の時間じゃない。あなたたち、すぐに席に着きなさい」
真理子先生に言われたぼくたちは、「はーい」と返事をして教室に入っていった。
かくされたメッセージ
「ねえ、今日のピラフ、なんだか味がうすくない?」
給食の時間に、美鈴ちゃんが話しかけてくる。
「うーん、そうかな?」
ぼくはスプーンでピラフをすくってひと口食べた。たしかにいつもより味がうすい気がするけど、きざんであるソーセージの塩気があるのであまり気にならなかった。
「絶対そうだって。いつもよりかなりうす味だもん。せっかくわたしの大好物のピラフなのに、あんまりおいしくないなんてひどい」
ひとりでぷりぷりとおこっている美鈴ちゃんをほうっておいて、外をながめながら給食を食べている天馬君にぼくは声をかける。
「天馬君、どうしたの? やっぱり、ミステリーサークルを調べられないのがくやしいの?」
「いや、そうじゃなくて、気になることがあってね」
天馬君は外を見たまま答えると、美鈴ちゃんが口をはさんできた。
「あっ、やっぱり天馬君もピラフの味が気になるんでしょ!」
「ピラフ? ああ、今日の給食はピラフだったんだ」
いま気づいたかのような口ぶりで言う天馬君に、美鈴ちゃんはほっぺをふくらませた。
「じゃあ、天馬君は何が気になっているの?」
「ミステリーサークルのもようだよ」
「もよう? どうやってあんなにきれいな円をかいたかってこと?」
美鈴ちゃんはくちびるに指をあてる。天馬君は首を横にふった。
「いやいや、地面にきれいな円をかくのは、すごくかんたんなんだ。給食を食べ終わったら説明してあげるよ」
「え、そうなの。それなら早く食べないと」
美鈴ちゃんはさっきもんくを言っていたピラフを、急いでスプーンで口の中にかきこみ始めた。
「それじゃあ、説明しよう」
給食時間が終わり、昼休みに入ってクラスメートが少なくなった教室で、天馬君はノートを開くと、ふでばこからえんぴつを二本取りだした。
「美鈴君、かみをむすぶときに使うゴムをかしてくれる?」
「え、いいけど。わたしの、けっこうかたくてあまりのびないよ。そのほうがしっかりしばれるから好きなんだ」
「のびないほうが、使いやすくていいよ」
ヘアゴムを受けとった天馬君は、それをえんぴつに引っかける。
「まず、ここにえんぴつを固定する」
そう言いながら、天馬君はえんぴつの先をさすようにしてノートに置くと、ぼくに「これを持っていて」と声をかけてくる。ぼくは言われたとおり、えんぴつをつかんだ。
「まず、中心となる点を固定するんだ。ここではえんぴつとゴムを使っているけれど、じっさいはぼうとロープを使ったんだと思う」
説明しながら天馬君は、もう一本のえんぴつをゴムのわの中に入れて軽く引っぱりながらノートに線をかいていく。
「コンパスと同じ原理だよ。ひとつの点から、同じ距離に線を引いていったらきれいな円ができるんだ」
ぼくが持っているえんぴつを中心にきれいな円ができあがった。美鈴ちゃんが「うわあ」と声をあげる。
「すごい。本当にきれいな円がかけるんだね」
「そう。だから校庭に円をかくこと自体はぜんぜんむずかしいことじゃない。この事件のナゾはやっぱり、ミステリーサークルをかいたあと、犯人はどうやって足あとも残さないで校庭から消えたのかだよ」
「そのナゾは解けたの?」
美鈴ちゃんは期待をこめてたずねる。天馬君はかたをすくめた。
「ぜんぜん。けんとうもつかないよ」
「なんだ。それじゃあ、きれいな円をかく方法がわかっても、本当に犯人がそうやったのかわからないじゃない」
「うん、そうだよ。本当にあのミステリーサークルがそうやって作られたかどうかはわからない。もしかしたら、本当にうちゅう船が着陸した可能性だってちがうとは言いきれないのさ」
歌うように言う天馬君のすがたを見て、ぼくは首をかしげる。朝はきげんが悪かったのに、いまはやけに楽しそうだ。いったい何があったんだろう。
「それじゃあ、天馬君は何に気づいたの? 何かわかったから、そんなにきげんがよくなったんでしょ」
天馬君は『ナゾ』が解けるとテンションが高くなることを、これまでのつきあいでぼくは知っていた。
「だから、さっき言ったじゃないか。あのミステリーサークルのもようだよ。そのナゾが解けたのさ」
天馬君が両手を広げるのを前に、ぼくはおどろく。
「え、解けたって、あのミステリーサークルに何か意味があるの?」
「もちろんだよ。あの中にはメッセージがかくしてあるのさ。犯人、もしくはうちゅう人のね」
楽しそうに天馬君は言う。
「メッセージってなんなの? 早く教えて」
美鈴ちゃんが目をかがやかせる。
「いいよ。それじゃあ、暗号の解読を始めよう」
天馬君はいまノートにかいた円の中に、じょうぎを使って校庭のミステリーサークルと同じもようをえがいていく。
「よく見てね。このもようはほとんどたてと横、まっすぐな線でできている。けれど、その中に三本だけ仲間はずれがある。どれだかわかるかな?」
「ななめになっている、この三本?」
ぼくが指さすと、天馬君は「正解だよ」と大きくうなずいて、その三本を赤い色えんぴつでなぞって目立つようにした。
