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「テレビの世界からたったひとりで出版社を立ち上げた」 小さい書房 安永則子さん

長年TBSの報道記者をされていた、という「小さい書房」の安永則子さん。ひとりで出版社を立ち上げたのは2013年のこと。

設立以来、大人もこどもも関係なく、大切なことに気づかされるメッセージ性の強い絵本を出版されています。その名の通り小さい出版社ですが、本から気づかされることはとても大きい出版社です。

単身、出版業界の外から出版社を作るには、どんな背景があったのでしょうか。出版社を作るってどういうこと? 本を作るってどういうこと? そんな基本的なことですが大切なことを考えるきっかけになるのでは。そう思い、安永さんに声をかけました。

まずはどのようにして独立されたのか、そして刊行書籍の中から3冊をピックアップしどんな思いで作られたのか、お話をお聞きしました。

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安永則子(やすながのりこ)
1971年生まれ。長崎や福岡で幼少時代を過ごし18歳で上京。東京外国語大学卒業。TBSテレビ入社。主に報道畑を歩む。17年間勤めて退社し、ひとり出版社「小さい書房」を設立。好きなことばは「実験」。立ったまま寝たことがある。
小さい書房HP:https://chiisaishobo.com

「え、出版社ってひとりでやれるの?」

ーテレビ局の報道記者をされていたと拝見し驚きました。どのようにお仕事をされていて、それがどう出版につながったのでしょうか?

安永さん:
前職のテレビ局では主に報道畑にいました。世の中に起こる事件や事故、流行りものから、サルが逃げた!なども取材できるところでした。仕事にのめり込んで「休日なんていらない」と思っていたんですが、それが出産を機に大きく考え方が変わったんです。

ー変わったというと?

安永さん: 
「仕事を目一杯したい」と同じくらい「こどもと晩ご飯を一緒に食べたい」という気持ちがどんどん強くなって。だったら会社員という枠を取っ払う必要があるのでは…?と気づいたんです。まさかこどもと晩ごはん食べるために好きな会社を辞めるとは思いもよらなかった(笑)。周囲も驚いたと思います。

ーでも、納得できます。

安永さん:
そこで、まずは商品開発の部署へ異動希望を出したんです。その中の一つに本を作るポストがあって、テレビ番組を書籍化する際、出版社側との 「窓口役」が私の仕事でした。編集者と一緒に取材に立ち会ったり、ゲラをチェックしたり、「ああこうやって本を作るんだな」とひととおり分かった。その経験が、出版業に転身する勇気をくれました。

ーそこから小さい書房へはどのような経緯で?

安永さん:
ずっと働き方について悩んでいて、当時、〈ひとり出版社が増えている〉という記事を見て。それまで出版社といえば都心に大きなビルを構えた会社、という印象しかなかったので、「え、ひとりでやれるの?」と驚きました。と同時に 「これなら私もこどもと晩ご飯食べたあと、夜中にまた仕事が やれる!」と閃いた (笑)。 それから 1 年後くらいに退社して、 小さい書房を始めました。

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小さい書房の出版社ロゴ。「考えるきっかけになること 」を軸に本をつくりたいと考えています。 大人向けとか子ども向けとか 分け たくないので、ロゴには、〈ひとりで読んでも こどもと読んでも〉 と入れています。と安永さん

数年利益がなくてもやっていく覚悟

ー実際ひとりでやってみていかがでしたか?

