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「書けないときはいい文章を書こうとしてるとき」大阪ほんま本大賞作家に中学生が取材してわかったこと
兵庫県の職場体験プログラム「トライやる・ウィーク 」でライツ社に来てくれた中学生たち。本の帯を書いたり、書店に営業をしたり、出版社のお仕事を体験する中で、「明るい出版業界紙」の取材にも一緒に挑戦しました。
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今回取材させていただいたのは、昨年「第12回大阪ほんま本大賞」を受賞された小説家・寺地はるなさん。受賞作である『ほたるいしマジカルランド』や本屋大賞ノミネート作品『川のほとりに立つ者は』など数々の小説を発表されています。今回、中学生たちの取材にこころよくOKをいただきました。
寺地はるな
1977年佐賀県生まれ、大阪府在住。2014年『ビオレタ』でポプラ社小説新人賞を受賞しデビュー。21年『水を縫う』で河合隼雄物語賞受賞。23年『川のほとりに立つ者は』で本屋大賞9位入賞。『わたしたちに翼はいらない』『こまどりたちが歌うなら』『いつか月夜』など著書多数。
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今回取材してくれたのは……
サッカー部のKくん、Wくん、陸上部のMくん、卓球部のYくん
わきあいあいと仲良しの男子4人組
簡単な自己紹介のあと、ひとりずつ質問をしてもらいました。みんなちょっと緊張気味ですが、取材は大丈夫でしょうか。それではどうぞ。
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小説家のお金とやりがい
Wくん:
ここに来る前に総合の授業でビデオを見て。仕事って、利益も大事だけどやりがいや楽しさも大事だと学んだんですけど、小説を書く仕事で大切にしていることを聞きたいです。本音で言うと、それぞれの割合はどれぐらい占めてるのか教えてほしいです。
寺地さん:
それは、お金のことと、やりがいとっていうことですか。
Wくん:
はい。「収入が20パーセント」とか。
寺地さん:
そうですね。たとえば、もらえるお金が0円であれば、そのやりがいというものを自分の中で保ちつづけるのもちょっと難しいかなと思うんですね。自分の生活がある程度できてはじめてそういうのって生まれるものなんで。
んーーー。収入80パーセントでいいです(笑)。収入80パーセント、やりがい20パーセントで。 夢がないですね(笑)。すいません。
ー:
やりがい20パーセントですか?(笑)
寺地さん:
いや、純粋な楽しさはあると思うんですけど、難しいですね。お金のために働くときであっても、楽しさとか喜びっていうのを感じられるんですね。だから、くっきり分けられるものでもない気はしますね。
本が売れたらどれぐらいうれしいですか?
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Kくん:
ぼくが小説家だったら、自分が書いた本がたくさん売れたらとてもうれしいです。 寺地さんは自分の本が売れたらどれくらいうれしいですか。0から100の数字でお願いします。
寺地さん:
それもう100です。100うれしい。
あのね、本が売れないとつぎの本も出せなかったりするんです。だからすごくうれしい。たくさんの人、というより「この本を必要としている人に呼んでほしい」っていう気持ちがすごくあるんです。ただ、その1人に届けるためには、その人が手に取りやすい場所に本がないといけない。だから、それこそ全国の書店に本が置かれてないといけない。
じゃないと、その必要としているだれかがその本に出会えないかもしれないじゃないですか。だから、そのためにたくさん売れなきゃいけないんですね。だから、ひたすらうれしいですね。本が売れるのは。
方言を否定するのは文化を否定すること
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Yくん:
寺地さんの小説では、方言が多いですが、方言にこだわりがあったり、作品によって方言を使い分けたりしていますか。
寺地さん:
そうですね。まず、小説の舞台になる土地っていうのをどこにするかっていうのは、とても大事なことなんですね。 町って日本全国ぜんぶ同じじゃなくて、いろんな違いがあって、その場所その場所によって物語そのものが変わってくるんですね。
Yくん:
へえ。
寺地さん:
その土地の言葉を使うっていうのは。たとえば、舞台を大阪にして、言葉を大阪の言葉じゃない言葉で書くこともできるんですけど、 それって、その土地の文化みたいなものを否定してしまうことになると思うんですね。だから、その土地と言葉はセットですね。
―:
なるほど。
寺地さん:
わたしは、方言みたいな、その地方によって違う言葉がなくなったら嫌だなと思うんですね。いろんな言葉があった方がいいと思うんです。
そして、わたしは自分の住んでいるようなところをモデルにして書くことが多いから、どうしても大阪の言葉が多くなりますし、 佐賀県の出身なので、佐賀の言葉で佐賀を舞台にした小説を書くこともあります。
ただ、ほかの土地に住んでいる人には読みづらかったりするので、その辺の加減が難しいなって思ったりはしますね。
ー:
わかりやすい表現に変えることもあると。
寺地さん:
そうですね。実際の話し言葉で言うならリアルだけど、もうなに言ってるかわかんないだろうなっていうこともあるので。
リアルな場面はどうやって書くの?