「でもそれだけじゃ、何もわからないじゃない」
赤い線を見ながら、美鈴ちゃんが言う。
「あせらないで。実はよく見ると、あと二本、なかまはずれの線があるんだよ」
「あと二本……?」
ぼくはじっとノートにかかれたもようを見つめる。けれど、よくわからなかった。そのとき美鈴ちゃんが「あっ!」と声をあげる。
「二本の横線だけ、ちょっと短い気がする」
「そのとおり」
天馬君は指を鳴らす。
「この二本の横線だけ、円にふれていないんだ」
天馬君はそう言って、さらに二本の線を赤えんぴつでなぞる。
「仲間はずれの五本の線、これがあのミステリーサークルにかくされたメッセージだよ」
赤くうかびあがった線を、ぼくと美鈴ちゃんはじっと見る。
「それがメッセージなの? 陸、わかる?」
美鈴ちゃんがしつもんしてくる。ぼくは「ううん」と首を横にふった。
たしかにその五本は、ほかの線とはちがうのかもしれない。けれど、それにどんな意味があるのかわからなかった。
「たしかにこのままだと読みにくいね。だから、このふたつを上と下にわけてみるんだよ」
天馬君は同じページに、上にある二本と、下にある三本を、別々にわけてかいた。それを見て、ぼくと美鈴ちゃんの声が重なる。
「ソラ!」
「そう、『ソラ』という言葉こそ、あのミステリーサークルにかくされていたメッセージだよ」
「ソラって、朝の……」
美鈴ちゃんがまばたきをする。天馬君は首をたてにふった。
「そう、あの一年生の男の子の名前だね」
「それじゃあ、あの子が犯人なの? うちゅう船なんてないって六年生に言われたことがくやしくて、ミステリーサークルをかいて、うちゅう船はあるんだって思わせようとしたってこと?」
「決めつけるのは早いんじゃないかな。一年生の子があんな大きなミステリーサークルを作るのはむずかしいだろうし、そもそもあの子が本当に犯人だったとしても、どうやって足あとを残さずに帰ったのかっていうナゾは残るし」
「そ、そうだよね。じゃあ、どういうことになるんだろう」
こんらんしているのか、美鈴ちゃんは頭をおさえる。
「まだ、事件の真相にせまるには情報が足りないよ。けれど、このメッセージを解いたことで、どうやって次の情報を集めればいいかわかったじゃないか」
「次の情報?」
美鈴ちゃんがくちびるに指を当てると、天馬君は高らかに言った。
「もちろん、空良君に話を聞くんだよ」
うちゅう船に乗っているのは?
「やあ、種田空良君」
げた箱でくつを取りだしている空良君に、天馬君がいきなり声をかける。
ミステリーサークルにかくされていたメッセージが『ソラ』だと気づいたぼくたちはすぐに一階に向かった。今日は一年生は四時間目までしか授業がない日だから、空良君はちょうど帰ろうとしているところだった。
「あ、朝会った人たち……」
おどろいた顔で、空良君はぼくたちを見る。
「ぼくは四年生の辻堂天馬だよ。よかったら天馬君とよんで。こっちは柚木陸君と、神山美鈴君。さて、ちょっとキミに聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「う、うん……」
不安そうに空良君はうなずいた。
「聞きたいのは校庭にできたミステリーサークルのことだよ」
天馬君がそう言ったしゅんかん、空良君の顔がぱっと明るくなった。
「うちゅう船が来たあとだよね」
「おや、キミはあれがだれかがいたずらでかいたんじゃなくて、うちゅう船が着陸したときにできたって思っているのかい?」
天馬君のしつもんに、空良君はふしぎそうにまばたきをした。
「だって、朝に天馬君が言ったじゃん。だれかがかいたなら、雪に足あとが残っているはずだって」
「ああ、これは一本とられたね。たしかにそのとおりだ」
天馬君は自分の頭を軽くたたいてわらった。
「それじゃあ次のしつもんにいこう。空良君はなんでうちゅう船がこの学校に来たと思う?」
「ぼくに会いにだよ」
空良君はまようことなく答える。それにはさすがの天馬君もおどろいたのか、目が大きくなった。
「うちゅう船はキミに会いに来たって言うのかい? ということは、あのミステリーサークルにキミの名前がかかれていることに気づいているのかな」
「ぼくの名前?」
空良君は心からふしぎそうに目を大きくする。
「それに気づいたわけじゃなかったのか。それなのに、キミに会いにきてくれているとわかっている。ということは、キミはじっさいにうちゅう船を見たことがあるの?」
「ううん、うちゅう船はぼくには見えないの。うちゅう船からぼくを見てくれているの」
「つまりうちゅう人がキミを見ているのかな?」
「ちがう、うちゅう人なんかじゃないよ」
空良君は首を横にふった。天馬君のまゆげのあいだに、しわがよる。
「ん? うちゅう船に乗っているのはうちゅう人ではないのかい? うちゅう人がキミに会いにうちゅう船で来たんじゃないの?」
「ちがうよ。うちゅう人なんか来たらこわいじゃん」
大きく手をふる空良君を見て、ぼくはこんらんする。てっきり『うちゅう人はいるか』というテーマで和也君と言いあらそいになったのだから、空良君はうちゅう人がいると強く信じていると思っていた。