安永さん:
せめてひとり分の食い扶持は稼ぐつもりで始めましたが、全然利益が出ないことに驚きました。目標も、より現実的になり「超低空飛行でもなんとか飛び続けていくこと」を目指しています(笑)。

ーちなみにライツ社は1期目大赤字で、口座残高がみるみる減っていきました……(笑)。

安永さん:
小さい書房の場合、本は売れて増刷もしているけれど、売上から経費をひいたら何も残らない状態で、最初の5年はほぼ赤字でした。自分の貯金のうち「ここまでは自分が手をつけて良い」と最初に線引きした上で、切り崩してやり繰りしていました。

ーやはりいきなり利益を出すのは難しいですね。

安永さん:
だから「ひとり出版社をやってみたい」と問い合わせを受ける度に、必ず「数年間は利益が出なくてもやっていけるだけのお金が必要です」とお伝えしています。そして恐ろしいのは数年を経ても金銭的に楽にはならないこと(!)。私の場合は事務所を借りず、固定費を浮かせることで凌いでいます。

ーそれでも続けていらっしゃるのは。

安永さん:
それでも続けているのは、この仕事が好きだからなんでしょうね。
(もちろん順調に利益を上げている同業者もいるので、一概には言えません)

ー出版社を立ち上げて、夕食はお子さんと食べられる生活になりましたか?

安永さん:
正確にお伝えすると、TBS時代でも出産後は時短勤務をして、夕飯は子どもとほぼ一緒に食べていたんです。でも、自分の好きな報道の仕事(記者)に戻ったら、また自分が夜遅くまで仕事したくなるだろうな、と思って退社しました。私にとって大事だったのは、食べた後ももう1回仕事出来るって事だったんです。それは実現できたと思います。

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小さい所と組むメリットが少ない中で、何を拠り所にしてもらえるか

ー小さい書房を立ち上げる中で苦労された部分はありますか?

安永さん:
これは「著者探し」の一言につきます。出版をやるなんて考えたこともなかったので、著者のあてはゼロでした。でも、小さい出版社なので、作家さんのところに行って他社の編集者が列をなす最後尾で順番待ちしても、そういうやり方じゃダメだということだけは 、自分の中ではっきりしていました。

ーそういうやり方は捨てたと。

安永さん:
だったら自分から 「こんな本を書いていただけませんか」と提案する形でいくしかないと思ったんです。 だいたいいつも企画書を A4の紙 1 枚にまとめて提案することからスタートしています。

ー企画書はたくさん送るほうですか?

安永さん:
本当に熟して熟してその人だけに持っていくっていう感じですかね。今の時代コピペすれば何十人宛でも同じ文面が作れるけど、それじゃあ受けてもらえないと思うし。その人の作品を全部読みこんで、この人だったら書いて頂けそうだなと思う人ってそんなにいないんですよね。特に私の場合、絵本でも絵と文を分けて作るスタイルなので。

ーそうなんですね。

安永さん:
私はその方が今まであまりやった事のない路線をお願いすることが多くて。絵本の中でも、大人も読めるものを依頼するとなると「初めてです」と先方から言われることが多いです。

ー作家さんにとってもチャレンジなんですね。

安永さん:
それから、刊行後の宣伝力の点では、どうやったって大手出版社に敵わない。新聞広告をうつお金はありませんから(!)そうした悪条件についても最初にきちんとご説明します。小さい所と組むメリットが少ない中で、何を拠り所としてこの仕事を受けてくれるかなって考えますよね。そうなった時に、今までした事ないけど絶対こういう路線で書いて頂けると思うからやってみてもらえませんかとか、小さい書房を使ってこういう新しいことをやってみませんかくらいの気持ちでいます。その上で、作家さんが「書きたい」といってくださるようなら、きっとうまくいくと思っています。

自分の経験を総ざらいして企画は生まれる

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ー設立して2冊目に出された『二番目の悪者』は、累計 2 万 1000 部を突破されたそうですね。

『二番目の悪者』
林 木林/作  庄野ナホコ/絵
【あらすじ】
金色のたてがみを持つ金ライオンは、
一国の王になりたかった。
自分こそが王にふさわしいと思っていた。
ところが、街はずれに住む優しい銀のライオンが
「次の王様候補」と噂に聞く。
ある日、金のライオンはとんでもないことを始めた――。
登場するのは動物ばかり。人間はひとりも出てきません。
けれど1ページ目はこの言葉から始まります。
「これが全て作り話だと言い切れるだろうか」

安永さん:
2014年の発売から6年、皆さんの口コミで徐々に読み広がっていった感じです。インフルエンサーや広告など、あの手この手を使わなくても、こうやって広まっていくんだと分かったのは嬉しいし、ありがたいなと思います。

ー私も読んで大好きになりました。この本の企画はどうやってスタートされたんですか?

