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本が飛ぶように売れた「二子玉川 本屋博」。しかけたのは本に出会う幸福な事故 
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本が飛ぶように売れた「二子玉川 本屋博」。しかけたのは本に出会う幸福な事故 

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2日間で来場者3万3000人、本を1万126冊も販売。
規模がもはやフェスです。

2020年1月、40の個性ある本屋さんが集結して「二子玉川 本屋博」が開催されました。その盛り上がりから、こんなに本が売れるんだと、驚いた人も多いのでは。

出版不況? 「そんなの絶対に嘘だと思います」と語るのはこのイベントを企画・開催した、北田博充さん。

北田さんは「梅田 蔦屋書店」の店長であり、ひとり出版社「書肆汽水域」としても活動、取次会社でも10年間働かれていました。

「書店」「出版社」「取次」と経験した北田さんが、なにを考えて「本屋博」みたいなイベントをしかけたんだろう? 

そんなことを考えていたら、偶然にも北田さんと梅田 蔦屋書店コンシェルジュの三砂さんがライツ社に遊びに来ることになったのです。これはチャンス! とばかりに話を聞かせてもらいました。

プロフィール
北田博充(きただひろみつ) 写真中央
1984年、神戸市生まれ。出版取次会社に入社後、2013年に「マルノウチリーディングスタイル」を立ち上げ、その後リーディングスタイル各店で店長を務める。2016年にひとり出版社「書肆汽水域」を立ち上げる。現在は、梅田 蔦屋書店で店長を務める傍ら、出版社としての活動を続けている。著書に「これからの本屋』(書肆汽水域)、共著書に『まだまだ知らない夢の本屋ガイド」(朝日出版社)、「本屋の仕事をつくる」(世界思想社)がある。

三砂慶明(みさごよしあき) 写真左
1982年、兵庫県生まれ。梅田 蔦屋書店人文コンシェルジュ。株式会社工作社などを経てカルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社入社。梅田 蔦屋書店の立ち上げから参加。ウェブメディア「本がすき。」などで読書エッセイを連載。著書に『千年の読書 人生を変える本との出会い』(誠文堂新光社)、編著に『本屋という仕事』(世界思想社)がある。

聞き手はライツ社の高野と有佐です。

5万円の本を買ってみた

有佐:北田さん、三砂さん、明石までありがとうございます。高野が買った本が今回のきっかけということで。

高野:そう。買ったのが書肆汽水域から出されてる『芝木好子小説集 新しい日々』の特装版なんですが、本体価格4万9,500円で。そんな本があるんだということと、ずっと書肆汽水域さんのことが気になっていたので、梅田 蔦屋書店さんで本が展開されていて、手にとったのが最初です。

『芝木好子小説集 新しい日々』
右は20部限定で製作された特装版。表紙にはアトリエシムラ制作の草木染めの織物を使用。

有佐:これ、なんで「買う」ってなったんですか?

高野:僕がインタビューに答えるの?

一同:(笑)

北田:気になりますよね。

高野:三砂さんに話を聞いたら、北田さんが書肆汽水域をやっていることをそのとき知って。そこでもう衝撃を受けて。

なぜかというと、ひとり出版社って何社もありますけど、書店員さんであり、個人でも出版社をしているのが衝撃で。気持ちが盛り上がって、そこに三砂さんがうまくご提案していただいて。

三砂:アプローチしました。

一同:(笑)

大事なのは想像力だ

高野:なぜ北田さんが出版社をはじめたのかが気になっていて。

北田:僕は出版だけやったことがなかったんです。もともと取次で10年、書店で8年勤務していて。好奇心で業界三者の中で出版というのをやってみたいなと思っていて。それで「1回やってみよう」と。

いま、蔦屋書店とかでもコンシェルジュの研修をするときに「コンシェルジュで大事なのは想像力だ」という話をよくするんです。

有佐:どんな想像力ですか?