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Mくん:
『カレーの時間』の、この40ページから43ページまでの引っ越しのやりとりがすごいと思いました。ぼくも福岡から引っ越してきたんですけど、どうしてこんなにリアルに書けるんですか?
寺地さん:
そうですね。わたしも何回か引っ越ししたことはあるんで、そこまで真剣に考えてなかった(笑)。たぶん自分の引っ越しの体験を元に書いているんだと思うんですけど。リアルでした?
Mくん:
はい。
ー:
たとえば自分が経験したことや景色が頭の中にあって、それを文に落とし込むときに考えてることってあるんですか。
寺地さん:
難しいですね。わりとよく覚えてるんだと思います。作文とかでもそうなんですけど、「こうなって、こういうことがありました」って順に事実を書いていくよりは、自分のすごく印象的なところを細かく書く方が、読み物としてはおもしろかったりするんですね。
―:
なるほど。
寺地さん:
そこがよかったのかなと、いま思いました。
「わたしたちって、自分の結末がどうなるか知らずに生きてるじゃないですか」
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Wくん:
こういう小説の物語をどういう手順で書いてるのか、知りたいです。
寺地さん:
手順ですか。
Wくん:
ぼくの予想としては。まず、起承転結を考えて、登場人物を考えて、 大まかな流れを考えて、その後に細かい場面を考えていくのかなって予想していたんですけど、実際のところはどうなんですか。
寺地さん:
これはけっこうバラバラなんですけど、たとえば最初にお話のおおきな流れを考えてから書いていくときもあるけど、「こういう人がいたらいいな」ってまず人物を先に考えてから 「その人はどんな生活をしてるんだろう」っていうところから話を書いていくときもあります。
小説を書き始めた最初のころは、どういう結末を迎えるっていうことまで考えてから書いていたんです。でも最近はそれを決めずに、「この人がいて、こういう出来事が起こる」というとこだけ考えて書いていって、ラストがどうなるかはもう自分でもわからないまま書いているっていうのが一番多いです。
Wくん:
小説によって違うってことですか。
寺地さん:
そうですね。
Wくん:
じゃあ、小説を書いてる人が違ったら。異なる作家さんが書いてたら、この手順も変わる?
寺地さん:
そうですね。たぶん、すごく細かく考えてから書いてる人もいます。たとえば、ここの場面でこのセリフを言うとか。人によってかなりバラバラだと思いますね。
Wくん:
ありがとうございます。
ー:
その、よく聞く、登場人物が勝手に頭の中で行動しだすみたいな。そんな感覚ってあるんですか?
寺地さん:
勝手にはないです(笑)。勝手に動き出すことはないんですけど、動かないことはあります。
―:
というと。
寺地さん:
流れとしてはこう言ってくれくれないと、話が進まないんですけど、「この人はこんなことしないだろう」と思ってしまうんですね。だから、それによって話が変わることもあります。
―:
そうなんですね。
寺地さん:
最初にこういう話になるっていうだいたいの枠組みを担当編集の人に送るんですけど、「登場するこの人たちはどうなるのが自然なんだろう」って書き進めていったときに、ぜんぜん違う話になっちゃっうこともあるんですね。
でも、もしかしたら、それがリアルなのかなと思ってて。なぜって、わたしたちって、自分の結末がどうなるか知らずに生きてるじゃないですか。だから、ここでこう終わるよっていうところに向けて書いていくと、どうしても作り物っぽさが出てしまうのかなって。
―:
たしかに。
寺地さん:
難しいですね。でも、「こうするとうまい小説が書けるよ」っていう方法がまだ見つかってないんですよね。デビューしてから9年経つんですが、まだ試行錯誤中なので。
まだ、担当編集にも見せていない原稿
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Yくん:
この『水を縫う』の44ページの6行目の部分なんですが、「寂しい」じゃなくて「侘しい」なんです。
※刺繍が好きな高校一年生の清澄が1人でお昼ご飯を食べるシーン。
寺地さん:
「寂しい」ではなく「侘しい」である理由。
Yくん:
はい。
寺地さん:
「寂しい」だと、なんていうのかな、寂しくてたまらない、だれかと一緒に食べたいっていう気持ちをもっと強く感じるかなと思います。「侘しい」だと、1人で食べれないことはないんですね、この人は。
なんか物悲しいなみたいな雰囲気がより強く出るんじゃないかなと思って、この言葉を選んだんだと思います。 言葉で説明すると、そういう感じですかね。
Yくん:
ありがとうございます。
ー:
その言葉選びを意識する場面ってどんなときなんですか。
寺地さん:
そうですね。1回1回ぴったりくる言葉が見つかるときもあるし、見つかんないときもあるので、とりあえず仮の表現を書いておくんです。さっきの場面だったら、もしかしたら最初は「寂しい」って書いていたかもしれません。
でも、書いてすぐ出すんじゃなくて、これって1章が原稿用紙で50枚ぐらいなんですけど、 その1章につき15回ぐらいは読み返して直してっていうのを繰り返すんです。このときに「ここはちょっと違うな、この表現はちょっと違うな」って思うときが自分でもあるんですね。
―:
そんなに読み返すんですね。
寺地さん:
たとえば1行について、これは違うなみたいなことを普段の生活の中でずっと考え続けるときもあるんですよね。そのときに言葉が見つかったらそこで直せるんですけど、それでもほんとうにギリギリまで見つからないときもあって。本にする直前の段階でやっと見つけられるときもあるし。
ー:
15回直す。すごいなと思ったんですが、これは自分の中で決まった回数なんですか?
