うつから復帰。「今、苦しむ人の役に立ちたい」メンタル本大賞設立の裏側
いま、「〇〇本大賞」という形でいろんな賞が増えて盛り上がっています。今回取材した「メンタル本大賞」も2021年1月6日に設立されたばかり。
ライツ社も応募できるかな?とメンタル本大賞のHPを見てみたのですが、結局ライツ社には該当しそうな本がなかったので、ノミネートならず!でしたが、どうもメンタルの病気にかかったことをきっかけに賞が設立されたようなんです。賞に対してのやさしくてまっすぐな思いに共感したので、お話を聞いてみたくなりました。
というわけで今回発起人の成瀬さんと実行委員の弥永さんにそれぞれ取材させてもらいました。
成瀬 俊昭(なるせ としあき)写真左
千葉県出身。「メンタル本大賞」発起人。大学卒業後、メーカー、ITベンチャー企業などを経て、1999年にオンライン書店ビーケーワンの設立に参画。2002年、小売チェーン、エンターテインメント事業などを手がける企業に入社し、おもに物流業務に従事。2021年1月「メンタル本大賞」サイト開設以降、自身のうつ闘病経験や1000冊以上のビジネス書を読んだ経験を活かして、生きづらさを感じている人を元気にする活動に挑戦中。
弥永 英晃(やなが ひであき)写真右
福岡県生まれ大分市在住。元精神科看護師。元心療内科クリニックの病院カウンセラーを経て独立。心理カウンセラーであり作家。『症状改善率98%のカリスマ心理カウンセラーが明かすパニック障害の不安がスーッと消え去る17の方法』(大和出版)、『症状改善率98%の心理カウンセラーが明かす薬に頼らず「うつ」を治す28の方法』(コスミック出版)をはじめ、絵本、小説、漫画化作品など著書多数。「メンタル本大賞」実行委員として活動。
「闘病した人が元気になった本を」発起人の成瀬さん
―率直にお聞きしますが、なぜメンタル本大賞を設立されたんでしょうか?
成瀬:まず私自身が以前、うつ病になったという経験があって、それが大きいです。
うつ状態で苦しい時は本も読む気にならず、ネットでSNSを見たり闘病ブログとかよく見てたんですが、すこし回復してきて復帰しようっていう時にメンタル系の本を読み漁ったんですね。
なかには文章が多くて読めない本もあれば、イラストがあってわかりやすい本も、いろいろある。そして精神的にまいっている時には「本を読む」の前の「探すこと」も非常に負荷があって大変だなぁと感じていたんです。
ーたしかに。
成瀬:「大変だ」と感じてしまったらもう読むことから離れてしまいますよね。であれば、売る側の都合よりも、経験者というか闘病した人が元気になった本を選んで伝えたいと思いました。
あとはお医者さんやカウンセラーなどの専門家が、患者さん、相談者さんに読んでほしいっていう本ですね。専門家の見地で選んで賞を作りたいと、そんな経緯からです。
―実際に本が助けになった人や専門家の意見が必要なんじゃないかっていうことですね。
まとまってないから探せないを解消したい
(メンタル本大賞プレゼンテーション資料より)
成瀬:いま「メンタル本」ってジャンルがないですよね。書店に行っても、「健康」や「ビジネス」や「自己啓発」、「心理」の棚にもあったり、バラバラに分かれてるんですよね。
コミックエッセイなんかは書店によっては「コミック」に置かれたり「エッセイ」に置かれたり、それもバラバラなんですね。そこがもったいないなと思って。
話題書に置かれたり、平積みになってるのは売れてる本だけで、一日200点くらい新刊が出る中で(※)本を並べるので書店員さんは精一杯と聞いてますから、そもそも話題にならないと残っていかない本のテーマであると思います。
※総務省の統計で令和元年の新刊点数は7万点以上。平均すると1日約200点が新たに新刊として発売されている。
ー選べないし、書店にちゃんと置かれないっていう状況ですよね。
成瀬:そうですね。探しにくいと買われないし、結果出版社も新たに本をつくりにくい、という負のループになる気がします。
(メンタル本大賞プレゼンテーション資料より)
ーそれを好循環に変えていくんですね。
成瀬:そうですね。例えば一箇所にコーナー作りをして認知されると、もしかするとメンタル本ランキングみたいなことも、どこかの書店がやれるようになる。するとそのカテゴリーも注目を浴びて、読者も探しやすいし、出版社もそこにめがけて作りやすいので、そんなことになれば元気になる人も増える、そんな状況を狙っています。
また、過去に出た良書や、ベストセラーにならないものもお医者さんやカウンセラーさんなどの専門家の方がオススメするものは掘り起こしを改めてしていきたいと思っています。
結果的に既刊本が売れるようになれば版元さんも利益率が上がって、より新刊にお金や時間を割ける。そうすると刊行点数を減らしても版元さんは助かるし、点数が減れば書店員さんも良書をちゃんと目利きして並べられるとか、そんな業界構造改革的な事例になればいいなと期待しています。
メンタル本が必要な人が増えている
―メンタル本大賞のHPを見て気づいたのは、厚生労働省もメンタルヘルスの総合サイトを開設していて、こんなの知らなかったなぁって正直思いました。
成瀬:まぁ元気な人は見ないですよね(笑)
―書店でも平積みになっているのが目立ちますが、やはりメンタル本の必要性が高まっているんでしょうか?
