ライツ社
初めて、母親にプレゼントできる本をつくることができました
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初めて、母親にプレゼントできる本をつくることができました

ライツ社

2021年の9月にライツ社から出版された『認知症世界の歩き方』が、「読者が選ぶビジネス書グランプリ2022」のリベラルアーツ部門にノミネートされました。

この賞は、一般読者の投票で決まるものです。この時代にこの本が「ビジネスマンの教養」として取り上げられること自体が、価値あることだと思っています。『認知症世界の歩き方』にかけた思いと勇気を下記に記しますので、共感いただける方は応援いただけると幸いです。よろしくお願いいたします。

とにかく認知症のある方ご本人の声を、認知症のある方ご本人に届けたかった

去年の9月に出版した『認知症世界の歩き方』という本が、売れに売れています。出版から3ヶ月で9万部を突破、10万部の背中も見えてきています。つくりはじめたのは2019年。著者の筧裕介さんが「カイケイの壁」というたった1つの記事をあげたところからお声がけして、まさかこんなことになるとは思ってもみませんでした。

2年にわたる制作過程のなかで、著者とぼくが何度も口にしたのは、とにかく「本人の目線で」というフレーズと「本人が読めるように」というフレーズでした。

結果として生まれたのは「旅行記」というアイデアでした。認知症というネガティブなイメージがつきまとう情報に興味をもらってもらうために、「本人の声」を「旅人の声」としてまるで旅行記を読んでいるかのように少し楽 しみながら読める、というアイデア。

それにくわえて、できるだけ本文の文字を大きく(wordの基本、10.5ポイントより大きい!)、認知症のある方でも認識しやすい配色、イラストの簡潔さ、高齢の方でも読みやすいように製本もこだわり、アドニスラフという特別に軽い紙を採用しました。

とにかく隅から隅まで、認知症のある方ご本人の声を認知症のある方ご本人に届けられる本を目指して考え抜きました。

本のなかから、あえて排除したもの

考えたのはアイデアやデザイン、仕様だけではありません。肝心の文章からかぎりなく排除したものが2つあります。1つは、「あなたの親が」や「おじいさんおばあさんが」といった主語。もう1つは、「明らかに認知症の症状ではなく単なるコミュニケーションの問題」についてです。

この本の主語は、基本的には「あなた」「わたしたち」となっています。

そこには、認知症のある方ご本人に読んでもらいたいという気持ちがまずあります。そして、認知症が「認知機能が働きにくくなったために、生活上の問題が生じ、暮らしづらくなっている状態」のことならば、認知症のある方といわゆる健常者との間に明確な境界などなく、だれにでも当てはまることだという気持ちがそこにはありました。

そして、「単なるコミュニケーションの問題」について扱わなかったというのは、たとえばこんな例です。

認知症のある妻が夫のために、朝ごはんに味噌汁をつくった。しかし認知症によって五感の認知機能が働きにくくなり、匂いや味を感じず、味噌汁を美味しくつくれなかった。夫は「なんだこの味噌汁は!」と文句を言った。妻は「だったらあんたがつくればいいじゃない!」と怒った。このような例が、多くの本では、認知症の症状の1つとして「認知症になると怒りやすくなったりイライラしやすくなる」というふうに紹介されています。でも、ほんとうにそうでしょうか? ここでいう認知症の症状は「味覚や嗅覚が働きにくい」のはずです。せっかくつくった味噌汁に文句を言われたら、認知症であろうとなかろうとだれだってイライラするはずです。なので、今回の本ではこういった例は取り上げませんでした。

この2つの点で、通常の本や記事とはまったく異なる書き方を目指したために原稿は難航を極めましたが、このいまの売れ方はその姿勢が伝わった結果なのかなと思っています。

そして出版後、この本を出せてほんとうによかったと思える出来事が2つも起きました。

新聞広告を出したら、本人に届いた

新聞広告を打つには何十万円もかかるのですが、この本は高齢の方にこそ届けたくてつくったものです。だからその日、思いきって読売新聞の朝刊に広告を出しました。するとその夜、「本の注文をしたいんですけど…」とおばあちゃんから電話がかかってきたのです。

通常、出版社が書籍を直接販売することはないため、「お近くに書店はありますか? 在庫はなくても書籍名を伝えてもらえたら取り寄せてもらえます」と説明すると、「あるにはあるんですけど、駅まで20分歩いて3駅くらいのところで」と困った様子でした。「足元が悪いんですか?」と尋ねると、「ええ……認知症になりかけで。だからこの本を読みたいと思って」と。

