日本海に浮かぶ人口約2000人の島に生まれた出版社「海士の風」
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日本海に浮かぶ人口約2000人の島に生まれた出版社「海士の風」

島根沖に浮かぶ人口約2000人の町、海士町(あまちょう)。この町に「海士の風」という出版社があります。

なぜここで出版社なのか、代表の阿部さんと出版担当の萩原さんに話をお聞きしました。すると、出版は辺境から新たな知を生み出す「知恵づくりの場」という気になるワードが返ってきました。

プロフィール

阿部 裕志2

阿部 裕志(あべ ひろし) 
株式会社風と土と 代表取締役。愛媛生まれ愛知育ち。京都での大学生活でアウトドアや旅を楽しむ。トヨタ自動車で働く中で現代社会のあり方に疑問を持ち、2008年海士町に移住、起業。神楽を舞い、素潜りを楽しむ島暮らしが好き。著書『僕たちは島で、未来を見ることにした』(木楽舎)

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萩原 亜沙美(はぎわら あさみ) 
大阪府吹田市で生まれ育つ。立命館大学を卒業後、京都で「NPO法人 場とつながりラボ ホームズビー」の立ち上げに携わる。2010年から海士町に移住し、現在は「海士の風」のプロデューサー。3児の母。

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海士町は島根県・隠岐諸島の中ノ島にある、人口2248人の町(2019年)。一時は高齢化率40%、財政破綻寸前の状態に。強い危機感のもと行政や住民が産業や教育の改革を進め、移住者が624人に増加しました。地方創生モデルとして安倍元首相の所信表明に登場するなど課題解決先進地として注目を集めています。町のスローガンは「ないものはない」。

きっかけは90秒のワークショップ

阿部:出版社と言っても、法人としては「風と土と」という会社になります。僕たちの会社はもともと人材育成や地域づくりを行っていて、そこに新しく出版事業として「海士の風」を立ち上げました。

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「紙の出版がしたい」という思いはもともとあったんですか?

阿部:ないですね。2008年に起業したときから「この海士町で社会モデルをつくって、社会を良くしていく人を輩出する学校をつくりたい」と思っていました。「島を学校にしていく」、「海士を学びの場として、他の地域を良くする人を増やしていく」ことは、起業当初からずっと言ってました。

海士町が発信源になって。

阿部:そうですね。具体的には、例えば1~2年間のMBAコースのようなものをつくり、海士町に学びに来る、みたいなことをやろうと言ってました。ただ進めるなかで、しっくりこない部分も色々あって……。

そんななか2017年にコ・クリエーションを行う「コクリ海士」というワークショップを開催しました。様々な分野で活躍する島外の30名と海士町の30名が合宿を行い、未来を模索する取り組みです。2泊3日のプログラムの最終日、僕と英治出版の原田英治さんがペアになることがあり「もしも僕たちが一緒に何かをやるならば」という90秒間のワークショップをする瞬間があったんです。

コクリ!海士

「コクリ海士」での集合写真

コクリ!海士2

一番右が阿部さん。その隣が英治出版の原田さん

そこで出会ったんですね。

阿部:僕は海士に学びの場をつくりたい、原田さんは地方にサテライトオフィスをつくりたい、という話になり「じゃあ出版社やっちゃう?そしたら本が学校の教科書になって、英治出版も地方でやることになる」とか言って。出版社の名前も「海士存(アマゾン)ジャパン」とかバカみたいに盛り上がっていたのですが、それがきっかけなんです(笑)。僕自身、本を読むことも苦手で、紙の本をつくりたいとはもともと思っていなくて……。でも逆に萩原は本がすごく好きで、出版社をつくるときにやりたいって言ってくれたんです。

萩原さんは、別のお仕事されていたんですか?

萩原:2010年から社員として働いていて、経理を担当していました。そんななか、たまたま出版社を担当することに。

でも出会うことで構想が実現できるとなり、一気にスタートしたんですね。

阿部:盛り上がっちゃいました(笑)。最初は「海士存ジャパンって言いたいだけでしょ?」とかバカにされたけれど、4年かけて実現。英治出版さんが先日「海士存ジャパンって言いたかっただけではありません。ついに始めました」と投稿してくれていました!

