奈良のコンビニに書店の棚がやってきたら、意外な出会いが生まれた話
「書店のいい感じにセレクトされた棚が近くのコンビニにあったら便利なのにな……」。そんな希望を満たすお店が奈良にありました。
月替わりの選書や地元のお客さんおすすめの本が並んだ本棚。こんなコンビニの本棚見たことない。
奈良のコンビニオーナー楢原さんがはじめたのは、「店内の本棚のセレクトを地元の書店と協力して選書する」というもの。コンビニはいまや地域に密着した商店。街の書店が減り、空白地帯が増えていくなか、街の本屋さんとの新しい関係っておもしろい!
ということでお話しを聞いてみました。
自前で買った本棚を放り込む
―さっそくですが、この取り組みを始めたきっかけはなんだったんですか?
楢原:取り組みを始める以前なんですが、わたし自身「最近楽しめていないな」という、スランプを初めて感じたのがきっかけだったんです。つねにどんな仕事でも自分なりにポジティブに関わってきたので、「仕事が楽しくない」と思うことって今までなかったんですよ。なにか新しいことをやってみようと考えているところに、ビックリするぐらい本のことを好きな女性スタッフがいたんです。
―そのスタッフとの出会いから始まった?
楢原:「いたんです」というように、すでに退職してしまいまして(笑)。最初はその女性スタッフと一緒に、雑誌を置く3本の什器(じゅうき)のうち1本を撤去し、そこに自前で買った本棚を放り込むことになりました。
―放り込んだんですか(笑)
楢原:「本を置くんなら本棚がいるやん」となり、まず先に本棚を買いました。自分で逃げ場をなくしていくかのように、どんどん進めていったんです。
―並びが、おもしろいことになってますね。
楢原:わたしたちも最初は、お客様に立ち止まって見てもらえるように、もっと背の低い本棚で、数冊置けたらいいか、というぐらいのイメージだったんです。ただ、その本好きのスタッフからしてみたら「それではおもしろくない」ということで、こんな感じになりました。
本の利益はとっていません
―この取り組みを始めるうえで、売上とか心配な部分はなかったんですか?
楢原:もともとコンビニとしてはちょっと変わっていて。3年前から時短営業をしていたんですが、このままだと売上が完全に減ってしまうからと、地元の野菜も販売していたんです。
楢原:その取り組みで売上も順調に伸びてはきたんですが、その中で停滞もあり、スランプがきて、新しい取り組みとして本棚を始めたんです。
―そういう流れだったんですね。
楢原:実はこの野菜販売、店としては利益をとっていないんですよ。
―えっ!
楢原:農家さんから100円で買い取った大根を100円で売ると。
ーほんとにゼロですね。地元野菜だから、農家さんに還元するみたいな。
楢原:実は本の販売も同じような考えで、利益をとっていないんです。
―そうなんだ。
楢原:野菜は買い取って、売れ残った分に関してはこちらが負担するというスタイルですが、本に関しては「とほん」さんの委託販売というかたちをとらせてもらっています。
―野菜は買い切り、本は委託と。
楢原:売れた分に対して、その売上を「とほん」さんに渡しています。取り分をどうしましょうという話は、もちろんありました。ただ、野菜でもそうなんですけど、やはり最初は売れないんです。そもそもコンビニに地元の野菜を売っているイメージがないので、それを目的に来る方もなかなかいない。でもいまでは1日で野菜が100点ほど売れるんですよ。なのでどれだけいい本にしても、最初は売れないと予測していました。
―そこは経験済みだったわけですね。
楢原:「とほん」さんにせっかく本を持って来てもらっているのに、ほとんど売上が出ず負担を掛けてしまうので「当面は100対0でいきましょう」となりました。
―マイナスではないんですか?
楢原:将来的にある程度の冊数が売れるようになってきたら、そのときに見直そうかと。そもそもうちはコンビニなんだから、コンビニの商品をしっかり販売できれば利益は出るはず。なので、言葉は悪いですけど「客寄せ」として考えています。野菜の買い取りで出たロスに関しては、宣伝広告費だなと。今回の本に関して言えば、店にとってロスはゼロなので、こんなありがたい宣伝効果はないんですよね。
―なるほど。そういう考えなんですね。
アポなしで書店に突撃
―「とほん」さんとは元々お知り合いだったんですか?