けれど、いまの反応を見ると、空良君が信じているのはうちゅう船が空を飛んでいるということだけらしい。
天馬君は鼻の頭をかく。
「それじゃあそのうちゅう船は、だれのものなのかな?」
「おじいちゃんのものだよ」
「おじいちゃん?」
天馬君は聞き返す。
「空良君のおじいちゃんかい?」
「そう、おじいちゃん。ぼくのおじいちゃん、うちゅう船を作ってたんだ」
「それじゃあ、おじいちゃんが作ったうちゅう船から、だれがキミを見ているのかな?」
「それは……」
少しだけかなしそうな表情で答えようとした空良君の顔がこわばる。空良君はあわててげた箱からくつを取りだすと、にげだすように走っていった。
急にどうしたんだろう。ぼくがふしぎに思っているとうしろから大きな声が聞こえてきた。
「冬休み、北海道のばあちゃんのところに行かなきゃいけないんだよ。あそこ、すげえ雪がふるから、いやなんだよな。あ、そうだ。今夜、サッカー部の練習が終わったあと、『あれ』を家まで運ぶから手伝えよ。三人ならなんとか……」
ふり返ると、予想どおり和也君が友だちふたりを引きつれてろうかを歩いてきていた。今日の体育館のじゅんばんは六年生のはずなので、たぶんドッジボールでもしに行くんだろう。
ぼくに気づいた和也君が足を止める。
「てめえ、朝の……」
和也君はこわい顔になって、こぶしをにぎりしめた。
せっかく朝はケンカしないですんだのに……。
ぼくがどうやってにげるかを考えていると、となりの天馬君がいきなり大きく手をふりながら、声をあげた。
「あ、真理子先生、ちょっと聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
和也君は大きく舌を鳴らすと、友だちに「行こうぜ」と言ってげた箱からくつを取りだして、体育館のほうに向かっていった。
大きく息をつくぼくのとなりで、美鈴ちゃんがきょろきょろとあたりを見まわす。
「真理子先生、どこにいるの?」
「うそだよ」
天馬君はとくいげにくちびるのはしをあげた。
「ああ言えば、あの六年生がぼくたちにからんでこないでにげると思ったんだよ」
「さっすが天馬君、頭いい」
美鈴ちゃんにせなかをたたかれて、天馬君の口からぐふっと音がもれた。
「それより、空良君から話を聞いて、いろいろとわかったことがあるね。とりあえず、教室にもどろうよ」
天馬君が歩きだす。
「え、わかったことって何? 教えて教えて」
美鈴ちゃんにうながされた天馬君は、歩きながら話し始める。
「まず、空良君はおそらく、あのミステリーサークルを作った犯人じゃない。一年生が作れるようなものじゃないし、あの子は自分の名前がメッセージに入っていたことに気づいていなかった」
「知らんぷりしただけじゃないの?」
「もし知らんぷりしただけなら、もっとおどおどするはずだよ。けど、空良君はミステリーサークルにしるされたメッセージの話をしても、きょとんとしているだけだった。あれは本当に知らなかったんだよ」
「そっかー。じゃあ、空良君は関係なかったのかなぁ」
美鈴ちゃんが頭のうしろで両手を組むと、天馬君は手を大きくふった。
「いや、関係ないわけがないじゃないか。だって、空良君の名前があそこにかいてあったのは確実なんだから。それに空良君が、おじいちゃんはうちゅう船を作っていたって言っていた」
「うちゅう船を作っているなんて、そんなことありえるのかな?」
ぼくがつぶやく。天馬君はひとさし指を立てた。
「正確にはうちゅう船じゃなくて、ロケットとか人工衛星みたいに、うちゅうに飛ばす機械を作るような仕事をしていたんじゃないのかな。ただ小さい子にはむずかしいから、『うちゅう船を作っている』って説明していたんだと思う」
「なるほど、そうかもしれないね」
ぼくはうなずくと、天馬君たちといっしょにかいだんを上り始める。
「それじゃあ、もしかしてそのおじいちゃんが、空良君のために本当に校庭にロケットを着陸させたとか?」
両手を合わせる美鈴ちゃんを見て、天馬君はあきれ顔になる。
「そんなわけないじゃないか。そもそもロケットというものは基本的に、着陸できるようになんてできていないよ。それにもし本当にロケットが着陸なんかしたとしたら、校庭にある雪が全部とけちゃうよ。校舎だってこわれちゃうかもしれないね」
「それなら、どう空良君が関係しているっていうの?」
美鈴ちゃんはくちびるをとがらせた。
「まず、あれをかいたのがだれであれ、空良君に見せようとしたことはまちがいないと思うんだよね。問題はだれがどうやって、雪に足あとを残さずにミステリーサークルをかくことができたのか。そして、なぜそんなことをしなくてはいけなかったのかだね」
「なぁんだ。まだ何もわかっていないじゃない」
美鈴ちゃんのしてきに、今度は天馬君がくちびるをとがらせる。
「しかたないじゃないか。いまはまだ、推理のために必要な情報を集めている段階なんだから」
そんな話をしているうちに、ぼくたちは教室へもどって来た。
ぼくはまどからミステリーサークルをながめる。
いしきをすると、今度は円の中にはっきりと『ソラ』とかかれているのがわかった。
捜査始め!
