すこぶる好調な英治出版がカヤックに買収されたほんとうの理由
2月、面白法人カヤックが英治出版を子会社化することが発表されました。
IT企業による出版社買収のニュースに「出版不況だしな」と思った方もいるのでは。しかし、聞けば英治出版の業績はすこぶる好調とのこと。それもそのはずで、『イシューからはじめよ』『ティール組織』『解像度を上げる』などベストセラーは数知れず。では、今回の買収の意味って?
わたしたちはこのニュースをポジティブにとらえ、英治出版に取材を申し込みました。見えてきたのは、出版社が忘れていた自分たちの価値でした。
第1の目的は、つぎの経営をしやすくすること
ー:
発表から数ヶ月経ったんですが、いまはどんな感じで働かれていますか?
原田さん:
まず、ぼくの場合2018年、海士町に1年半の島留学をするくらいから、高野くんがCOO(最高執行責任者)的にやってきてくれていたので、これによって変化があるというのはないかな。
ー:
そうなんですね。
高野さん:
社内的にも、半年ほど検討プロセスがある中でいろいろと話し合ってきたので、急に大きく雰囲気が変わるということはありませんでしたね。
ー:
英治出版としてそのまま残っている感じなんですかね。
高野さん:
そうですね、はい。
原田さん:
基本的には、会計が連結されることを除けば、カヤック側としても、英治出版だから買収したということであり、英治出版らしさをそのまま残すことが大前提。
そこになにかシナジーをもたらすものとして、いまはカヤック側から2人の取締役が参加していて、いろんな壁打ちがあるとか、経営会議にも参加するようになったので、刺激にはなりますよね。
ー:
今回の英治出版さん側のメリットっていうのは、どんな部分なんでしょうか。
原田さん:
まずは、事業承継していかなきゃいけないというなかでこうなってきたので。株主は大事ですからね。
ー:
といいますと。
原田さん:
英治出版は原田家が100%株を保有している会社ではなくて、個人の株主が多いんです。元々はぼくとの関係性から集まった株主なので、自分よりも先輩もいたり。
なので、その子どもたちが相続すると、株主も増えていくし、株式の希薄化が起こってしまう。そうなると、それ以降の時代に経営していくのは簡単ではないと思うんですね。
ー:
株主と会社が離れていくことが予測できていたと。
原田さん:
あとは、既存の株主や応援してくれた株主もそうですが、イグジット(出口戦略)がないと、ぼく自身も会社を辞めれないですよね。
ー:
そうですね。
原田さん:
事業承継で株式を整理した上で、つぎの経営をしやすくすることは重要で、つぎの経営にとってメリットのあるパートナーは誰かと考えたときに、今回のカヤックというのは非常にいい選択肢ではないかと思ったんです。
単に「出版社のコンテンツをゲームにしよう」と考えているわけじゃない
ー:
気になったのは、カヤックさんとつくり出すこれからの「新しい読書体験」という言葉。本以外で出版社のコンテンツを収益化しようとすると、だいたい「映像化」「グッズ化」「セミナー」とかになると思いますが、今回はそれ以外にもあるのかなと思っています。
高野さん:
そうですね。考えやすいのはカヤックが関わっているゲーム関連ですが、具体的な話し合いはまだ行われていません。
ー:
でも、カヤックさんはその前提で話し合いを進めているのでは?
高野さん:
いや、そんなわけではありません。基本的には英治出版の出版事業に価値を感じて買収し、プラスアルファでなにか一緒にできることがあればいいということで、書籍のゲーム化に限らず、さまざまな可能性があると思います。
ー:
そうなんですね。
原田さん:
カヤックが大切にしているのは、「なにをするかよりも誰とするか」ということです。そして、ぼくが感じているのは、代表の柳澤さんやカヤック自体もそうかもしれませんが、すごく「多様性が好き」ということですね。
ー:
企業の多様性ですか。
原田さん:
多様性は創造力を生み出すものだと思ってるんです。だから、カヤック傘下の15〜16社には葬儀社だったり八女のローカルな企業だったり、石垣にある企業とか、一見すると相関関係のあるシナジーを生むような事業を買収しているわけではないんですよね。
ー:
一見するとぜんぜん関係ない会社ですね。
原田さん:
ある種のカオスやエッジをつくることによって、そこから創造力が生まれるという考え方をしてるんじゃないですかね。
ー:
たしかに予想がつかないです。
原田さん:
そういう意味においての「面白がる人」だったり、「面白いことをやる」っていうのがフィロソフィーなんですね。
カヤックは上場会社として、時価総額のランキングの上位に行くのではなく、「オリジナルになることで1番になる」みたいな戦略をとっている会社です。だから、英治出版としてもそこがおもしろいと思ってるし、うちもカヤックの多様性の一部になれるんであればおもしろいですよね。
ー:
なるほど。
原田さん:
出してる本を見てもらったらわかると思うんですけど、英治出版ってわりと真面目に本質的なところにいく会社で。そんな会社が、面白法人とか言って、不真面目感のある、「うんこミュージアム」とかつくっちゃうような会社とどんなシナジー生むのか。 硬いのかゆるいのかもわかんない「すごいかたいうんこ」ができたらおもしろいなと思いますけど(笑)。
ー:
なんかすごい話に(笑)。
原田さん:
彼らだと「ゆるいうんこ」しかできなさそうじゃないですかね。 英治出版が入ることによって「むっちゃかたいうんこ」ができるかもしれない。発想の起点はそんなもんでもいいんじゃないかな。
ー:
どんなものがうまれるか楽しみですね。
原田さん:
わたしたちも楽しみにしています。本はパッケージ化されたものだけど、 読書は人間がする行為だから、「新しい読書体験」としたときには必ずしもなにかのパッケージやメディアを介すか、それさえもわからないですよね。
いま必要なのは、「恐怖」からの解放
ー:
IT企業からの買収ということですが、出版業界の外からの買収、そういったことに希望ってありますか?