楢原:ぜんぜん。まったく面識なしです。まずはセブン‐イレブンの方に「こちらが出したリストに合わせて納品してくれるのか」という話をしたところ、そういうことは一切できないと返事がありました。 「小説を扱いたい」という希望に対して納品はできるけれど、タイミングや内容はすべて向こうが決めるので、思っているのと違うなと。
―そうですね。
楢原:ということは、イチから自分たちで本を仕入れて販売する「いまから本屋をはじめます」ということと同じだなと思ったのでネットで調べたんです。
―ほんとうですね。
楢原:で、調べてみたら、昔は敷居が高かったけど、いまはいろいろな方法で仕入れが可能なことがわかって。町の本屋が二次卸をしているところもあるらしい、というのもわかりました。東京の書店の情報もあったんですが、送料だけでもずいぶんかかるので、近くで探してみたんです。うちのお店が天理市で、「とほん」さんはお隣の大和郡山市。少し距離はありますが、「ここ、やってくれそうな感じだな」と当たりをつけました。
―たしかに、やってくれそう感ありますね(笑)
楢原:ちょっと遠いけど、一度「とほん」さんに聞いてみようと、アポなしで店に行って、店主の砂川さんにいきなりこの話を切り出して。というかもう本棚も買って設置してあるし。
―すごい。おもしろい(笑)
楢原:話をしたら「すごくおもしろそうですね」と返事をもらえ、毎月テーマを変えて、本を入れ替えることになりました。その中でうちからも提案するし、「とほん」さんからも提案してもらえればと。
―楢原さんから「こういうラインナップがいい」というお話はしたんですか?
楢原:こちらは本に関しては素人なので、「とほん」さんにおまかせしました。最初は注文したものだけを送ってくれると思っていたんですが、「とほん」さんは「こちらからも選びますよ」と想像以上に積極的に関わってくれたんです。
―それは、すごくうれしいですね!
楢原:ええ。だからぜんぜん想像していなかった本が並ぶんです。で、それがまた売れるんですよ。やっぱり「本職ってすごいな」と。
不意に横を通り過ぎたときに「ん?」
―お客さんの反応はどんな感じでした?
楢原:あえて本棚の色も黒色にしたので、けっこう異彩を放っているかと。店内の什器って白が基調なので、すごく違和感があるんです。セブン-イレブンの担当者が最初に触れたのもそこでした。「色がちょっと……」って。
―合ってない(笑)
楢原:こちらとしては「お客様に知的な刺激、知的好奇心を与えるような、異空間を作りたい」というコンセプトだったので。
―なるほど。
楢原:なので、あえて違和感を出すように黒の本棚にしたんです。お客様も横を通り過ぎたときに「ん?」と一瞬、立ち止まったりしてました。食らいつくように本を見続ける方だったり、レジまで来て「あの本棚って……」と話しかけてくれる方もいました。
―おおー。
楢原:「とほん」さんや、本好きのスタッフとも言っていたのは「コンビニでこれをする意味」というところなんです。
―と、いうと?
楢原:あまり本に関心がない人にも触れてもらえる機会ができるということです。本を買いたい人は本屋さんに行くわけで、コンビニに本を期待して行く人はいない。だからこそ不意に出会うきっかけがあって、確率は低いかもしれないけれど、その中で手を伸ばして、本に出会ってくれる人が出てくる可能性もある。
―不意に出会うきっかけっていいですね。
楢原:店としてはそもそも売上に期待していないので、正直売れなくてもよかったわけです。ただ売れないと困るのが、「とほん」さんに続けてもらえないということ。売上がないことには関わっている人のところにお金が回らないので、プレッシャーはありました。
―たしかに。
楢原:いまは徐々にですが、売れる数も増えてきて。というか、本の動き方が変わってきたので、手応えを感じはじめているところです。
本の動き方が変わってきた
―「動き方が変わった」というのは?
楢原:最初は1人の人がまとめて買ってくれたりしたんですが、それがちょっとずつ知らない間に1冊1冊売れてきているなと。
―定着してきた。
楢原:実は、この1月の選書のタイミングから、店の外の人にも参加してもらっているんです。よく来てくれるお客さんに「本とか好きですか?」と声をかけたところ、「実はめちゃくちゃ本が好きなんです」と。その方が、自分でも移動図書をやってみたいというぐらい本好きな方だったんです。
―すごい、ヒットした。
楢原:「本を選ぶのに参加しませんか?」と誘ったところ「ぜひ!」と。ほかに小学校5年生の女の子とそのお母さんも参加してくれました。
―いいですね。
楢原:「家族」をテーマに本を選んでもらい並べてみると、その方の知り合いの方たちもわざわざ来て、見ていってくれるんですよね。
本棚を設置していなかったら、そういう機会はなかったわけで
―そうなんですね。でも、そうやって巻き込んでいくのってすごく楽しそうですね。
楢原:本棚を設置していなかったら、そういう機会はなかったわけで……。こういうところから地域とのつながりが持てるのかと、すごくおもしろかったですね。
―普通、コンビニの人から声をかけられることってないですよね。
楢原:そうなんですよね。突然声をかけられて、しかもそんな「本、選びませんか?」なんて言われるなんて、なかなかない世界だと思うんですけど。
―ほかになにかよかったことはありましたか?