北田:想像力って2つあって。1つは読者への想像力で、もう1つはつくり手ヘの想像力だと思うんです。書店で働いていると読者への想像力というのは、直接接客することもあり、ある程度は養われます。でもつくり手に対する想像力って、物をつくっていないとなかなか養えるものではなくて。

たとえば、表紙の箔押し。箔押しって聞くと「ベルトコンベアで流れ作業な感じかな」って想像してしまいますが、実際は違うんですよね。コスモテックという会社に見学に行くと、職人さんが1枚1枚手作業で、2000部手押ししている。そういう方がどういう思いで箔押ししているのかがすごく大事で。

箔押しは、金・銀・白などの箔を熱と圧力で転写する加工。

北田:自分がお客さんに商品説明をするときに「こういう人が、こんな工程で、こんな思いでつくっている」というのを語れるのが、売り手としてもプラスになると思うんですよね。

有佐:そんな話されたら買いたくなります。

高野:最初から始められる環境があったんですか? まずお金だけでもけっこうかかるし。たとえば僕が本屋をはじめたいと思ったら、誰に聞いたらいいのかわからないみたいな。

北田:そうなんですよ。わからないなりにつくったので、「こんなの本じゃない」とか「本づくりの基本がなってない」とか、いろんなことを言われました。

これをつくるきっかけは、10年勤めた取次を辞めるときに退職金が入ったので、「それを何に使おうかな?」と思ったときに、いままで考えてきたことをいろんな方にインタビューをして、10年の節目として記録をしておこうと思ったんです。だからCCCに転職する前、入社前の2ヶ月でつくったんですよ。

『これからの本屋』
本屋の店主、エア本屋の店主、フリーランス書店員、元書店員などへのインタビューを通じて、「本屋とは何か」「これからの本屋はどうあるべきか」を探る一冊。

高野:いろいろ規格外ですね。じゃあ区切りとして?

北田:そうでなんです、区切りとして。

三砂:2ヶ月ですか?

北田:そうなんですよね、時間がなかったもので。いろんな方に一気にインタビューをして。楽しかったんですよ。

「自分のやりたい」と「お客さんが楽しい」が重なったところ

有佐:『これからの本屋』の延長に本屋博のアイデアがあったんでしょうか?

北田:業界のニュースとかって暗いニュースが多いですよね。

高野:多いです、Yahoo!ニュースだけ見ていると。

北田:ねえ。本当、出版不況とか、本屋が閉店するだの、本を読まなくなったとか。

でも、自分の体感はそんな感じではないんですよね。自分のまわりにいる本屋の店主や書店員にはネガティブに考えている人はほぼいないし、おもしろいことをいかにやるか、楽しもうとしている人がいっぱいいるんですよ。「そういう人が1ヶ所に集まったらおもしろい場になるんじゃないかな?」と思いました。

もう1つ、この業界で働いていると読者のことが後回しになるというか、「本当に読者のことを最優先に考えているのかな?」って思うことがけっこうあって。たとえば「返品率を下げよう」ってよく聞きますが「返品率ってお客さんに何か関係あるのかな」っていう思いもあって。

お客さんが喜ぶことをやりたいですし、自分のやりたいこととお客さんが楽しむことの円の重なったところにあるのをやりたくて。それが本屋博だったんですよね。

自分のところだけで何かをやっていこうというよりは、東京にも関西にもすごくおもしろい本屋がいっぱいあるんだったら、それが一緒に集まったら、一番お客さんが喜ぶんじゃないかな、と思って。

そこにキッチンカーがあり、音楽ライブがあったら、本に興味がない人たちも音楽目当てでくるし、おいしい匂いがあったらそれにつられてやってくるし、その中に本があったら本を買ってもらえるかもしれないし、という考えで企画をしたんです。

「こんなのがあったらいいな」をやりきった

高野:たしかにそんなことができたら楽しいですし、おもしろそうって思います。でもそんなに簡単ではないというか、「ようできるな」って思うんですよね。まず「二子玉川 蔦屋家電」さんにどうやって集めるのか、とか。

有佐:よその書店を集めるわけですもんね。

高野:「こんなのがあったらいいな」と思うかもしれないけど、普通は実現できないから、それがめちゃくちゃすごいなって思います。

北田:みんなとやったので。実行委員会の中にほかの書店の方も入れてやったんですよ。どこかひとつの書店が何かをやるというのは僕あまり好きではなくて。

本屋博実行委員会というのを立ち上げて、そこに「双子のライオン堂」の竹田さんとか、「H.A.B」の松井さんも実行委員に入ってもらって。

有佐:特に何が大変でした?