(メンタル本大賞プレゼンテーション資料より)
成瀬:2002年の数字と比較すると、自殺者の数は減っているんですけど、精神疾患の人は大幅に増えています。昨今の新型ウイルスで生活の変化や、地震、台風などの災害も多いじゃないですか。どうしても急激で困難な状況は増えているので、心を乱してしまう人は今後も増えていく、減りはしないだろうなと思います。
自分で自分を追い詰めた過去
―成瀬さんご自身の体験が大賞設立に大きな要因があるとお聞きしましたが、その辺りをもう少し聞かせてください。
成瀬:うつになってしまったのは私が今の会社に転職をした半年後ぐらいですかね。それまで自分では仕事ができると思って、ちょっとテングになってたんですけど(笑)
今の会社に入ると、まわりはすごい人も多かったし、業界を変えて転職したこともあるんで全然ついていけなかったんですよね。やってもやっても会社の役に立っている気がしない。
ちょうど転職した直後ぐらいに息子が生まれたんです。仕事のことでいっぱいいっぱいで、育児は妻一人に任せっきり。会社でも家でもまったく役に立ってないというところで、自分の存在意義を見失って、どんどん自分で自分を追いつめてしまった。
ー以前の自分とのギャップに苦しまれたという。差し支えなければ前職はどんなお仕事だったんですか?
成瀬:Amazon が日本に進出する前に、ビーケーワンってオンライン書店サイトを図書館流通センター(TRC)など7社が出資して立ち上げたんですが、その会社の一応立ち上げメンバーでした。今はビーケーワンってサイトはなくなって、hontoと統合されています。
ーすごいですね!
成瀬:ただ今の会社に入って半年で病んでしまって、1年くらいは使い物になりませんでした。
早起きのリズムを作るという口実で、朝からパチンコ店に並び、帰宅しては気分に任せて酒を飲んで酔いつぶれる。体調不良を理由に好きなだけ寝る、好きなときに起きる。もうサイテーな生活、クズ人間でした。
自分が立ち直ったいま「現在進行形で苦しんでる人を助けたい」
―それから復帰まで、最初は本を読むこと自体がもう辛い、読めないみたいな状況があったそうですが、そこから賞の設立まで、何が起こったんでしょう?
成瀬:私は今48歳なんですけど、うつになったのが31歳ぐらいの時なんですね。私は20代の時から30代前半まででビジネス書を読みまくったんです、1000冊くらい。
本の感想ブログみたいなのをやっていたので、元々は本を読むことにはまったく抵抗はなかったんです。
うつ状態からちょっとずつ元気になって散歩したり運動したりを始めて、また本を読もうと思った時に読んだのが、病んで復帰した人向けの仕事のやり方みたいな仕事術の本を中心に攻めました。
そのうち自分の仕事のやり方のオリジナリティみたいなものが出せそうだなと思って、これは書けそうだなと思って35歳ぐらいのときに書いたんです。企画書書く前に1冊本書いちゃったんですよね原稿に。
―え、本を書いたんですか!?
成瀬:書き終わった後に企画書にして何社か出版社に持っていったという感じです。5社くらい反応があって、2社は最終編集会議までいって、印税提示まであったんですけど、「初版のうち何部買い取れますか」という話になって、ちょっとこれ難しいんだなとなって。
なぜ本を書いたかといえば、病んだ経験を活かして同じように苦しんだ人へ仕事のやり方を発信することで助けたいっていうアプローチだったんです。
ー1冊本書き上げるってけっこうなエネルギーだと思うんですけど、すごいなあ。
成瀬:本を1冊書くといっても、ベストセラーにならないと届く範囲は知れてるし、合う人合わない人いるはずで。そういうことを考え、ブログも何度か変えてやってみたりしているなかで、行き着いたのが、同じメンタルがテーマの本でも幅広くいろいろな本をご紹介することによって、苦しんでる多くの方の助けになればいいなと思ったっていうのが経緯ですね。
ー最初から賞をっていうよりは、どういった形で苦しんでる人の助けになるかなぁとやっていた結果行き着いたんですね。
成瀬:そうですね。やっぱり一度病んじゃった人って、自分の存在意義を探そうとするんですよ。自分が立ち直った時に現在進行形で苦しんでる人を助けたいって発想になる人はどうしても多いと思うので、その時にどうするか。
設立の決め手になったハ・ワンさんの本
ーメンタル本大賞のHPを見てた時に、一冊の本がきっかけになったと書いてありました。
成瀬:そうですね。ハ・ワンさんの『あやうく一生懸命生きるところだった』(ダイヤモンド社)です。
―書店でもよく見かけます。
成瀬:私はこの本でメンタル本大賞を設立する決心がついた、と言ってもいいくらい、ほんとにおすすめの本です。
―そうなんですね。韓国の女性向けエッセイのイメージがあったんですが、違うんでしょうか?
