本の「使われ方」の可能性。銀行職員の1通のハガキから始まった
先日、三井住友信託銀行の支店のロビーで、ライツ社刊『認知症世界の歩き方』の巡回パネル展が行われました。
展示に至ったきっかけは1通のアンケートハガキ。『認知症世界の歩き方』を読んだ銀行職員さんが「認知症への理解を深める活動をしたい」と書いて送ってくれたことから始まりました。
地域の困りごとに本が役立てるならと、ふたつ返事でご協力させてもらい、展示が実現しました。
実際にアンケートハガキを送ってくれた石原さん、一緒に展示を担当してくれた上司の山田さんにお話をうかがうと、銀行窓口では、日々認知症の方が訪れ、さまざまな問題が起こっていることがわかりました。
いま、銀行窓口で起こっていること
山田さん:当店にはもともと、毎日お越しいただいていたお客さまがいらっしゃいました。
本来であれば、認知症になる前に適切な対策を講じておけば、お金の出し入れもスムーズだったんですけど、なにもしないまま認知症になってしまわれて。
通帳を8回なくされて、印鑑を15回なくされて、そのたびにそれをやりとりして。
ー:大変だ。だからってむげにはできないですもんね。
山田さん:そうなんですよね。お客さまのお姉さまが遠くにいらっしゃるんですけど、お姉さまのほうからは、口座のお金はおろしてくれるなと言うんですね。
将来老人ホームに入る可能性もあるので、そのお金には手をつけてほしくないので、いくら弟がおろしたいと言ってもそれはおろさないでくれと。
でも、お客さまはおろしたいと毎日来られるものですから、なんとかしないといけない。
なんとか後見人さまをつけて、お金をおろせる状態にしなくてはいけないなと。別々の街からそのお客さまのお母さま、お姉さま、また市役所の方と福祉課の方にも来ていただき、みなさんにやっと集まってもらえる場面がありました。
ー:よく集まりましたね。
山田さん:1年がかりでした。みなさんに集まってもらい、やっと後見人がついてお金はおろせるようになりました。
ということがあったものですから、ご本人になにかあると非常に大変です。
なんとかしたい、そんな時に出会った本
山田さん:社会的な問題としてみなさまにも認知症をわかってもらって、認知症になる前にもう少し手立てがあるので、ぜひ講じてほしい、そんな想いで展示を作りました。
ー:そんな体験をされたらなにかしないと、と思いますよね。
山田さん:はい、ただ、最初はポスターなどはまったくなく、ほかの会社さんからポスターを借りたような状態だったんです。
でもそれじゃあな……ということで、いい本があるなと2人で話しているうちに、本を読んだ感想を書いてみることになったんです。
ー:それが弊社に届いたと。
山田さん:そうなんです。
ー:このハガキは印象的でした。やっぱりご家族かご本人か、福祉関係の方から反響いただくことが多いんですけど、銀行の方から、しかもかなり具体的に書かかれていたので。
石原さん:ちょうどそのときにそういう場面がありまして。サービス介助士の資格を受けるタイミングがあって。
ー:それは、高齢の方とかを介護するための資格なんですか?
石原さん:高齢者や障害のある方を適切な方法でサポートするための資格なんです。車いすの使い方など、そういったことをわかっていなかったので一度勉強してみたいなと。
資格を取るにあたって「身近なところで思いあたることはないですか?」と質問を受けた際に思いあたったのが、ハガキに書いた内容でした。
以前は簡単な手続きだったらATMに行っていただけたほうがスムーズですので、いつもならそうして言っていたんですけど、いやがられるお客さまもいらして。ただわたしも手がいっぱいなこともあり……。
「あのとき、もうちょっと優しい言葉をかけられたらなにか違ったのかな」という学びになったんです。
ちょうど『認知症世界の歩き方』を読んでいるタイミングだったので、読んで気づいたことをお送りできたらな、ということでハガキを書かせていただきました。
山田さん:アンケートハガキって読んでもらえているのかどうかわからなかったんですが。
ー:もうね、みんなですごく読んでいます。
事前に知ることで受け入れられるように
ー:企画はどうやって始まったんですか?
山田さん:やっぱり、認知症になられた方のご家族がすごいショックで。
先ほど、みなさん集まったとお話させていただいたんですけど、最初にお客さまとお姉さまでしゃべっていたんです、でも途中からお客さまが「ところであなただれですか?」と言い出すんですよ。
ー:もう時間たったら忘れちゃって。
山田さん:そうしたら、お姉さまが泣いてしまわれて。「わたしのこともわからなくなったの」って。だから、ご家族の方は心持ちを事前に持っておいてもらったほうが。
ー:受け入れられるように。
山田さん:そうですね。家族のこともわからなくなってしまうことも出てくると事前にわかっておいてもらえたほうがいいかなと思いまして。これだとすごくわかりやすいものですから。13枚、全部作らせていただきました。
ー:大きいですよね。
山田さん:そうですね。B2ですね。
ー:さらにその下にそれに当てはまる困りごと。
山田さん:そうなんです、2ページずつを全部。ほんとうは、みなさんに買って読んでいただきたい。
地域の困りごとに少しでも役に立ちたい
山田さん:最近、信金さんに行ったのですけれども、経営者の方が手形を振り出した日を忘れてしまっているほど認知症になってしまって、それで会社が倒産してしまったことがあったと。
一同:ええっ。
山田さん:いまも、認知症に対して緊喫の課題だというふうにおっしゃっています。経営者の方になにかあったら、ちょっとどうにもできないような騒ぎなんですね。
ー:直接お聞きして、ただごとではないことがわかりました。
山田さん:はい。ますますみなさんに知っていただこうと思っていますので。今後は当社のほかの支店、あとは信金さんや郵便局、高校や小学校さんですね。学校の授業の中で、認知症の方への接し方について授業をされていることで。
ー:地域に根ざした銀行がやるから、ちゃんと地域に根ざした活動になっているんですね。
山田さん:いろんな課題に取り組んで、地域の困りごとに少しでもお役に立てるようなことをしていく必要があろうかと思いますので、これにかかわらずいろんな問題に取り組んでいきたいと思っています。
ー:すばらしい。全国に広まったらいいですね。
読者の困りごとを解決したいという想いで作った一冊の本。それが地域の困りごと解決に向けて、こうして利用してもらうことができました。
本には書店だけでなく、形をかえて、いろんな場所で力になれる可能性があることを改めて教えてもらいました。
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