実際に、原田さんはご家族で移住されてこられたと書かれてましたが。

阿部:1年後の2018年には原田さんが移住されていました。2019年には、ISBNコードを取得し、出版社としては名を挙げましたが、1冊目は2021年4月発売なので、なかなか時間がかかりましたよ。

会社には株主として英治出版さんに、そして面白法人カヤックの柳澤大輔さんや、元総務大臣補佐官の太田直樹さん、尊敬する経営者の友人の鶴直人さんに入っていただきました。

また出版のために、英治出版代表取締役の原田英治さん、雑誌「DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー」元編集長の岩佐文夫さん、四国食べる通信代表取締役の眞鍋邦大さん、デザイナーの香庄謙一といった仲間たちががアドバイザリーチームとして、一緒にすすめています。

「海士町の出版社が“海士町のPR本”を出したら終わり」

阿部:まず僕たちの会社が海士町に生まれた意味を考えたとき「つくったものを通じて、他の地域や社会を良くする人を増やしていく」ことが命題でした。少し大袈裟に言うと「海士町を拠点に世界を良くする」みたいな。そのための存在意義として、海士町以外のことについても触れていくことになりました。

海士だけでなく、みんなよくするみたいな。

阿部:僕たちは温かい関係性ある未来をつくりたいんです。もともとトヨタ自動車で働いていたときは競争社会の在り方に疑問を抱いてた。それで海士の風が「人がもっと助け合って自然と共存していけるような社会をつくるための会社」だとしたら、本を出して世界をよくしようっていう考えは回りまわって自分たちにも返ってくる。

なるほど。

阿部:もう一つは、英治出版さんの「海士町の出版社が“海士町のPR本”を出したら終わり」というアドバイスがすごく印象的でした。そういった存在になると、もうその色でしか見られなくなり、自分たちの可能性を狭めることになる。「世界に通用する本を、海士町という離島でもつくり出せる」ことの方が面白くて。

著者にとっては、出版社と対話しながら本をつくったうえで、その内容を社会で実現することができる。僕たちの会社にとっては、事業が成長することで地方に新たな雇用を生んだり、面白い仕事が作れるようになります。また地域にとっても、著者が海士町のファンになってくれる、要は著者がやって来るので、本をつくることって関係人口創出装置なんですよね。

出版することでそれぞれに利点が生まれるんですね。

離島なのに、なぜ出版社ができるのか?

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どのような感じで役割分担されているんですか?

阿部:今のところは英治出版さんにならって、一冊の本は一人のプロデューサーがやるという感じ。1冊目の『進化思考』は僕がプロデューサーで、次に出る『(邦題未定)SPEAK PEACE』という本は萩原がプロデューサーです。

編集や書店流通、営業は英治出版さんに委託をするので、うちの出版社がやることは大雑把に言えば出版企画と独自のプロモーションを仕掛けること。英治出版さんのリソースをお借りしていることが、僕たちの最大の武器でもあります!

でも初めてのことなので、装丁やタイトル、書店の営業の仕方など、全て自分たちも教わりながら一緒にやっていく形で進めています。ただ僕も人材育成や地域づくりなど他の事業も行っているので、萩原に色々と負荷を担ってもらってますね。

阿部:だからといって、いい本をつくるところに手を抜いていいわけではないので、そこはしっかりと勉強しながらやっていきたいです。3年で10タイトル程度しか出さないと思いますが、その代わり丁寧なプロセスを心掛けながら、出版をゴールとしない、また年間売り上げ目標も置かないなど、これから企画していきたいなという感じです。

数を絞っていくんですね。売り上げ目標がなくても英治出版側には問題ないのでしょうか?

阿部:英治出版とは、タイトル単位での契約で、工数に見合った編集業務や取引業務の委託費をお支払いしますので、売り上げ目標がなくとも問題ありません。もちろん売れた分だけ英治出版にも利益が入る仕組みにもなっております。

委託費と売り上げからの利益を分けているのはなるほどです。両者にとっていい塩梅の仕組みなんですね。

阿部:そうですね。これからも英治出版さんとも力を合わせながら良い本を作っていきます。

「実践者」の本を出したい

「知に足のついた出版社」は海士の風のコンセプトですが「こういうものを出したい」という共通の認識はありますか?

阿部:設立時からの想いとして「人と人、人と自然の温かい関係性の社会」を目指し、そのためのコンセプトとして「知に足のついた出版社」と唱えています。

使えば使うほど減っていくものが多い世の中に対して、使えば使うほど増えるものは「関係資本」。コミュニケーションが増えれば増えるほど人と人との関係性は高まり、深まっていきます。

人と仲良くなるきっかけって、何かを一緒にやることから始まりますよね。だから実践がないと関係性は深まらない。じゃあその実践という意味で、まず知を本にする。

社会を良くしようとしている実践者の知を本にし、その本を通じて読者から更なる実践を生み出す。そうやって実践と知を往復させることで、温かい関係性が高まる「実践が知を育み、知はひとりでに歩き出す」という想いが根底にあります。

わがままと思いやりを学んだスパルタ企画塾

編集者の岩佐文夫さんから、企画の立て方を教わったという話をお聞きしたのですが、どんなやり取りがあったんですか?

