紙が好きすぎて世界一周した303日間、本にして出版できるか?
いま、紙にまつわるこんなおもしろいクラウドファンディングをしている人がいます。
「303日間の『世界の紙を巡る旅』を本にしたい!」
手漉き紙が好きすぎて、世界15ヵ国の紙工房と印刷所を訪ね歩いたkami/(かみひとえ)の浪江さん。いったいなぜそうなった? 実際旅に出てみてどうだった?
いろいろ気になって話を聞いてみたら、世界には紙の概念が吹き飛びそうなぐらい、とびきりおもしろい紙の工房がありました。
そんな話を一冊にまとめるためのクラウドファンディングは公開後わずか8時間で目標額を達成、現在は追加商品の印刷加工費に当てるため支援を募っています。
支援は11月30日(月)午後11時締め切りなので、興味を持った方はお早めに。
浪江由唯(なみえゆい)
1994年京都府生まれ。学生時代に工芸品の工房を訪問し、手漉き紙に魅了される。その後、ネパールの手漉き紙を研究。大学卒業後、岡山県の雑貨メーカー勤務を経て、kami/(かみひとえ)として「世界の紙を巡る旅」を行う。
紙って何がおもしろい?
ー僕たち出版社の人間も紙は好きですが、浪江さんが個人的に紙のここが好きっていうところってどこですか?
浪江:私は紙の中でも手漉き紙っていうジャンルが一番好きです。人の手で作られている紙が好きなので。機械で紙を作ると同じ紙をいっぱい作れるけど、手漉き紙は1枚から自分の興味に合わせたものを漉き込んで手軽に作れるのが魅力だと思っています。
この間も靴下屋さんからいただいた依頼があって。靴下のくるぶしの刺繍の裏側に出てる糸って工場で切り取られて廃棄されるらしいんです。それがいろんな色のきれいな糸なのにもったいないのでちょっと分けていただいて、それを漉き込んだ紙を作ってショップカードにしました。普段、紙とはちょっと遠いところにあるアパレルの部門ともつながって、その人たちらしいオリジナルのものづくりをしていけるっていうのが一番の紙の魅力です。
ーおもしろいですね。靴下の糸って予想外でした。木が原料っていう固定観念があるので。これっていろんな業種とコラボできそうですね。
浪江:そうなんですよね。紙に興味がある方って文具が好きな方が多いかと思うんですけど、そうじゃないところにも紙に興味を持ってもらえるといいなと思います。
紙漉き体験で考えた「本当の手仕事とは何か」
ー大学生の頃の手漉き体験がきっかけだと、クラウドファンディングのページで読みました。どんな体験だったんですか?
浪江:高知県の「かみこや」っていう紙の工房兼民宿をされている場所があって。そこで泊まり込みで紙を作る体験ができるんです。ロギールさんという職人さんがおもしろくって、元々オランダで製本をされて、和紙に出会ってから日本に移り住んだそうなんです。この方が「本当の手仕事とは何か」ということを大事にされている方でした。
紙を作る工程っていっぱいあるんですよ。漉くって場面以外にも、原料の木を刈り取って、それを剥いで柔らかく煮込んで、細かく砕いて。原料の加工の段階でも機械を一切使わずにやるのが本当の手仕事なのか、でもそれってすごい難しいよねみたいな話を聞いて。そういったことに最初に触れたのも大きかっただろうなと思います。
ー紙漉き体験といえば、あのドロドロをすくう場面しかイメージになかったです。
浪江:ちょうど大学生で研究テーマどうしようかなって思っている時期でもあったので紙に絞って調べてみたらおもしろかったのと、研究の卒論を書くためにネパールに取材に行ったりっていう中で、「手仕事の紙×海外」みたいな切り口で出会った人たちがみなさんすごいいい方で、だから5年間続けてこれて。
ーそれぐらい興奮させられる発見がどんどんあったんですね。
浪江:そうですね。紙に導かれるみたいな感じでやってますね。
行き先はガイドブックじゃなく『デザインのひきだし』で
ー大学では研究テーマを紙に絞って、ネパールに行ったんですね。
浪江:最初に首都のカトマンズに行って、タメル地区っていうエリアに紙のお店専門店がいっぱいあるので、そこに一軒ずつ行ってインタビューしまくりました。「なんでお店やってるんですか?」とか、ネパールの紙って「ロクタペーパー」って言われる紙で、「ロクタペーパーってなんですか?」っていう漠然とした質問をしてみたり。とても楽しかったですよ。タメル地区と2番目に大きな都市のポカラにも行きました。
ーその時は紙屋さんに行ったんですね。
浪江:そうです。本当は工房まで行きたかったんですけど、辿り着けなくて。滞在10日間で、そのとき聞いた話では「紙の工房行くにはトレッキングで往復1週間かかるよ」って言われて諦めました。で、大学を卒業してからは日本で雑貨メーカーに2年間勤めて、その後に303日間の旅に出ました。
ー雑貨の会社に勤めてる間も思いが消えなかった。
浪江:そうですね。いつか世界の紙や手仕事を見に行きたいなと思いながら働いていました。働きながら、どうやって海外のものを仕入れるのか、どういうものが今日本の雑貨業界で売れるのか、ということを学びました。ちょうど失恋とも重なって、自分を見つめ直したときに、「そろそろ、じゃあ行くか」と(笑)
ー行きたい国とか場所はリストアップしてたんですか?