原田さん:
じゃあ、ライツ社も入ってみる?
ー:
(笑)。それこそぼくらもサイボウズと「サイボウズ式ブックス」で協業してますけど、予算組みを見てると、出版業界と規模がぜんぜん違うなって印象を受けますね。
原田さん:
そういうことも、出版業界にとって刺激として受け入れていく必要があるんじゃないですか。カヤックのゲームだって10億ダウンロードなら、1円で売っても10億円になるんだよ?
ー:
たしかに。
原田さん:
出版で10億円のプロジェクトをつくろうなんていうと、100万部ぐらいの規模。1年間に日本の全出版社が7万タイトル以上出してて、数年越しでようやく100万部売れるタイトルが1冊出るか出ないかぐらい。カヤックだって10億ダウンロードは数年越しなのかもしれないけれども、なんか刺激が違いますよね。
ー:
発想の枠からはみ出せる感じはしますよね。
原田さん:
ライツ社も傘下に入りますか。
ー:
入れるなら入りたいけど、たぶん「かたいうんこ」が出せるから入れたんだと思います。ぼくらとカヤックがなにかしても、ただ遊んでるだけみたいになりそう。
原田さん:
大丈夫、もうちょっと液状のやつもいけるかもしれない(笑)。どんな形にもなれるっていう可能性を感じてるよ、ライツ社には。
ー:
ありがとうございます(笑)。
原田さん:
カヤックは全社員がM&A担当になれるから。だからぼくも今度M&A担当としてライツ社買収に行きますよ。
ー:
すぐに「はい!喜んで!」って言ってしまいそうです。
ふと思ったのは、ライツ社は2人の代表が50%ずつ、株も借金も持っているんですが。なぜわたしたちががんばれてるのかというと、2年か3年ヒットが出なければ倒産してしまう、みたいな状況だからで。「もう後がない感覚」って、どう変わるのか聞きたいです。
原田さん:
それはもっと若いプロデューサー※に聞かないとわからないかもしれないけれどね。創業したころのぼくたちは、いつだって必死でした。
英治出版も変遷はしてきたと思うし、初期のころなんて、ガムシャラに年間十数タイトルを編集していたり、4〜5人の社員で20数タイトルとか出してた時代もあるからね。
高野さん:
うんうん。
原田さん:
いま、プロデューサーはたくさん増えましたけど、それでも出してるのは十数タイトルっていう感じだし。だから、余裕があるっちゃある。
高野さん:
そうですね。
原田さん:
じゃあ、みんなが忙しくないかって言うと、忙しそうにはしてるし、わからないですよね。そこは必死じゃないとも言えないしね。
原田さん:
ただ、ここ10年ぐらいはそうかんたんに倒産するという認識で社員がいるとは思えない感じはありますよね。
高野さん:
そうですね。
原田さん:
だからこそ、独立した資本で残るよりも、「恐怖」じゃなくて、新しい刺激がカヤックから入ってくる方が、自己実現欲求が刺激されることでドライブしていいんじゃないのって気はしてます。
ー:
なるほど。いまの出版業界って「恐怖」から動いていることが多い気がして。ポジティブな感情で挑戦できる環境ってあまりないかもしれないですね。
原田さん:
創業者は両方を持っているからできるんですよ。
ー:
といいますと。
原田さん:
自己実現もあるから、恐怖感があっても、すぐに隠れていくんですけど、社員の場合は、恐怖のマネージメントをしすぎると、逆に萎縮したり、変な方向にドライブがかかってしまうので。
多少ゆるく感じたとしてもても、自己実現の方にマネージメントしていく方がいいと思ってます。
ー:
高野さん、本づくりの現場からすると?