萩原:4冊目までは出版企画が決まりましたが、その次の企画がなかなか出ないことを、アドバイザリーチームの方から指摘を受けていました。「なぜ企画が上手く出せないのか」と悩んでいたとき、岩佐さんから「そもそも企画力がないんだよ。僕が企画力を高める塾をやってあげる」とおっしゃっていただいんたんです。

阿部:めちゃめちゃ良かったですよ!

萩原:海士の風から3人と英治出版の若手スタッフ2人の計5人が生徒となり「毎週1本企画書を書いてくる」という超スパルタの内容でした。全8回の実施で、例えば主題となるQ&Aのつくり方や構成にはどんなストーリーの型があるのか、いったんつくった企画に対して書評を書いてくるなど。いろんな課題を毎週こなすことで、それぞれの生徒に個性が出てきました。

その後岩佐さんがマンツーマンで話を聞き、それぞれの生徒の課題にスポットを当て、自社で通すレベルで本気の企画書を書いたり、装丁デザインや帯コピーも考えてくるという課題をやっていました。本当に、めちゃスパルタでしたよ。

阿部:超ダメ出しされました。

萩原:阿部さんはダメ出しが多かったんですよ。

阿部:本当にボコボコだった。

萩原:でもそれぞれ個性が見えました。また、想像力を働かせた視点、「わがまま」と「思いやり」を大事にしようとも教わりました。

「わがまま」っていうのは自分の思いや著者に寄り添った形でこういった本をつくりたいという視点。「思いやり」は読者側の視点に立った時にどう表現するとそれが読者に届くか。

やっぱり岩佐さんにはものすごく「思いやり」や想像力があって、その視点でのフィードバックでは段違いのレベルを見せつけられました。タイトル一つにしても、悔しいけれどアドバイスを受けたものの方がいいな、とか。

阿部:僕らもまだまだなので、レベルを上げられるよう、プロの方から学びを得る機会をつくって頂いたことは、本当にありがたい機会でした。

羨ましいです。個性が見えたというのは?

萩原:そもそも個性の強いメンバーなので、持ってくる題材に関してはある程度の原石が見えていました。ただ続けていくなかで、個々人が惹かれるテーマがそれぞれに見えてきて。そこから表現の仕方や企画書の書き方などで、さらに各々の世界観が伝わってくるようになりました。

阿部:あとお互いの企画書に対して、毎週フィードバックを出し合っていました。「good」「bad」「next」で評価し「ここがもったいない」や「もっとこうした方がいいのでは?」という提案を具体的に出していました。特に「next」のフィードバック時の個性は、すごく滲み出ていました。

「next」を言う側の個性ですか?

阿部:もちろん言う側もそうですね。あくまでもこの企画塾は、個々の能力向上のためなので、フィードバックを提案する側も「相手に言ってはけない」などのルールは一切なし。相手のためはもちろん、自分のためにもフィードバックを出すというルールだったので、結構ズケズケ言い合っていました。「いつもこの子はこういう感じの深い所を突いてくるよね」など、フィードバックの出し方にもやっぱり個性がありましたね。

第一弾は、発売1週間で3万部を突破

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こうしてできた『進化思考』は発売後1週間で3万部を突破。海士町の出版社の第一弾書籍ということもあり話題を呼びました。最初に『進化思考』を出すにはどんな思いがあったんですか?

阿部:「人間の本質は創造性と関係性」という僕のプロデューサーとしての思いが少し関係しているかもしれません。

内山節さんという哲学者がこう主張しているんですが、「力も弱いし走るのも遅い。繁殖能力も低く生ものを食べたらお腹も壊す“人”という動物が、どうやって生き延びてきたのか」その理由を考えた時に、彼は“関係性”だと言ってたんです。例えば「馬と関係性を結んで速く走れるようになったり、火と関係性を結んでお腹を壊さない調理を覚えたなど、人同士はもちろん、違うものと関係性を結ぶことが、人が人たる所以。人から関係性をなくしたら人ではない」というのが彼の主張なんです。