浪江:そうですね。『デザインのひきだし』さんが出されてて、さすがだなと思って。デザインのひきだし22『紙』っていう特集です。世界地図とともに詳しい一覧を出されてて、それを参考にして1個ずつ紙の名前と国名で調べて、リストアップして行きました。
ー『デザインのひきだし』の人もこうやって旅に出るきっかけになったってのは嬉しいんじゃないですかね。
浪江:そうだといいなと思います。クラファンをしてすごい嬉しかったことの一つに、購入して下さった方の中に『デザインのひきだし』の関係者の方がいて、すごい嬉しかったです。
メキシコ-オトミ族の名もなき工房
ー303日間の中で、ここは衝撃的だったなぁって紙の場所とか国ってあります?
浪江:衝撃はダントツでメキシコです。工芸が盛んな場所なので紙もあるかなぁと思って、実際にさっきの『デザインのひきだし』にも載ってるんですよ。この紙です。
ーたいぶ個性的ですね。これは何って紙ですか?
浪江:「アマテペーパー」です。
ーどうやって作ってるんだろう。
浪江:意味わかんなくないですか。
ーほんとに工芸品って感じですね。
浪江:そうなんですよね。紙の原料を編み込んだりして。工房に行ったらこれが何百枚とか何千枚積み上げられてあって。よく見ると全部デザインが違うんです。しかも、私の身長よりおっきい2mぐらいのものも作ってて、とんでもないなぁと思いました。
ー作業量って果てしないですよね。
浪江:そうなんですよ。しかも、平らになっている部分は石で叩いて平らにしてるので、面積分叩かないといけないんですよ。ここも切りっぱなしじゃなくって軽石みたいな四角い石を使ってまっすぐ手で整えているので、効率とか考えだしたら絶対できないものづくりだと思いました。
ーここは何ていう工房ですか?
浪江:工房の名前もないんですよ。名も無き工房で、オトミ族っていう民族が住んでいる村がメキシコシティから5時間ぐらい車で移動したところにあって、そこで作ってる人たちが何人かいるっていう紙です。
オトミ族がいるメキシコのイダルゴ州はこのあたり
ーちょっと、今までの紙っていう概念ではない感じがしますね。
浪江:なのでこのアマテを見てから「紙って何だろう?」ってすごい思いました。
ー壁に飾るだけでもかなりよさそうですし。感覚的にはペルシャ絨毯みたいな域ですね。オトミ族恐るべし。
ちなみにフランスの高級ブランド「エルメス」がオトミ族の伝統刺繍をスカーフのデザインに採用していたりする
浪江:恐るべしです。これを日本でも作ろうと思って和紙の原料の楮(こうぞ)とかで何回か実験してるんですけど、上手くくっつかなくて、原料が違うからなのかな。
ーちなみに工程的にはどういう順番なんですか?このアマテは。
浪江:途中までは和紙とかと一緒で、和紙とかは細かくミキサーみたいなので砕くんですけど、それをせずに植物の繊維を手で割いて、それを大きい木の板の上に散らして石で叩き潰したり編み込んでいったりするんです。
ーすごいな。紙っていうものの幅が広がっちゃいますね。
浪江:こんなこともできるんだって思いました。こうやって見つけたものを帰国してから和紙の工房を訪問したときに職人さんとかに見せると、6、70歳超えた方もすごいびっくりして、「わしもやってみるわ」って言って、後日やってみた写真を送ってくれたりして、そういうのもすごい楽しいです。
ネパール-念願のロクタペーパーの工房
ー念願のネパールで行けなかった工房の話も聞いてもいいですか?
浪江:今回訪問したのはトレッキングで行く場所とは別の工房を紹介してもらえて、首都カトマンズの郊外にある工房「Tibetan Handicraft & Paper」さんです。そこは紙づくりのほかに、シルクスクリーンで印刷したり、ノート作ったり箱にしたりっていう紙の加工を担っていらっしゃる場所だったので、工場の中で一貫して紙にまつわるものづくりが全部見れる場所でした。
ーすごい、外で作るんですね。ここで作っているのはさっきの「ロクタペーパー」ですか?
浪江:そうですね。紙は全部「ロクタペーパー」ですね。
ーちなみ「ロクタペーパー」ってどんな紙なんですか?