「会議はまだ終わらないのかな?」
いすにすわった天馬君が、カウンターテーブルをコツコツと指でたたく。
放課後、ぼくたちは校舎の四階の一番おくにあるミステリクラブの部室にいた。
去年までは倉庫に使われていた小さな部屋。天井までとどく大きな本だなにはたくさんのミステリ小説がつまっている。
おくには天馬君がよくわからない実験をするときに使う、ビーカーやフラスコ、アルコールランプとかが置かれたテーブルがある。
入り口の近くにある小さなトランポリンと、体そう用の鉄ぼうは美鈴ちゃんのものだ。
部屋のすみにはジュークボックスというおしゃれな機械が置かれている。コインを入れてボタンをおすと、中に入っているレコードとかいう黒い円ばんが自動的にセットされて音楽が聞こえてくる。いまも『Fly me to the moon(わたしを月に連れていって)』という英語の曲が流れていた。
いま天馬君がいるのは、おとなの人がお酒を飲むお店をやっているぼくのおじさんが、改装でいらなくなったからとくれたバーカウンターだ。すわっても足がゆかにつかないカウンター席。天馬君はよくここで、ジュースを飲みながらミステリ小説を読んでいる。けれど、いまは読みかけの『アクロイド殺し』をカウンターテーブルに置いたまま、ずっと時計を見ていた。
「天馬君がイライラしたって、会議が早く終わるわけじゃないんだから、ゆっくり待っておけばいいじゃない」
トランポリンでぴょんぴょんはねながら、美鈴ちゃんが言う。
いま、先生たちは会議で、ミステリーサークルをどうするのか話し合っているらしい。その結果しだいで、校庭に出てちょくせつ捜査ができるかどうか決まるので、さっきからずっと天馬君はやきもきしていた。
「そんなこと言っても、もしかしたら校庭を調べられないかもしれないんだよ」
天馬君はコップに入っていたコーラをいっきに飲みほす。
「それなら、夜にしのびこんで調べればいいじゃん。どうせ、そろそろ雪もとけ始めるだろうし、きっと気づかれないよ」
美鈴ちゃんはくるりとちゅう返りしながら、よくないことを言いだす。
「ダメだよ、夜に学校にしのびこむなんて。バレたら先生にもお母さんにもおこられるよ。ねえ、天馬君」
ぼくが同意をもとめると、天馬君は口もとに手を当ててぶつぶつとつぶやいていた。
「たしかに、もし先生たちがどうしても調べちゃダメって言うなら、こっそりしのびこむしかないな。『ナゾ』にいどんで、真実を明らかにするためなら、どんな手段をとってもきっとゆるされるはずだから……。そう、なんでもゆるされる……」
美鈴ちゃんよりあぶないことを言いながら、ぐふふとしのびわらいをもらす天馬君にぼくがドン引きしていると、出入り口のドアが開いて真理子先生が顔を出した。真理子先生、また入るときの合言葉をわすれている……。
「おまたせ、会議は終わったわよ」
「で、どうなりました? ミステリーサークルは調べられるんですか!? それとも、調べられないんですか!?」
カウンター席から飛びおりた天馬君が、真理子先生につかつかと近づいていく。
「そんなにこうふんしないでよ。明日の朝に先生たちみんなで除雪をして、校庭を使えるようにすることになったの。だから、そのときにミステリーサークルも消すことになった」
「それじゃあ、捜査は?」
泣きそうな顔でたずねる天馬君の頭を、真理子先生はやさしくなでる。
「だから、その前なら好きに調べてもいいわよ。どうせ、明日には消しちゃうんだから」
天馬君の顔がぱぁっと明るくなる。
「陸君、美鈴君、何をしているんだい。暗くなる前に捜査をしないと」
出入り口近くのポールハンガーにかけていたコートをいきおいよくはおった天馬君は、ぼくたちに声をかけると部室を出ていく。
「ああ、天馬君、待ってよ。そんなにあわてなくても、ミステリーサークルはにげないよ」
ぼくは美鈴ちゃんといっしょに、天馬君のあとを追ったのだった。
雪のさくらふぶき
「うわあ、すごい。こんなきれいな雪、はじめて」
外に出るとすぐに美鈴ちゃんがはしゃいだ声をあげて、ぴょんぴょんと小さく飛びはねた。
先生たちに入ってはダメと言われていたので、雪がつもってから校庭にはだれも入っていない。ひとつも足あとのない雪におおわれた校庭は、夕焼けにてらされてピンク色にそまっていた。
「美鈴君、落ちつきなよ。ぼくたちは遊びにきたわけじゃ……」
天馬君の言葉が終わらないうちに、美鈴ちゃんは「わーい!」と雪に向かって両手を大きく広げてせなかから飛びこむ。ぼふっという音がして、美鈴ちゃんの体がいきおいよく雪にうまった。
「わぁ、この雪、やわらかい。気持ちいいよ。陸と天馬君もやってみなよ」
うれしそうに雪の中でねころんだまま、美鈴ちゃんが手まねきをしてきた。
「いやだよ。そんなことしたら、体がひえちゃうじゃないか。ねえ、陸君」
天馬君に声をかけられたぼくは、「うん、まあ……」とあいまいに答える。あまりにも美鈴ちゃんが気持ちよさそうなので、ちょっとまねしてみたかった。こんなにたくさんつもって、しかもだれの足あともついていない雪に飛びこむチャンスなんて、そうはないことだし。
「えー、もったいない。こんなに楽しいのに」
美鈴ちゃんは思いきり両手をふる。まいあげられた雪が夕日にキラキラとかがやいて、まるでさくらふぶきのようだった。
とってもきれいな光景に、ぼくは思わず見とれてしまう。