北田:準備に8ヶ月かかっているので、大変だったんですけど。

高野:本を4冊つくれますね(笑)。

北田:そうなんですよ。すごく時間をかけてやったんですけど、収支を合わせないといけない。当然黒字じゃないと意味がないので、協賛をもらうために営業をしたりとか。一緒にノミの市を開催して収入を上げるというのをやったりとか、いろいろ苦労をしましたが、結果黒字になりました。

高野:それはすごいですね。黒字じゃないと否定された気分が……。

北田:次がない感じになってしまいますから。

高野:もし次に関西で開催されることがあったら楽しみにしています。あと絶対に協賛させていただきます。

1万円も2万円もするような本がポンポン売れていく

高野:はたから見ていても大盛況でしたけど。もちろん記事にもなっていたし、2日間で1万冊以上売れたとか、来場者が3万3000人以上とか。やってみてどうでしたか?

北田:本当に感動しました。こんなに感動することがあるのかな、というぐらい感動しましたね。胸がいっぱいになるというか。

三砂:それはどういう瞬間ですか? 開催されている様子を見たとき?

北田:すごい数の人が、本屋さん、店主と会話をして飛ぶように本が売れていくというのを……その様子をこれまで見たことがなかったので。こんなにみんな楽しく会話をして、1万円も2万円もするような本がポンポン売れていくわけじゃないですか。「すごいな」という。完全に本を買う気で来られているんですよね。だからその空気感が伝わってくるというか。出店されている方も「いろんなフェスに出てきたけど、いままでで一番売り上げがよかった」って言ってくださったところがけっこうありました。

有佐:うれしいですね、それは。

北田:うれしいです、あんな寒いときに。でもあれだけ人が来て本を買ってくれるという。その光景がすごいなと思って。

高野:体感で言ったらいつもの10倍のお客さんがいるみたいな感じですか?

北田:想像の埒外(らちがい)ですよね、本当に。みんながそんな感じでした。

三砂:人で埋まっていましたね。

有佐:これだけ盛り上がると興味がない人も集まりますよね。

北田:それが理想ですよね。「本が売れないとか絶対に嘘だろ」と思いました。「読書離れ」と言うけど、絶対嘘だと思います。だってあの場に本を目的に来ていない人もいっぱいいましたもんね。

三砂:たくさんいましたね。

北田:通りがかる人がバンバン本を買っていく。だからやりようによっては本って求められていて、それを買う人もいっぱいいる。そう思うんですよね。

有佐:きっかけとか出会い方とか、そういう話なんですかね?

北田:そうなんです。ある意味で罠を仕掛けるような感じで。そこで幸福な事故が起こって本が好きになって、そこで出会った本屋に本屋博が終わったあとも「ちょっと行ってみようかな?」ってなるのが罠ですよね。

高野:本当に『これからの本屋』に書かれている思いがフェスというかたちになったってことですね。

三砂:その後、実際出店してくれた書店さんと話す機会はあったんですか?

北田:ありますね。本屋博に来てくれた人がお店にも来てくれたよ、という話はすごくたくさん聞きました。

役割を越えたときに、おもしろいことが届けられる

三砂:ひとつ聞いてもいいですか? 本を出したあと、書店で働いてみてご自身の中で変わったことと、変わらなかったことってどういうことですか?