浪江:ロクタが植物の名前で、ロクタで作られた紙っていう。紙自体の特性としてはロクタの植物の繊維が長いので割と強度のあるしなやかな紙になって、光沢がある高級感のある紙です。
ー綺麗ですね。原料でそんなに変わるんですね。
浪江:そうですね。
ーどうでした? 念願のネパールの紙工房に行けて。
浪江:感動しました。「やっと来れた」と思って。あと、ネパールに行ったタイミングは旅の後半だったので、世界のいろんな紙を見たうえで来ることができたし、学生の頃よりも英語でいろんなことを聞けるようになっていたし、紙を見るポイントもちょっと増えていたりして。
ーどんなことを聞くんですか?
浪江:製法、作り方の細かい部分と、紙に関わる人たちがどうして紙に関わっているのかっていうのが一番気になるところ、それとその人にとっての紙の認識とかも気になるので、その3つは聞くようにしてます。
ー紙に関わる理由ってどんな答えだったんですか?
浪江:答えはだいたい2つのどっちかで、「親がやっててそれを引き継いだ」っていう答えと、「売れるからやってる」っていう答えです。
ー売れるからっていうのは確かにまっとうですよね。
浪江:日本で工芸に関わる方が「売れるからやってる」って言っているのは聞いたことなくて、すごいおもしろいなあと思って。
ー確かになぁ。日本だと後継者がいないという話になるけど、当たり前のように紙の仕事があるんでしょうね。
浪江:今は海外への輸出やお土産としての産業としてネパールの紙は根付いていますね。
本文用紙は11種類も使います
ー今回作る本はどんな本になる予定ですか?
浪江:内容としては、わたしが行なった303日の紙を巡る旅の、どうして旅に行ったのかみたいなこともそうだし、世界各地にどういう紙があってそれがどう作られてどう使われてどんな人たちが作ってるのかっていうことを1冊の本にまとめています。
ー今聞いたみたいなエピソードも入ってくるってことですよね?
浪江:入ってます。
ーやっぱり具体的なエピソードがおもしろいなあと思って、発見がすごいですよね。自分じゃ紙の工房まで行くってかなりハードル高いし。
浪江:確かに。現地の人にも言われました。英語が通じないタイの田舎を周るときに通訳をお願いしたくて、ゲストハウスで仲良くなったタイの方に一緒に来てもらったりしてたんですけど、「これは仕事か?」ってよく聞かれて。趣味だって言うと、「そんなやつ出会ったことねーよ」って言われました。
ータイの人でさえ行かない(笑)。
浪江:行かないですね。
ーそれを知れるというのはかなり嬉しい本だなぁと思いました。あとは、カバーがロクタペーパーを使っているというのがいいなと思って、これって実際行った工房の紙なんですか?
浪江:そうですね。さっきの「Tibetan Handicraft & Paper」さんから取り寄せて、無事に届きますようにと祈りながら。
ーそうなんですね(笑)
浪江:今ネパールの飛行機が少なくなってて、輸出のタイミングが全然読めないんですよね。
ーほかに何かこだわった部分はありますか?
浪江:地域ごとに本文用紙を変える予定です。アジア編はこの紙、次のヨーロッパ編に行ったら違う紙に。旅の月日の流れとともに紙が変わるので、1冊の本で11種類の本文用紙を使っています。
ーすごいなぁ。「藤原印刷」さんが関わっているんでしたっけ?
浪江:そうです、カバーのシルクスクリーン印刷の部分以外は「藤原印刷」さんにお願いしていて、実際最初に刷る2000部はわたしが機械に紙を入れたり、特色のインクをつくったりしに行きます。
ーすごいですね。
浪江:そんなことさせてもらえるんだと思って。なので特色に関してはデザイナーが思ってる色と違う色になってもごめんなさいって。そういうものですっていうのでお願いしていて。なのでその様子とかもSNSとかで報告していけたらなぁと思っているのと、その印刷の一連の流れの体験を一緒に体験してもらえるリターンも入れているので。
ー特装版を一緒に作ったりとかも。
浪江:はい。
ー楽しみですね。
浪江:刷り上がりが1月後半で、発売が1月末になると思います。
ーもう追い込みですね。お忙しい中ありがとうございました。
〈書籍情報〉
『 世界の紙を巡る旅』
A5サイズ変型、256ページ
出版予定日:2021年1月下旬
著者︰kami/ 浪江由唯
版元:烽火書房 (s.shogo0315@gmail.com)
◇
「紙」と一言でいっても、その世界はほんとに奥深い。自分も旅が好きですが、「好き」なことと旅が掛け合わさることで、こんなにおもしろくなるのかと驚きました。浪江さんはその旅を本にして出版するという夢を、いま叶えようとしています。支援は11月30日(月)締め切りなので、興味を持った方はお早めに。
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