「そうだ。せっかくだから三人で雪だるま作ろうよ。あ、かまくらを作るのもいいね。かまくらの中でおもちを焼いて食べるの、テレビで見たことがあるんだよね。あれやってみたい」
雪の上でねころんでいた美鈴ちゃんは、いきおいよく上半身を起こした。
「かまくらはむずかしいんじゃないかな? あれって、すごくたくさんの雪を積みあげて固めたあと、中の雪をほっていって、入れるようにするんでしょ」
ぼくが言うと、美鈴ちゃんは「だいじょうぶだよ」とばんざいするように両手をあげた。
「用務員室に行けば、大きなスコップをかりられるって。それを使えばきっと作れるよ。ねえ、天馬君、いいでしょ。三人でかまくら作ろうよ。用務員室に行こう!」
雪からはい出してきた美鈴ちゃんは、いきおいよく天馬君に近づいていく。
「そうだね。とりあえず用務員室に行こうか」
天馬君は身をひるがえした。
「さすが天馬君。そうこなくっちゃ」
スキップするような足取りで、美鈴ちゃんは天馬君についていった。
「ああ、待ってよ」
あわててふたりのあとを追いながら、ぼくは首をひねる。まさか天馬君がかまくらを作ろうとするとは思わなかった。てっきり、「そんなものを作るより、事件のナゾを解くほうがずっと大切だよ」とか言いだすと思っていた。
やっぱり、天馬君もさくら色にそまっている雪景色にテンションがあがったのかな? そんなことを考えているうちに、ぼくたちは用務員室にたどり着いた。
「ん? どうしたんだ?」
中でお茶を飲んでいた用務員のおじさんが、ぼくたちを見てふしぎそうにまばたきをする。
「ちょっと必要な道具があるんでかりにきたんです。先生の許可は取っています」
はきはきとした声で美鈴ちゃんは言う。
「ああ、真理子先生が言っていた子たちか」
用務員さんは、うんうんとうなずく。ぼくたちが来るかもしれないと、真理子先生が連絡しておいてくれたみたいだ。
「なんでもかしてあげてほしいって真理子先生に言われているよ。何が必要なんだい?」
用務員さんがたずねると、天馬君は「あれです」といきおいよく、用務員室のはじに置かれたものを指さす。それは大きな脚立だった。
「えーなんでスコップじゃないの? かまくらを作るんでしょ」
美鈴ちゃんがふまんの声をあげる。
「そんなものを作るより、事件のナゾを解くほうがずっと大切だよ」
天馬君はぼくがさっき考えたまんまのセリフを口にした。
「いま必要なのは、スコップじゃなくてあの脚立なのさ。あれを校庭に持っていって、事件の捜査を始めよう」
テンションが高くなっている天馬君を見て、美鈴ちゃんはほっぺをふくらませた。
「なら、天馬君と陸がふたりでやってよ。わたしはひとりでかまくら作っているからさ」
「いや、それはこまるよ。いまからやる実験には美鈴君の協力が必要なんだからさ」
天馬君があせりだす。
「いや。かまくらいっしょに作ってくれないなら、協力なんてしない」
美鈴ちゃんはぷいっとそっぽを向く。天馬君はこまり顔でだまりこんでしまった。
このままじゃ、ミステリーサークルのナゾを解くことも、雪遊びすることもできないまま暗くなってしまう。
しかたがないので、ぼくはふたりに向かって声をかけた。
「じゃあ、こういうのはどうかな? まず今日は事件の捜査をすることにして、そのかわりに明日の朝、早く学校に来て、三人でかまくらを作るっていうのは」
美鈴ちゃんは大きな目で何回かぱちぱちとまばたきしたあと、にっこりとわらった。
「うん、それならいいよ」
「交渉成立。天馬君もそれでいいよね」
ぼくが声をかけると、天馬君はくちびるをへの字に曲げた。
「朝は寒くないかな。それに、かまくらを作るのって、時間がかかって大変そうだし……」
「美鈴ちゃんの協力が必要なんでしょ。それくらいがまんしなよ。名探偵はナゾを解くためだったらどんな手段もとるんじゃないの」
ぼくが言うと、天馬君はしぶしぶとうなずいたのだった。
雪の中の大ジャンプ
「何をしているんだい、陸君。おそいよ」
前を歩く天馬君がふり返ってぼくに声をかける。
「そんなこと言ったって、雪で歩きにくいんだから、しかたないじゃないか。それに、こんなものを持っているんだからさ」
ぼくはかたにかけている用務員室でかりてきた脚立を見る。
重いし、それにすねまでうまるくらい雪がつもっている校庭を進んでいるので、すごく大変だった。
冬なのに、体があつくなってあせがふきだしてくる。
「だいじょうぶ? 陸。こうたいしようか?」
となりを歩く美鈴ちゃんが、心配そうに声をかけてくる。
ちょっとだけお願いしてもいいかな。ぼくがそう言おうとしたとき、天馬君が「ダメだよ」と声をあげた。
「さっきも言ったでしょ。美鈴君にはこれから大切な仕事があるんだから、つかれないようにしてもらわないといけないんだ」
「ねえ、けっきょくわたしは何をすればいいの? そろそろ教えてよ」
雪の上を軽い足取りで進んでいく美鈴ちゃんのせなかを見ながら、ぼくはかたを落として進んでいく。
「やっと着いた……」
天馬君と美鈴ちゃんに追いついたぼくは、かたから脚立をおろして、雪の上に置く。
目の前にはミステリーサークルがある。上から見たときはそのもようがはっきりとわかったけど、ここまで近づくとすごく大きいせいで、全体がどんな形になっているのか、よくわからなかった。
「ふむ、なるほど」
天馬君は虫めがねを取りだすと、こしを曲げて雪がつもっている地面をながめながら、直径十メートルはあるミステリーサークルのまわりを歩いていく。