寺地さん:
10回ぐらいでいけるときもありますし。 もっと何回も読み返すときもありますし、長編だともっと多くて、ほんとうにもう嫌になるぐらい読み返すんですけど。今日も電車の中で、やってたんです。
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ー:
あ、すごい。
寺地さん:
この原稿、まだ担当に見せてないんじゃないかな。こんな感じで1回書いたら、原稿を印刷するんですね。そのときに、こんなふうに赤で直して、それをまた、パソコンに入力して、もう1回印刷して、自分が納得いくまで繰り返すんですね。
『カレーの時間』の最後の場面で、最初はおじいちゃんと暮らせてよかったっていうふうにいったん書いたんですけど、「よかっただろうか、そんな単純な気持ちだったんだろうか」っていうことが、 最後までよくわからなくて。ずっとずっと、これは考えました。明日がもうほんとうに最後の最後ですっていうときに、やっと思いついて、「ここ書き換えます」っていって書き換えたこともありました。
書けないときはいい感じの文章を書こうとしてるとき
ー:
あの、まったく書けないときってあったりするんですか。
寺地さん:
わたしはあんまりないですね。気が散ってるってこともあるし、書いた文章がぜんぜんおもしろくなくて、あとから全部消すみたいなときはあるんですけど。止まっちゃうとほんとうに止めちゃうんで、もう思いつくとこだけ書いたりしてます。
―:
先にですか。
寺地さん:
そうです。最初が書けないとか、最後は書けないっていうことはまずないので、だいたい途中なんですよね。「ここの場面からこの場面に行きたいけど、どう繋げていいかわからない」みたいなときが1番書くのに悩んだりするので。
書けないっていうのは、たぶんいい感じの文章を書こうとしてるときだと思うんですよね。だから、とりあえずもうそれはなしで。「だれが言った。笑った。立ち上がった。部屋出ていった。」みたいな感じで、
―:
台本みたいな。
寺地さん:
ト書きみたいな感じで書いといて、調子いいときの自分に任せるみたいな感じで、とりあえず先に進めようとしますね。
小説家になったうれしさと怖さを感じた手紙
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Mくん:
小説家をしてて、うれしかったことってありますか。
寺地さん:
ちょうどこの『今日のハチミツ、あしたのわたし』の本で、読者の方にお手紙をもらったことがあるんですけど。
「自分の生き方を変えようって思った」って書いてあって、それがとてもうれしかったですね。だれかに影響を与えることもあるんだっていうことに、すごく責任を感じて、怖いと思うのと同時に、すごくうれしくもあった。すごくおおきな経験でした。
ー:
人生変わってますよね。
寺地さん:
そうなんですよ。だから、あまりいい加減なことを書いちゃいけないなと思いましたし、すごく大きな責任があるんだなっていう。
ー:
たしかに。本ってずっと残っていくものでもありますしね。
寺地さん:
そうですね。
ー:
ありがとうございます。いろいろ質問させてもらいましたが、じゃあちょっとみなさん、今日の感想をお願いします。
寺地さん:
中学生ぐらいのときって、感想みたいものを書かされがちで、まとめさせられがちというか(笑)。
ー:
たしかについ聞いてしまう(笑)。
寺地さん:
でも、なんていうかね、授業とか受けてすぐ出てくる感想だけじゃなくて、そのときに言葉にできなかった気持ちみたいなものってすごく大事だと思うんですよ。 すぐ言葉にしなきゃいけないと思うと、なんかちょっと違う感じになっちゃう。
だから、後から残るものを大事にした方がいいのかなと思います。
「楽しかったです」って言うと、楽しかったっていうとこで、思考が止まっちゃうので、あえて言葉にしないっていうのも大事なのかなって。
―:
たしかにそうかもしれない。じゃあ今日はこれで終わりにしましょうか(笑)。
今日はありがとうございました。
みんな:
ありがとうございました!
後日、中学生たちが感想を書いて送ってくれました。
「緊張したけど寺地さんが質問にやさしく答えてくれました」
「たくさん質問をして、寺地さんにはたくさんの小説のこだわりがあることがわかりました」
「仕事の大変さがわかったけど、仕事の楽しさもいっしょに体験できました」
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中学生たちの質問に、真剣に考えて答えてくれた寺地さん、ありがとうございました。「第12回大阪ほんま本大賞受賞」を受賞した『ほたるいしマジカルランド』もおすすめなのでぜひ。
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