高野さん:
ここ7〜8年は特に、ある意味とても恵まれた環境でずっと本づくりをしてきました。必死になって「年度末までになんとか出さなきゃ」というプレッシャーとかはなく。
みんなが質を追求することに集中して、ほんとうにいいものを出すことに集中できているのは、環境に恵まれているなと思います。
ー:
理想です。
高野さん:
そして、カヤックの傘下に入っても、組織文化を尊重してくれているので、計画を守るという圧力はそんなにないんですよね。
事業規模よりも、社会的インパクトへのレバレッジに目を向けたほうがいい
ー:
今回のニュースをポジティブに受け取っている方って、意外と少ないんじゃないかって。ずっと「出版は終わった」みたいに言われすぎて、みんな自信を失っているんじゃないかと。だから、カヤックさん側からどんな評価を受けたのか改めて聞きたいなと思っています。
原田さん:
出版業界でこの話題っていうのは、どんな感じですか?
高野さん:
某経済メディアの方は、最初ニュースを見たときに「英治出版も出版不況には勝てなかったか……と思いました」と。
ー:
守られた、みたいなことですかね。
高野さん:
そう勘違いしましたと言われましたよね。だからそういう受け止め方をした人はけっこういそうです。
ー:
改めて今日話を聞くと、出版社がおもしろそうだと思ってもらえてるのは、自信持っていいことなんだろうなって思ったんです。
原田さん:
中小の出版社、つまり世の中に売上数億円の会社ってごまんとあって、たとえばそこの社長とごはん一緒に食べたいですかって、正直面倒だからいいやってなるぐらいの規模だと思います。
ただ、出版って規模は小さいかもしれませんが、社会的な影響力という点でみるとわからないですよね。社会的なインパクトでいったら出版社は小さくない。事業規模に対してはむしろレバレッジのきいたビジネスなんですよ。
ー:
ほんとは。
原田さん:
一定の規模を持つ会社が、そのレバレッジのきいたビジネスを取り込んで、そのかけ算をするだけでも意味が大きくなる。
ー:
たしかに。
出版社が誇るべきは、「長く残るもの」をつくる技術
原田さん:
やっぱり紙の本だとか、これからは電子書籍だとか、 出版社の価値ってそこじゃないんですよね。長年ずっと培ってきたのって。
ー:
培ってきた。
原田さん:
書籍の編集をする技術を持った人たちが、違うビジネスでその力を使ったらなにができるのか。それはコンサルティング会社ではまだ確立されてない問題解決能力かもしれないし、経営学とかでも言われている「ナラティブ」な部分であったり。
ー:
できるのかな。
原田さん:
書籍の編集っていう技術は、「後世に残るもの」をつくる技術なんです。本って、人類が発明した最初のタイムマシンだと思うし。
ー:
タイムマシン!
原田さん:
上場企業っていう、四半期ごとの決算を発表して数字を追ってる会社が、いま価値を感じているのは、会社自体が大きくなることよりも、そこから生まれて「長く残っていくもの」であると。
ー:
出版社とは、長く残るものをつくる技術を持っている会社であるってすごい定義な気が。
原田さん:
そう、だから世の中SDGSとか言ってるんだったらさ、みんな出版社を買収した方がいいですよ。
ー:
すごい提言!
原田さん:
出版社って、金額的に大きすぎるわけじゃないと思うし。だって出版業界ごと、トヨタの利益で買えそうじゃないですか。 4兆円利益あるから、じゃあもう出版業界ごと、トヨタが今年の利益で買いますって。
ー:
そしたらトヨタイムズ、さらにおもしろくなるかも。
原田さん:
めっちゃおもしろくなるよ。 出版業界の全人材使えるんだよ、トヨタイムズに。
トヨタじゃなくても、カヤックに出版事業部つくっちゃっていろんな人集めるのもおもしろいですよね。
ー:
スター軍団みたいな。
原田さん:
うん。そしたらもう、恐怖から解放されるよ。
ー:
恐怖からの解放はすごいキーワードですね。出版業界にとっての。
原田さん:
編集の技術を違う事業に振るっていっても、すぐにお金にはなんないから、結局どうしたって優先的に紙の本をつくる方にいきますからね。 でも、恐怖から解放されたら余裕ができて、紙の本だって今までより超おもしろくなる。
ー:
すごい。いい循環になっていきそうですね。
原田さん:
そうですね。本は社会との接点なんでね。だからつくり続けるし、地道にやることは変わらないんだけど、でも、そこでできた人間関係や培った技術を、 いろんなところで生かすっていう可能性はおもしろいと思います。
ー:
ありがとうございます。たくさん可能性や希望の話が聞けて、うれしかったです。
「買収」という言葉が持つイメージからは想像ができないほど、可能性に満ち溢れた話が聞けました。他者からの評価をもっともっと知っていけば、出版業界も、もっともっと変わっていける気がしました。
明るい出版業界紙では出版業界の明るいニュースを届けています。マガジンのフォローも歓迎です。