安永さん:
事件取材が多かった前職で、例えば事件で一番悪いとされる社長が逮捕された時、その人ひとりが本当に悪かったのかというと、絶対そうではないと思っていたんです。この『二番目の悪者』は学校でいじめについて考える際に使われたりもするんですが、(企画の際に)こどもの頃のことも思い出したりしました。そうやって自分が考えてきた事や経験した事をひとつずつ総ざらいして企画は生まれるのですが、そんなポンポンと出るタイプではないので、すごく苦労してます(笑)。

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絵はBRUTUSなど雑誌の表紙も手がける庄野ナホコさん。

ーこの作品が小学校の劇の題材に使われた、という記事を拝見して、なんというか鳥肌が立ちました。

安永さん:
小学校に観に行きました。私も鳥肌が立ちました。この本は小・中学校の読み聞かせでも人気ですが、大学から大量に発注があったり、「会社で社会人1年目の子に読ませました」という書き込みを見たり、大人の読者も多いんです。それぞれの立場や環境に引き寄せて読んでもらえているのかなと思います。

自分のメリットにはならない。けど、社会のために伝えたい

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『大人のOB訪問』もご自身の経験が土台となっているんでしょうか?

『大人のOB訪問』
小さい書房編
【内容紹介】
そのキャビンアテンダントは、機上で泣き崩れた男性客が忘れられないと話した。
さまざまな「味」を作る食品メーカー社員は、誰にも言えない後ろめたさを吐露した。
これは仕事を紹介する本ではありません。
その仕事だからこそ見える世の中を集めました。
【客室乗務員、食品メーカー社員、小学校教諭、商社マン、外科医5人のインタビュー集】

安永さん:
そうですね。人の話を聞いて伝える仕事をしてきたので、そういう本を作りたいなと。この本で一番苦労したのは、“自分の利益にならない事を社会のために発信してくれる人”を探すこと。全て匿名の一般の方ですが、匿名ということは会社にも個人の利益にもならないですよね。でも、そんな人の声に耳を傾けることは、他者理解にも繋がるとも思って、正直地味な本なんですけど…作りたかったんです。

ーみなさんこんなことを考えて仕事をしているのかと、違った世界が見えました。

安永さん:
例えば、食品メーカー社員の方からは、自分の仕事がすごく好きだけど、安い食材に濃い味付けを求められるだとか。そうすることでこども達の味覚ってどうなっちゃうんだろうとか。そんなジレンマを抱えているところが真摯なんですよね。自分のメリットにはならないけど、社会のために伝えたいと思う人ってそんなにいないですよね。だからインタビューした方々は本当に頭が下がる人ばかりでした。

ー次に飛行機に乗る時は機内が違った風景に見えていると思います。

装画は画家さんの世界観を信じる

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ー最新刊の『地球の上でめだまやき』は詩集なんですね。書店で詩集コーナーの前に立ったのは初めてかもしれません。

『地球の上でめだまやき』
山崎るり子/著
【内容紹介】
暮らしを詠んだ詩集。「べんとうばこ」「名前のない家事」「銅像」「娘とランチ」「目玉焼き」など約30編を収録。 山崎るり子さんの詩は、日常をていねいに味わう方法を教えてくれます。小さなできごとに光をあてて、見えていなかったものを浮かび上がらせます。
装画は、第50回産経児童出版文化賞ニッポン放送賞や、第40回講談社出版文化賞さしえ賞受賞の牧野千穂さん。お買い求め後はバーコードシールをはいで、贅沢な一枚絵のカバーもお楽しみください。