「何しているの? ミステリーサークルを調べるんじゃないの?」
ゆっくりと一周してもどってきた天馬君に、美鈴ちゃんが言う。
「いま、調べているところだよ」
天馬君はコートの内側に虫めがねをもどした。
「けど、ミステリーサークルじゃなくて、そのまわりばっかり見ているじゃない」
「まわりの雪の状態も、ミステリーサークルのナゾを推理するために、とても大切な情報だからだよ」
「ミステリーサークルのナゾ?」
美鈴ちゃんは首をかたむけた。
「そう、今回の事件で一番のナゾは、どうやって犯人は、足あとも残さずにミステリーサークルをかいたかだよ」
「そうだけど、ミステリーサークルのまわりを調べることでそのナゾが解けるの?」
「それで、ひとつのアイデアが正しいかどうか、わかるんだ」
「アイデアって何?」
美鈴ちゃんがあごに指を当てる。天馬君は顔の横でひとさし指を立てた。
「竹馬さ」
「竹馬ぁ?」
予想していなかった言葉に、ぼくの声が大きくなる。天馬君は「そうだよ」と大きくうなずいた。
「もしかしたら犯人は、ミステリーサークルをかいたあと、竹馬を使って雪の上を歩いていったのかもしれない。竹馬が地面に着く部分はすごく小さい。ふつうに歩いたときのような足あとは残さないで、ここからはなれることができる。それに、竹馬なら一輪車といっしょに倉庫に置かれているしね」
「すごい、天馬君。きっとそうだよ」
美鈴ちゃんがはしゃいだ声をあげる。けれど、天馬君はくやしそうに首を横にふった。
「いいや、ちがうよ。竹馬を使っても、小さなあとが雪に残るはずなんだ。教室から見てもわからないだろうけど、ここまで近づいて虫めがねを使ってじっくりと調べれば、きっと見つけられるはずだ。けれど、そんなあと、どこにもなかった」
「そっかー、絶対にいまのが正解だと思ったけど、ちがうのかぁ」
美鈴ちゃんは「なぁんだ」とかたをすくめた。
「ほかにも、何かアイデアはあるの?」
ぼくがしつもんすると、天馬君は「もちろんだよ」とわらった。
「そのために、わざわざ重い脚立を運んでもらったんだからさ」
「これ?」
ぼくはそばに置いている脚立を指さす。
「そうだよ。もう一度、それを持ってぼくについてきてくれるかな」
またこの重い脚立を持たないといけないのか。ぼくはため息をつくと、また脚立をかたにかついで天馬君のあとに続く。
天馬君はもう一度ミステリーサークルのまわりを歩いていくと、校舎から一番はなれた場所まで移動した。
「じゃあ、ここに脚立を立ててくれるかな」
「うん、いいけど……」
ぼくは言われたとおりに、雪の上に脚立を立てる。用務員さんが教室の蛍光灯を取りかえたりするときに使う、一番大きな脚立だけあって、一番上の段はぼくの頭よりも高い位置にあった。
「さて、美鈴君。キミの出番だよ」
「え、わたし?」
鼻歌をうたいながらぼくたちのうしろを歩いていた美鈴ちゃんは、自分の顔を指さした。
「そう、あの木を見てみて」
天馬君は校庭のはしに生えているさくらの木を指さす。ここからは十メートルぐらいはなれている。
「あのさくらのえだが近くまでのびてきている」
たしかに、子どものうでくらいの太さのえだが、ここから二メートルぐらいのところにまでのびてきていた。けど、高さが三メートルはあるので、とてもとどきそうにない。
「脚立の上から、あのえだまでジャンプできるかな?」
「え、あのえだに飛びうつるってこと?」
美鈴ちゃんは目をぱちくりさせる。
「そう。足あとを残さないでここから去るもうひとつのアイデアは、脚立を使ってあのえだに飛びのって、さくらの木のみきまで移動して、そこからそのまま学校の外に出ることだよ」
「おもしろそう。やってみる」
美鈴ちゃんは楽しそうに言うと、軽やかに脚立を登り、一番上の段に立った。
「陸、天馬君、ちゃんとおさえておいてよね」
脚立がゆれないようにつかんでいるぼくと天馬君を見下ろすと、美鈴ちゃんは、じっとえだを見つめる。
「けど、もし飛びうつれるとしても脚立が必要でしょ。それが残っていなかったってことは、この方法はちがうんじゃないの?」
脚立をつかんだままぼくは天馬君にしつもんする。
「脚立になわをつけていて、えだに登ったあと引きあげるとか、いろいろと方法があるはずだよ。まあ、ほとんどあとを残さないでそれをするのは大変だけど、不可能じゃない。だから、まずはあのえだに飛びうつることができるのかどうか、ためしてみる必要があるんだ」
ぼくたちが話しているうちに、美鈴ちゃんは深呼吸をくり返すと、両手を大きく前後にふり始めた。
飛ぶ気だ。ぼくは脚立をつかむ手に力をこめる。
「いっくよー!」
大きな声を出して気合を入れると、美鈴ちゃんはえだに向かってネコのようにしなやかにジャンプした。
まるで重力がなくなったみたいに、軽やかに美鈴ちゃんの体は空中を飛んでいく。思わず、ぼくと天馬君は「おおっ!」と声をあげた。
えだに向かって美鈴ちゃんは思いきり手をのばす。その指先がえだにかかった。
体そう選手が鉄ぼうでするように、美鈴ちゃんの体がえだを中心にぐるんと大きく一回転する。
「すごいすごい。さすが美鈴ちゃ……」
感動してぼくが大声でそこまで言ったところで……えだが折れた。
美鈴ちゃんがつかんでいたさくらのえだが、かなり根元近くからベキッと音を立てて折れてしまった。
「ふわぁああ!?」
変な声をあげながら、美鈴ちゃんの体が頭から落下していく。
「あぶない!」
ぼくがさけぶと同時に、美鈴ちゃんはネコのように空中でくるりと体をひねって、足から着地をする。