楢原:今度は声をかけた方が活動されている団体とコラボすることになりまして。高齢者が集える場所を提供するために、店の近くでキッチンカーを絡めたイベントをする予定なんです。ふだんお店に来ないお客様にも、取り組みをアピールできる場にもなりますよね。
―新たな展開ですね。今、楢原さん自身は楽しいですか?
楢原:楽しいですよ! あの致命的なスランプは完全に脱しましたね。
実務的にはどういう関係?
―楢原さんによれば、いきなり「とほん」さんに行って話をしてみたと。
砂川:そうですね。いきなり店に来て話されたので、びっくりはしましたけど。
―砂川さんが実際に本を並べに行っているんですか?
砂川:月に1回、納品に行って並べてという感じですね。月ごとにテーマを決めて、お客様の反応を見ながら徐々に進めています。
コンビニって、すごく地域密着な店
―「とほん」さん的にはこれに取り組むのは、どんな感覚ですか?
砂川:第一におもしろそうだと。儲かるかはわからないけれど、やってみたいという気持ちがありましたよね。やはりコンビニに来るお客様向けに本を売るのは、今までにないおもしろさがありました。
―やはり客層って違いますか?
砂川:ぼくはもともと大阪のロードサイドの本屋に勤めていて、そこに来るお客様に向けて品揃えをする仕事をしてきました。「とほん」もぼくの趣味ではなく、「とほん」に来るお客様はどんな本が好みか考えて本を選んでいます。ここでは、コンビニという本屋ではない場所に来る客層なので本を見る意識がいままでとはかなり違うのかなと思っています。
―自分のお店とで、具体的にどういった選書の違いが?
砂川: 1つはうちのお店がやっているという打ち出し方をしているので、「とほん」を好きな人がセブン-イレブンさんに買いに行くパターン。そうなると当然うちの品揃えと似てくるので、「とほん」の出張コーナーというイメージの選書になります。次に、セブン-イレブンさんに毎日来ているような人たちが買いたくなる本の選書ですね。そのバランスをどうとるかが、試行錯誤している状態です。
―なるほど。普段セブン-イレブンに行っている人に向けた本って、たとえば人気の小説みたいな感じですか?
砂川:そうですね、そこがうまくつかめると本が売れるんでしょうね。普段あまり本屋に行かない人が「なんだかおもしろそうだな」と思ってもらえる本、「聞いたことあるけれど、ここにあったんや」と手に取ってもらえそうな本のイメージ。テレビ番組で話題の本、メディア化の注目作品など、「とほん」だと、あまり置いていないラインアップですね。
―違う客層の本が1つの本棚に入っていると、おもしろいですね。
砂川:ちょっと悩みつつではあるんですけど(笑)。 ぼく的には、もっと楢原さんが地元の人といっしょに選んだ本があるほうがいいなと。コンビニって、すごく地域密着な店だと思っているので、「とほん」カラーを提案するよりも、町のカラーがでている棚のほうがいいかなと。最近並べた本のラインアップでも、ビジネス系の自己啓発書やスポーツ選手の評伝が売れていて、「とほん」とはまた違った本の世界が広がり興味深いです。
―反対に、このコンビニで「とほん」さんのことを知って、店に来てくれる人がいたらいいですよね。
砂川:気に入ってすぐ大和郡山に来てくれたら最高ですが、とほんに来るお客様も「何年か前に新聞で見た」「昔から行きたかった」など、長いスパンで来てくれる方が多いので、大和郡山にたまたま来る用事ができたときに「そういえば、天理のセブンイレブンで」と思いだして来てもらえるのも嬉しいですね。とほんを覚えてもらうためにショップカードも置いてます。
―書店が減っていく中、こうした新しい関係が増えたらいいなと思うんですが、書店側から見て異業種とのコラボってありなんでしょうか?
砂川:本屋の数も減ってきて、本屋に行く習慣のない人もいるので、本屋でなくても行った先で本で買えるというのはいいことだと思っています。
ー習慣って大切ですね。
砂川:そういう意味でも、ちょっと長い目で無理なくしようというのは、楢原さんとお互いに言ってますね。
コンビニ発の本に出会う機会、もっとみんなに広まってほしい。お近くの方は「セブン-イレブン天理成願寺町店」や「とほん」にぜひ足を運んでみてください。「こんな本があったら買うよ!」という声も集めているので、興味のある方は連絡してみてくださいね。
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