安永さん:
暮らしを書き留めた日記のようなつもりで読んでほしいなと。日々の暮らしを言語化する事でどこか自分と重なって見えてくるものがある、それを詩集という形にしたいと著者の山崎るり子さんともお話しました。

ー詩集とか、本自体もそうですけど自分に合うものが見つかった時、お守りみたいな感じで持っておきたくなるものだなと思いました。装丁も目玉焼きの絵が可愛くて印象的です。

安永さん:
普段、詩集を手に取らない人に取ってもらいたくて、装画を牧野千穂さんにお願いしました。

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一枚絵で描かれた贅沢な装丁。タイトルは水色の箔押し仕様。バーコード部分はシールで剥がせるように工夫されています。

ータイトルの『地球の上でめだまやき』の世界観ですよね。どのようにご依頼したんですか?

安永さん:
基本的にはお任せしますね。画家さんの世界ってあると思うので。牧野さんは素晴らしい画家さんで、どこか地球を感じさせるような広さのある装画を、とお伝えしたら、“星塩”っていうコンセプトを出してくださって。カバーの目玉焼きの周りに散ってるのは、フライパンの上の塩のようで、宇宙空間の星のようでもあって、もう「すごい!」と思いましたね。

ーひとりでは出ないアイデアが生まれるんですね。カバーを取ると表紙側にも、シルバーで印刷された“星塩”があって、こだわってる!と思いました。

どうやったら絵本の棚から飛び出せるか」

ー読者からの感想で印象的だったものはありましたか?

安永さん:
これまで刊行した本のうち7 冊は「絵本」のジャンルに入れられることが多いんですが、感想を寄せてくれる大人の読者から「絵本を買ったのは久しぶりです」とたまに言われます。

ー私もこどもがいなかったらそうかもしれません。

安永さん:
たしかに絵本=児童書という考え方が、世間では一般的です。でも私は「絵本」というより「絵のある本」くらいの認識でつくっていて、「どうやったら絵本の棚から飛び出せるか」をいつも考えています。実際のところ刊行本は絵本のコーナーに置いてないことのほうが多くて、ライトエッセイやギフトブックの棚に並ぶこともある。その方がより多くの人の目に留まるのでありがたいです。

ーたしかに小さい書房さんの本は書店の各所に散らばっている印象です。

安永さん:
本にルビがふってあるから、字が大きいから、「こども向け」とされることはあるでしょう。でも小学生でも本好きさんは小さい字がびっしり並んだ本を平気で読むし、その字は老眼の大人(=私)には小さすぎる!なんてこと、よくあります(笑)。大人向けとこども向けを分ける見えない境界線のようなものがあるとしても、気づいたらそれを越えていた、といえるのが私の理想です。

ーその年齢、その人なりの受け止め方ができればいいですよね。これから出る本も楽しみです。本日は、ありがとうございました。

安永さん:
ありがとうございました。

小さい書房の10冊フェア

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小さい書房の10冊と編集のウラ話展 @青猫書房 

9月16日(水)〜10月5日(月)の期間、東京・赤羽の「子どもの本 青猫書房」にて、小さい書房さんのフェア開催中です。

今回お話いただいたようなそれぞれの本の編集ウラ話をパネルにして本の隣に展示しているとのこと。

ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか

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2016年創業。海とタコと本のまち「兵庫県明石市」の出版社です。writes.right.light「書く力で、まっすぐに、照らす」を合言葉に、ジャンルにとらわれず本をつくっています。 https://wrl.co.jp

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コメント (1)
安永則子、というキャリア女性だからできた、と思った。男は、先が見えて読めてしまって、その動機が起きる前に萎えてしまう。多分、社会から叩かれすぎたからでしょう。そうした状況(日本)で、頭角を現すのは女性ばかり。だからデレビドラマ「半沢直樹」が逆説で好評なのでしょう。昨今その傾向がより強くなっている。
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