けれど、さすがの美鈴ちゃんでも雪がつもった地面に着地するのはむずかしかったのか、ツルッと足をすべらせてうしろにいきおいよくたおれてしまった。
「美鈴ちゃん、だいじょうぶ?」
ぼくはあわてて雪をふみしめながら美鈴ちゃんにかけよる。
「びっくりしたー」
雪の上に大の字にねころがりながら、美鈴ちゃんは目を白黒させた。
シャクシャクと、雪をふみしめる音が聞こえてくる。ふり返ると、天馬君がゆっくりと近づいてきていた。
「いやあ、やっぱり無理だったね」
「やっぱりって何よ」
むくれた美鈴ちゃんは、たおれたまま両足を大きくあげると、それをふり下ろすいきおいを利用してぴょんと立ちあがる。
まいあげられたこな雪が、夕日にきらきらと赤くかがやいた。
たしかネックスプリングとかいうわざだ。
「わたしが失敗するのをわかっていてやらせたってこと? もしケガとかしたらどうするのよ?」
こわい顔をしながら、美鈴ちゃんは天馬君につめよる。天馬君はちょっとだけおびえたような表情になると、「まあ、落ち着いて」と美鈴ちゃんをなだめた。
「美鈴君は運動神経がものすごくいいから、ケガなんて絶対にしないとわかっていたんだよ」
天馬君がいいわけをする。「運動神経がものすごくいい」とほめられた美鈴ちゃんは、すぐに満足そうににこにこしだす。
「うん、たしかにわたしは運動神経がいいからケガなんかしないよ。けどさ、できないとわかっていてやらせるのはひどくない?」
「わかっていたわけじゃないさ。たぶん不可能だとは思ったけど、美鈴君ならもしかしたらできるかもと思って実験をしたんだよ」
「実験?」
美鈴ちゃんは小首をかしげる。
「そう、この学校で一番身軽な美鈴君でもできなかったということは、だれもあのえだに飛びうつることはできなかったということだ。だから、ミステリーサークルをかいたあと、えだに飛びうつることで、足あとを残すことなく去っていったという仮説も消えた」
天馬君の説明を聞いて、ぼくは少しはなれたところにあるミステリーサークルを見る。
「ということは、竹馬もジャンプもちがったってことだよね。けっきょく、このミステリーサークルは、だれがどうやって作ったの?」
「それはまだわからないよ。いまはいろいろな仮説を一つひとつ検証していっている段階だからね」
「あ、それじゃあ、こうやったっていうのはどうかな?」
服についた雪をはらっていた美鈴ちゃんが、いきおいよく手をあげた。
「ミステリーサークルをかいたあと、気球とか、雪にあとがつかない乗り物でにげたとか」
「そんなわけないじゃないか」
天馬君は大きくため息をつく。
「この学校のまわりにはいっぱい家がある。いくら夜中でも、気球なんて目立つものがういていれば、だれかに気づかれるよ。ふつうに使われている乗り物で、気づかれず、雪にあとも残さないで人を運ぶことはできないさ」
「それじゃあ、うちゅう船だって無理じゃない」
美鈴ちゃんがほっぺをふくらませる。
「うちゅう船なら人間に見えないようにとうめいになることができるかもしれない。少なくとも、いまの時点でその可能性を完全に否定することはできない」
天馬君は楽しそうにミステリーサークルを指さす。
「じゃあ、やっぱりうちゅう船がミステリーサークルを作ったってこと?」
ぼくがこんらんすると、天馬君はかたをすくめた。
「だから、いまそれが真実なのかどうかの情報を集めているところじゃないか。もし、人間にはどうやってもあのミステリーサークルをかいたあと、足あとを残さないで校庭から立ち去る方法がないとわかったら、そのときはうちゅう船が犯人ってことさ」
「推理ってむずかしいんだね」
美鈴ちゃんが言うと、天馬君はにやりとわらった。
「そう推理はむずかしくて、そしてとっても楽しいものなんだ」
天馬君はミステリーサークルの近くへもどっていくと、コートの内側からまた虫めがねを取りだした。
「何かわかった?」
虫めがねで地面を調べている天馬君に美鈴ちゃんが声をかける。
「ここを見てごらんよ」
天馬君はミステリーサークルの外側の円にあたる部分の地面を指さした。
天馬君のかたごしに、ぼくと美鈴ちゃんは地面を見つめる。
「ここは地面が見えているけれど、よく見ると完全に雪がないわけじゃない。うっすらだけど、雪がつもっている」
たしかに天馬君が言うとおり、目をこらしてよく見ると、本当に少しだけだけど茶色い地面のうえにうすく雪がつもっていた。
「遠くから見たときはスコップとかを使って、完全に雪をかき出したんだと思っていた。けど、こうやってよく見ると、かき出したというよりも、つもった雪をとかすことでミステリーサークルをかいたみたいだね」
天馬君は虫めがねをコートの内側にもどすと、口もとに手を当てた。
「とかしたってことは、火を使ったのかな。ガスバーナーとか?」
ぼくは、パティシエさんがクレームブリュレを仕上げるときに、こげ目を作るために使う、ほのおをふき出す道具を思いだす。
「いや、火でとかしたりしたら、まわりの雪ももっととけてしまうはずだ。いったいどうやって……」
天馬君がうでを組んだとき、美鈴ちゃんが「あっ!」と大きな声を出した。
「どうしたの、美鈴ちゃん?」
ぼくがたずねると、美鈴ちゃんは「あれを見て」とミステリーサークルの地面が見えている部分を指さす。よく見ると、そこには小さな銀色のものが落ちていた。
「なんだ、これ?」