そして僕は自分たちが何かを生み出すという“創造性”も人間の本質だと思っています。例えば手の皮が厚くならなくても熱いものを食べれるように箸という道具をつくったりしてきた。この『進化思考』という本は誰しもが創造性を発揮できるようにつくりました。適用と変異を繰り返すことで、強いものを生み出すことができる、誰でも新しいアイディアを出すことができる。この思考を身に付けたことで、僕自身が何かを考えるときにすごくやりやすくなりました。

「アイディアを出すことが得意ではない」という人が、これを使うことで創造性を発揮できるようになることは、人間の本質としてすごく大事な部分。新たな創造や実践を通じて、温かい関係性の社会をつくっていくことができると感じています。出版の順番がたまたまこうなったというのもありますが、そういう意味も含めて僕としてはすごく良かったです。

「知恵づくりの場」としての出版事業

出版後のステップは何かありますか?

阿部:ソーシャルデザイナーの太刀川君という実践者の知を『進化思考』として出しましたが、今後読者同士が本を通じて実践を分かち合う場面を、どのように仕掛けていくかが今のテーマになっています。実は太刀川君が島の高校生向けに授業をしたいと言ってくれていて。

「どうすれば温かみのある社会になるのか」と考えたときの「知恵づくり」の場として出版が存在するという感じです。そこで生まれた知恵をもとに研修も既に行おうとしています。人材育成事業を通して実践者を増やし、その知恵をつかって地域づくり事業で海士町でも何かやってみたり、他の地域で社会モデルをつくっていくという所に寄与したい。だから「出版が目的じゃない」というのが特徴ですね。

出版だけではなく、他の事業と噛み合うことで、初めて成立するんですね。

阿部:どうしても首都圏や都市に著者の叡智が集中しがちですが、東京から8時間かかる島にいながらも最先端の知恵を学べるということを実現していくと「新しい知が集う地域」になっていきます。これって「どうして地方が衰退してたのか」と考えたとき、人口や経済という理由はもちろんあるけれど、僕は「自分たちの未来を自分たちで考える力が下がっていった」と考えていて。

そうやって新しい知が集い自分たちで考える力が高まれば、地域も自身で自分たちのことをやっていける地の自立、いや“自律”に繋がるんじゃないかな。そうして世界が都市集中ではない地方分散型の自律した地域の集合体になっていくと面白いなと。そこへの一歩を踏み出す実験みたいな感じです。

この本をきっかけに、思い描くサイクルを回していきたいということですか?

阿部:そうですね。だから実践者の本を出したいですし、それは「温かい関係性のある未来」をつくるためのものでありたい。僕たち自身も日々出版企画をつくることに注力しています。

先日講演で一緒に登壇した人と出版社の話をしたら「思想を持った阿部さんと一緒にやりたい」と出版の打診が来たり。

やっぱり一つ提示するとレスポンスがあるんですね。

阿部:そうですね。僕たちの強みは、色んな事業を行いながら、社会を良くする実践者であること。本を出して終わりではなく、本も一つの武器として使いながら、僕たちの思想に共感してくれる著者とやっていきたい。また僕たちも、著者の活動や実践に共感できることが大事だと感じています。

あと根底にはやはり英治出版さんが「著者を応援する出版社」と言い切っているので、その思想もかなり入っています。著者がどのような社会を望んでいるのかを知ったうえで、僕たちの研修や地域づくりを活用しながら応援したい。

出版社としては規模が小さいなど弱い部分はありますが、著者にとっては自分が本を書いた先も「一緒に社会をつくっていく」出版社になっていきたいです。

それこそ「温かい関係性のある出版社」ですよね。

阿部:まだまだ偉そうな事を言っているだけでこれから具体的にやらないといけないんですけど、町長も応援して下さっているので、頑張っていきます。

ありがとうございます。今は次の本『(邦題未定)SPEAK PEACE』もつくってらっしゃる所ですよね?

萩原:コミュニケーションの意識の土台を変える本で、今年中に出版したいと思っています。ただ海外版権の関係で、「アプルーバル期間」というものがあって。きちんとした翻訳かというのを3ヶ月以内で調査する期間なんですが、印刷して出せる状態から最大3ヶ月延ばされるので、展開が読めない所はあるのですが、着々と進めています。

楽しみにしています。今回はありがとうございました。

今回の取材でわかったのは、東京からどれだけ離れていようが、デジタルが発達した現代なら離島でも出版社がつくれること。そして、その利点はどんな場所でも出版社を中心に「知恵づくりの場」が作れることだと感じました。こうした知をまわす循環がいろんなところで起こるといいなと思います。

共感された方はHPのほか、「海士の風note」や「進化思考特設サイト」にイベント情報がまとまっているのでぜひチェックしてみてください。

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