成瀬:ぜんぜん違います!この本は男性が著者ですし、性別は問いませんよ。こういうエッセイ本もメンタル本として広めていきたいですね。
実は翻訳者の岡崎さんにインタビューをさせていただいたんですが、彼女もこの本に影響を受けて会社を退社されたらしいんです。
―それって相当ですね。人生を変えるほどの本だったとは。
成瀬:わたしも発売したての頃には気づかず、話題書に置かれるようになってから目に留まるようになり、手に取りました。このような本が韓国エッセイ本コーナーだけに並べられてしまうのは非常にもったいないなと感じています。
ただやむを得ないとも感じています。毎日たくさん本が届く中で、書店員さんがメンタル本かどうかを意識しながら並べるなんて正直難しいと思いますので。
だからこそ、エッセイや漫画やビジネスなどのジャンルに散らばっているメンタル本も、心理や健康などの本と一緒に並べられるようなメンタル本コーナーが作れないか、そんな思いから生まれたのがメンタル本大賞ですね。
―たしかに、メンタル本というジャンルが確立されていれば、女性向けエッセイかと思っていた、という誤解は晴れそうです。
成瀬:ジャンルとして定義することまでは考えていないのですが、メンタル本大賞をきっかけに各ジャンルに散らばっているメンタル本が1つのコーナーにまとめて並べることができるようになれば、読者目線でも探しやすいと思うのです。
まずは認知ですね。
一過性ではないポータルサイト構想
―こころの病に苦しんでいる方っていろんな背景があると思うんですが、「辛いな」と思ったときに、メンタル本大賞のフェア棚に行けば読みたい本が見つかるんでしょうか?
成瀬:メンタル本大賞というのは1つのきっかけとしてしか考えていません。「メンタル本」というテーマやワードをまずは広めたいですね。
メンタル本大賞としては、まず最初に心が楽になる本を中心にノミネートしたり、ご紹介していきたいと思いますが、将来的には同じメンタルがテーマの本でもレベルやターゲットに合わせて複数の部門をつくりたいと考えています。
「ハード部門」、「仕事術部門」、「エッセイ部門」、「コミック部門」、「育児・子供部門」、「絵本部門」など・・・アイデアは尽きないのですが、メンタルをテーマとした数々の良書を各々のターゲット層の方に向けて幅広くご紹介していきたいですね。
―部門を増やしていくんですね!
成瀬:時間はかかると思いますが、知名度が上がってくれば、メンタル本コーナーがどの書店にもあって、メンタル本コーナーに行けば、エッセイだろうとコミックだろうと絵本だろうと1つのコーナーに集まっている……。心が楽になりたいのか、鍛えたいのかなどのレベルに応じて本が選びやすい、そんな売り場が作られるようになる。そんな手助けができたら嬉しいですね。
(メンタル本大賞プレゼンテーション資料より)
成瀬:他の大賞と違う点は、その年の受賞作だけを売ることが目的ではなくって、メンタル本大賞の受賞作やお医者さんやカウンセラーさんなどの専門家が推薦する作品の情報がどんどん積み重なって、コンテンツとして蓄積していくイメージを思い描いている点だと思います。
ーなるほど。
成瀬:だから主はメンタル本のコンテンツサイトであり、「メンタル本大賞」というコンテストは1つのきっかけくらいに考えています。
このサイトに来れば、自分に合ったテーマやレベルのメンタル本との出会いがあって、誰がオススメしている本なのかがわかる。生きづらさを克服した読者に評価されているメンタル本もわかるし、お医者さんやカウンセラーさんなどの専門家が相談者にオススメしたい本もわかる。
不特定多数のレビューがのっているのではなく、オススメする人の背景や理由がわかるサイトにしたいと考えています。
―そういった構想があったんですね。一過性じゃなくて、知見を積み上げていくのがとてもいいなと思いました。
成瀬:夢のような話をたくさんしてしまいましたが、じっくりと慌てずにチャレンジしていきたいですね。極論を言えば、同じようなことを他のプレイヤーが真似したり、先行してやってくれてもいいと考えています。ビジネスをしたいのではなく、結果として元気になる方が増えるといいな、という思いですね。
―そうですね。一緒に実行委員をされている弥永さんとはどうして知り合ったんでしょうか?