ぼくはそれを拾う。それは小さなカギだった。
「なんだろ、これ?」
ぼくは自分の親指くらいの大きさのカギを、顔の前にかかげる。
「たぶん、自転車のだよ。ママの自転車のカギがそんな感じだからさ」
美鈴ちゃんが言った。
「なんで、こんなところにカギなんて落ちているんだろ? ミステリーサークルと関係あるのかな?」
ぼくがつぶやくと、美鈴ちゃんはかたをすくめる。
「あるわけないじゃん。このミステリーサークルを自転車でかいたっていうの? だれかがぐうぜん、ここに落としただけだよ」
「そうだよね……」
ぼくと美鈴ちゃんが話をしているあいだも、天馬君はうでを組んで、むずかしい顔をしていた。
「で、天馬君、どうやって犯人が雪をとかしてミステリーサークルをかいたのかわかった?」
カギにきょうみをなくした美鈴ちゃんがしつもんをする。天馬君はくやしそうに首を横にふった。
「ぜんぜんわからないよ。本当にどうやったらこんなことができるんだ。本当にうちゅう船が着陸したのかな……」
「うちゅう船じゃなければまほうかもね」
じょうだんめかして美鈴ちゃんが言う。
「まほう?」
天馬君はまゆをひそめた。
「そう、ほらおとぎ話でまほう使いがまほうのこなをさらさらーってまいたら、きれいな絵が出てきたりするじゃない」
「まほうのこな……」
天馬君は口を半開きにしてつぶやくと、暗くなり始めた空を見あげる。
「まほうのこな……、雪をとかすまほうのこな……」
とつぜん、天馬君はしゃがみこんで地面が見えている部分に少しだけつもっている雪をつまむと、まようことなくそれを口に入れた。
「ちょっと、きたないよ」
「そんなの食べたら、おなかこわすよ」
美鈴ちゃんとぼくがあわてて言うけれど、天馬君はぼくたちの声が聞こえていないかのように、大きく目を見開いて声をあげた。
「まほうのこなだ!」
びっくりしたぼくと美鈴ちゃんの体がびくっとふるえる。
「どうしたの、天馬君?」
美鈴ちゃんがおずおずと天馬君に話しかけた。
「キミの言うとおりだったんだよ、美鈴君。犯人はまほうのこなを使ってこのミステリーサークルをかいたんだ」
「え? まほうのこなって……。じゃあ、犯人はうちゅう人じゃなくて、まほう使いなの?」
美鈴ちゃんはまばたきをする。
天馬君は「ちょっと待って」と言うと、ぶつぶつと小さくひとりごとを言い始める。
「まほうのこなを使ったということは、犯人はあそこに行っているということだね……。けど、どうしてそんなことをしてまで、ミステリーサークルを作らないといけなかったんだ……。そこまでするには、何か大きな理由が必要なはずだ……」
自分の世界に入りこんでいる天馬君をながめていると、「あなたたちー」と遠くから声が聞こえてきた。ふりかえると、真理子先生が手をふりながら近づいてきた。
「そろそろ暗くなってきたから、終わりにしなさい」
「真理子先生!」
うつむいていた天馬君がいきおいよく顔をあげる。
「な、何? どうしたの」
「ちょっと聞きたいことがあります。空良君のおじいちゃんがうちゅう船を作る仕事をしていたって本当ですか?」
真理子先生の表情がかたくなる。
「なんで知っているの?」
「さっき、空良君と話をしたとき、教えてもらったからです」
天馬君が答えると、真理子先生は大きくため息をついた。
「ええ、たしかに種田君のおじいさんは、うちゅう船、というかロケットを作る会社の研究者だったんだって。種田君のおじいさんたちが作ったロケットを使って、人工衛星をうちゅうに打ちあげたりしているの」
「空良君はおじいちゃんとなかがよかったんですか?」
「ええ、すごくなかがよくて、かわいがってもらっていたって」
「わかりました。それじゃあ、最後のしつもんです」
天馬君は一度言葉をきったあと、ゆっくりと言った。
「空良君のおじいちゃんは最近、死んじゃったんじゃないですか?」
ぼくと美鈴ちゃんが「え!?」と、おどろきの声をあげる。真理子先生はかなしそうな顔になった。
「種田君からそこまで聞いたの?」
「直接聞いたわけじゃありません。ただ、空良君は『うちゅう船からぼくを見ていてくれる』って言ったから気づいたんです。きっと、病気になったおじいちゃんは空良君に、『死んでも空の上から見守っているからね』と伝えていたんだってね」
天馬君の説明を聞いて、真理子先生は「さすがは天馬君ね」と、こうさんするように両手をあげた。
「真理子先生、ちょっとお願いがあるんですけど」
真理子先生に近づいた天馬君は、ぼくたちには聞こえないくらい小さい声で何かささやいた。真理子先生のまゆげのあいだにしわがよる。
「なんでそんなことをする必要があるの?」
「この事件を解決するためです」
「解決? わたしがいま言われたことをすれば、ミステリーサークルのナゾが解けるってこと?」
「いいえ、ナゾはもう解けています」
自信満々にうなずく天馬君に、ぼくと美鈴ちゃんはまた「え!?」とおどろく。真理子先生も、目をぱちくりさせていた。
「なんで? さっきまでぜんぜんわからないって言っていたじゃない」
美鈴ちゃんが言うと、天馬君はとくいげにひとさし指を左右にふった。
「さっきまでは推理をするために必要な情報が集まっていなかったからね。けれどもうナゾを解くための手がかりは、すべて手に入った。さて、それじゃあ、いつものといこう」
天馬君は軽くせきばらいをすると、むねをはって宣言した。
試し読みはここまでになります。続きは本をご購入のうえ、お楽しみください。