すぐに社内にあった在庫を送ることを伝えて受話器を置きました。 発送後、連絡すると「楽しみにしています」と言っていただけました。たぶん、おばあちゃんは普段SNSも見ないだろうし、ネット書店で本も買わないだろうし、そんな読者にちゃんと届いたことがとてもうれしかったのです。

勇気を出して渡したら、母が本を読んでくれた

2つ目です。

この本の制作に入る少し前に祖父母が立て続けに亡くなりました。晩年、2人を介護し続けていた母はみるみるうちに心を弱らせ、膝も痛めて足を引きずるようになりました。

そんな母を見ても、どう関わっていいかわからなかったぼくと兄たちは、それぞれに大きな後悔を抱えてたと思います。そんな自分にチャンスをくれるかのように、この本ができました。

でも、出来上がったあともすぐには渡す気にはなれませんでした。母が介護の頃のことをどう思っているのかわからなかったからです。あまりその時期のことについて話すことはなかったし、触れられたくもない思い出かもしれなかったから。

発売して数ヶ月後、ちょうど相続に関する話をすることになったので、この本をついでに持っていきました。そして、本をパラパラ見るなり母は言ったのです。「字大きいなあ〜!読みやすいわぁ〜」と。

それから、滝のように母の口から思い出があふれ出てきたのです。

「おばあちゃんもお風呂嫌がってたわ」「あの認知症のテストが大変でなあ」「お父さんもそろそろちゃうか」「わたしの味噌汁の味はふつうやからまだ大丈夫やな」そばで父も笑っていました。

ぼくにとってこの本は、初めて母親にプレゼントしたいと思った本でした。でも勇気が出なかった。でも渡せば、ちゃんと読んでくれたし、自分たちの老後をどう考えているのかみたいな話だってすることができた。初めて、孫の顔を見せる以外の親孝行ができたのかな、と思ったのです。

母は年末に70歳、「古希」を迎えることができました。お正月には子ども夫婦と孫8名が集まり、お祝いすることができました。

そして、この本が1人でも多くの人の親孝行のきっかけに、自分や家族の未来を考えるきっかけになればいいなと思いました。

<さいごに>

「読者が選ぶビジネス書グランプリ2022」『認知症世界の歩き方』がリベラルアーツ部門としてノミネートされました。
この賞は、一般読者の投票で決まるものです。この時代にこの本が「ビジネスマンの教養」として取り上げられること自体が、価値あることだと思っています。この本にかけた思いと勇気が上記です。共感いただける方は応援いただけると幸いです。よろしくお願いいたします。


【1】 投票は1部門につき1人3票まで
【2】 ひとつの書籍に、複数票入れることはできません
【3】 投票した書籍の中から、最後に総合グランプリ候補を1冊選択してください

投票はこちらから。メールアドレスがあれば誰でも投票可能です。

■「読者が選ぶビジネス書グランプリ」とは

「読者が選ぶビジネス書グランプリ」は、その年に発売されたビジネス書のなかから読者(=ビジネスパーソン)が投票し、「読むべき本」を選出するコンテストです。ビジネスパーソンの読書習慣を育てて出版業界を盛り上げたいという思いから創設されました。
昨年の「読者が選ぶビジネス書グランプリ2021」では、出版社59社からの応募に加え、フライヤーとグロービス経営大学院らが推薦した書籍を合わせた119冊がエントリーしました。その中から、『シン・ニホン AI×データ時代における日本の再生と人材育成』(安宅和人著、ニューズピックス出版)が総合グランプリに輝き、その他受賞作品とともに全国約1,000店の書店にてフェアが開催されました。

■投票期間
投票は2021年12月13日(月)から2022年1月10日(月)まで受け付けております。

■結果発表
投票結果を集計し、2022年2月15日(火)に発表授賞式を行います。
関係者様にご参加いただき、オンライン配信にて結果を発表いたします。
受賞書籍は全国の書店でフェアが展開されます。

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出版業界を新しくしたい。もっと良くしたい。読者と、書店と、友達のような出版社でありたい。「本ができること」を増やしたい。いただいたサポートは、そのためにできることに活用させていただきます。

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2016年創業。海とタコと本のまち「兵庫県明石市」の出版社です。writes.right.light「書く力で、まっすぐに、照らす」を合言葉に、ジャンルにとらわれず本をつくっています。 https://wrl.co.jp