北田:変わらないのは、広義の本屋というとらえ方はいまでもしています。読者が本を読み、出版社が本をつくり、取次が卸し、本屋が売る、みたいな流れはそれはそれでありだけど「その役割を越えたところで何かをやったときに、読者におもしろいことが届けられるんじゃないかな」というのはずっと思っていますね。

読者も最近読むだけじゃなく、間借りの本屋があるみたいに本を売る側にまわるという流れもありますし、僕も書店員だけど本をつくったり、いろんな顔を持ってかけ算をしていくのがすごくおもしろいと思っていますね。

あと、本以外の業界で働くこともしてみたい。自分がやっているのって本の業界の中で「つくる」と「売る」をやっているだけで、それはそれでおもしろいんですが。でも本以外の業界とかけ算をしたほうが絶対におもしろくて。

たとえば、野球でいろんなポジションを守れるよりは、野球もサッカーもバレーもできる人の方がおもしろい企画を生めると思うんです。ひとつの競技の中でおもしろいプレイヤーになるよりは、違う競技をかけ合わせて新しいゲームをつくっていくほうがお客さんは楽しいんじゃないのかな? というのがあって。

高野:出版だけではないかもしれないですけど、その業界の中だけで考えがちというか。

北田:そうなんですよ。

高野:本を読んでいる人ってよく考えたら出版業界以外の人のほうが圧倒的に多いですもんね。

間口が増えると入りやすい

三砂:もう少しお聞きしていいですか? 私なりの実感で、組み合わせることでおもしろさが生まれるのは、本とまったく異なるジャンルではないと思うんですよ。北田さんにとって書店のコアな部分と重なる部分ってどこだとお考えなのかなって。

北田:本ってどんなジャンルにも扉が開いている珍しい商材だと思うんですよ。どんな世界ともリンクし得るところが本の強みであって。

僕はかけ合わせてまったく違うものを生み出すみたいなビジネス的な意味よりも、別のところに間口をつくるというのが大事だと思っていて。普段本を読まない人が、別の間口からだと入りやすかったりする。それは本屋博もそうだし、別の業界とかけ合わせって言ったのもそういった意味で言っていますね。

だからコアの部分はブレない。つまり、いまは本を売りたい以外ないんですよね。出版社をやっているのも、極端に言えば、本屋の業務の一環として本をつくっているんですよ。だから書肆汽水域はひとり出版社ではなく本屋なんです。書店員が自分で売りたいものを自分でつくるという。

三砂:いい話。

北田:「汽水域」って河口で海水と真水が……。

高野:混ざり合う。

北田:そうそう。境界線がないという意味だったりするので。

たとえば、2020年に書肆汽水域から刊行した『ののの』の著者である太田靖久さん。太田さんは小説家の顔もあり、文芸ZINEの編集者でもあり、ブックマート川太郎という本屋の店主でもあり、占いができる人でもあったり、いろんな顔を持っていて。

『ののの』
2010年新潮新人賞を受賞した太田靖久さんの初単行本となる短編集。

作家さんってものを書くけど、販売には携わったりはしないイメージがあるんですけど、太田さんはバンバン自分でお客さんに話しかけて売っていくんですよ。そういうスタイルって僕が理想とする本屋にすごく近いなと思って。いろんな顔があって組み合わさっていて、間口がいっぱいあってという。

高野:すごいですね。境界線をつくらなくて、間口を広げてかけ算する。でもコアは本を売るということなんですね。

三砂:国境線ってあるって言われているけど、実際にはない。「それは私とあなたの決まりごとです」みたいな決まりごとが、世界を狭くしていて。

それを北田さんは本を売ることで混ぜ合わせるというか、豊かにさせる……何かのために本を読むとか、そうではなくて。楽しいしわくわくするし、その楽しさを共感したいという。

北田:意味とかあまり考えないほうが楽しくないですか? 「楽しそうだからやる」以外ないじゃないですか。やっているほうが楽しくないとお客さんも楽しくない。楽しめることをやって楽しんでもらう以外ないのかなと思いますよね。


話を聞いて振り返ると、改めてだけのことを同じ人がやっているんだと驚かされました。書肆汽水域の『これからの本屋』には、既存の境界線にとらわれない、さまざまな人のインタビューが満載なのでおすすめです。


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2016年創業。海とタコと本のまち「兵庫県明石市」の出版社です。writes.right.light「書く力で、まっすぐに、照らす」を合言葉に、ジャンルにとらわれず本をつくっています。 https://wrl.co.jp