成瀬:1月6日にメンタル本大賞のサイトがオープンしまして。それから1月11日には弥永さんの方からTwitterでダイレクトメッセージを送っていただきました。
弥永さんの本を1冊も読んでいなかったので、まずはその日の夜に本を買って、すぐ読んで感想をお伝えするところから始まりました。
◇
「自分と重なった」実行委員の弥永さん
弥永さんは看護師時代を経て心理カウンセラーになり、作家としても活躍されています。そんな弥永さんがなぜ実行委員に? その動機もとても純粋なものでした。
―賞の設立直後に、弥永さんの方からご連絡をとられたそうですが。
弥永:成瀬さんのDM になんで送ったかっていうと、自分もメンタル本で救われた経験があるからですよね、一言で言うと。
メンタル本大賞のHPに、成瀬さんの経歴が書かれていて。うつになったことや、メンタル本をいろいろ読み漁っていた過去があって、自分と一緒だなぁと思って。自分と重なったんですよね。
やりたいことが似てて、社会貢献をしたいっていう思いがすごく伝わってきたから、利益を出すとかお金儲けとか何かそういう感じじゃなく、この人は全然違うなっていうのがもう読み取れたんですね。それでご連絡しました。
動機はすべて、苦しんでいる人のため
―弥永さんもご自身がうつから回復されたと聞きました。昔の自分と同じように苦しんでいる方の力になりたいっていうのが根本ですか?
弥永:そうですね。根幹ですね。それが成瀬さんだったらできると思ったから、一番に協力したいと。
―もともとお知り合いではなかったんですよね。
弥永:そうです。最初は実行委員でもなかったんですよ。アドバイザー兼選考委員という形だったんです。
成瀬さんはITが得意だからWEBサイトとか作れるんですが、僕はそういうのは不得意でITは全然詳しくない。でも僕は幸い出版関係の友人が多かったので、賞の周知のために発信をしたり、知っている出版社の方と成瀬さんをつなぐことをしてきました。
ー補い合えてるという感じですよね。
弥永:そうなんです。ちょうど成瀬さんの長所と僕の長所が補い合ってちょうどいい形でできたから、成瀬さんも「やってることは実行委員みたいな感じだよね」みたいな風に言ってくださったんで、じゃあ僕も実行委員もやってみようかなとか思って、先月くらいに運営側の人間になりました。
ー成瀬さんと喋ってるうちに気持ちが変わった部分もあるんですか?
弥永:そうですね。あの方はすごい真面目だし、気さくだし、すごい真剣に考えてるんですよね。読者さんのこととか社会貢献のこと。
HPにノミネート作品の内容を表した図解シートがあるんです。これはなぜ作っているかというと、うつやパニック障害などの精神疾患を持ってる人って、なかなか字が読めないんですね。頭が働かないんです。
だから成瀬さんは、1枚で見てもらえたら楽になるよね、という感じで始めていて。すごい素晴らしいじゃないですか。それだけでも感動したので。
ー動機がすべてそこに直結されてるんですね。
弥永:営利目的とかではなくて、すべて読者さん視点です。成瀬さんも一度病まれてるから苦しんでいる人達の気持ちがわかる。僕も同じです。そこで通じ合ったとことがあって、この人とだったら2人でやっていきたいなって自分の方から変わったんです。
「やさしい賞」
ー話していると、応援したくなるし広まってほしいなって心から思いました。
弥永:今苦しい人や引きこもってうつで外に出れない人がメンタル本大賞のサイトで自分が楽になる方法を見つけて、もらって。それで回復したら今度は自分が助ける側に回ってくれたり、本が読めるようになって、出版業界が活性化したらいいなって。
やさしいんですよね、成瀬さんが作ってるメンタル本大賞の構想が。やさしさや人間味に満ちてて、心の交流があるんですよね。やさしい賞です。
ー「やさしい賞」っていい言葉ですね。ありがとうございます。
弥永:ありがとうございます。
◇
話の最後に、発起人の成瀬さんはこう語ってくれました。
「これから課題がたくさんありますが、思いは変わりません。これは私のライフワークなので。これだけはやっていこうと思っています」
この言葉に成瀬さんの気概が表れていると感じました。語り口はお二方とも優しいのですが、賞を盛り上げて新しいジャンルを作るという揺らぎのない熱い想いを感じました。
◇
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