中学生と絵本作家にインタビューしたら出版社も知らなかったこだわりを聞けました
ことしもライツ社に職場体験の中学生が来てくれました。しかも6人も。ちなみにライツ社の社員数も6人です。
「せっかく出版社に興味を持ってくれているんだから、いろんな体験をしてもらいたい」という一心で全員に来てもらいました。
1週間の期間中、編集や営業の仕事を体験、一緒に「明るい出版業界紙」の取材も体験してもらいました。人数が多いので、3人ずつ「絵本作家チーム」と「小説家チーム」にわかれての取材。
今回は画家・絵本作家のたなかしんさんへの取材の模様をお届けします。新作絵本『おたんじょうび ふ〜』のことから絵の上達方法まで中学生たちが聞きまくりますよ〜。
なんで絵本作家になったの?
―:さっそくですが、みんなに質問を考えてきてもらったので、お願いします。
しん:よろしくお願いします。
Hさん:まずわたしからです。たなかしんさんはなぜ絵本作家になられたんですか?
しん:もともと、小さいころから画家になりたくて。小学校3年生のころの夢がもう画家だったんです。
ー:これ、なんですか?
しん:これぼくなんですよ、じつは。
ー:えっ!
しん:大阪の美術教育研究大会の冊子で、その表紙がぼくが一生懸命なにかをつくっている写真だったんです。それぐらいぼくはつくることになると夢中になる子どもで。この写真は新聞にも掲載されたり、紙袋にもなっていたんですよ。この大会が開かれているとき、街中の人がぼくの顔の紙袋を持って。
ー:街を歩いていた(笑)。
しん:よく見ると、いまのぼくの「たなかしん」っていう作家名、名札にひらがなで「たなかしん」って。
ー:ここにルーツが。
しん:それから小学校の先生が美術をすごく好きな方で、図工の時間にピカソとかゴッホの模写をさせてくれてたんです。それがぼくはすごく好きだったし、うまく描けた。そういうこともあって画家になったんです。でも画家や美術家は表現することが仕事であって、それは絵にかぎらないですよね。22歳のころに、もっと自分に向いている新しい方法がないかなって思っていたときに『アンジュール』っていう絵本に出会ったんです。
しん:たくさんのデッサンが描いてあって文字がない絵本。それを見たときに「たくさんの絵で一つのことを表現するのってすごくおもしろいな」って、それで絵本らしきものをつくったのがはじまりです。
絵を上達させるコツは?
Eさん:絵を上達させるコツはありますか?
しん:いっぱい描くことです。はじめはまねでいいと思います。だれか好きな人の絵を描くとか。ぼくはゴッホやピカソの模写をしていたけど、その人になりきって描くとけっこううまくなるんですよ。
ー:なりきる。
しん:美術館に行ってよくやるのが、自分がイチからその絵を描いてみるんですよ。絵の前に立って、頭の中でね。バーって。
ー:すごい(笑)。
しん:頭の中で描いてみると一枚描いたような気持ちになるんです。あとはよく見ること。頭の中で描くのも、たぶんよく見る勉強になっていると思う。見れば見るほど描けるようになります。どんなことも見逃さないことかな。ぼくはそれが好きでずっとしていたから模写もうまくなって。落ち葉の絵があるんですけど、あれとかも。見たことあります?
Eさん:作品集で見ました。
しん:これはぼくが20歳ぐらいのときに描いた作品なんです。高校の美術の授業のときも、デッサンで友達の顔を模写をすることがあって、ぼくはそれがめちゃくちゃうまかった。みんな15分かけても描けないけど、ぼくは5分ぐらいで描けたからね。
ー:えー、すごい。
しん:先生も「きみは絶対に美術の世界に行ったほうがいい」と言ってくれて自信をつけたっていうのもあるかな。でもぼくは美術部とか画塾、なんなら普通の塾も行ったことがないんです(笑)。ほんとうにお金がなかったから、そういう学びの場に行ったことがなくて。
ー:それでもたくさん描いていれば。
しん:そう。たくさん描くことと、よく見ること。
どうやってお話を思い浮かべる?
Hさん:どうやってまっさらな状態からお話を思い浮かべるのか知りたいです。『おたんじょうび ふ~』はどうやって思い浮かべましたか?
しん:まずライツ社さんと本をつくるにあたって、「将来何十年たっても、なんなら100年たっても愛されるような本をつくりたいね」という話をしていました。愛されるってことを考えたときに、だれにでもやってくる特別な日って、ぼくは誕生日だと思う。みんなそれぞれに誕生日があって、あしたもあさってもだれかの誕生日。つまり特別な日が毎日続いている。そんなめでたいことってないよね。とくにライツ社さんがはじめて出す絵本だし、めでたいものを作りたいなって思って。
ー:ふーってする部分はどうでしたか?
しん:ぼくは子どものときにふーってするのが大好きだったから。きっといまも好きかな?
しん:最近は子どもに全部さきにふーってされてしまうから、なかなか自分でできないんだけど。
ー:ぼくもです(笑)。
しん:ぼくは子どもが2人いるんですけど、2人がいるときにケーキにろうそくを立てて火をふーってしたら、次に妹が「わたしも! わたしも!」って、何回も火をつけて。こんな楽しいことを本にできたらいいなと思って。
ー:いいですよね。
しん:そして、ライツ社さんから「海外ではお誕生日のふーってろうそくの火を消すのは、願いごとがかなうっていう意味があるんですよ」という話を聞いて。ふーって消すだけでも楽しいけど、そこに願いがかなう要素が加われば、また一つ楽しくなるなって。
しん:そして動物がふーってしたあとに願いごとを教えてくれる。読んでいるときに、たぶん子どもたちは「自分だったらなににしようかな?」って考えながら読んでいると思う。
しん:最後に自分の番がきて、そうしたらもう口に出して言ってくれるかもしれない。一生懸命ふーってして、最後のページには願いごとを自由に書くことができるようになっていて。これはとっても幸せな本になったんじゃないかな。そうなったらいいなと思って描きました。
ー:絵はなにから描きはじめたんですか?
しん:まず、なるべく身近な動物にしたかったんです。たとえばイヌを飼っている人もいるだろうし、ウサギやネコを飼っている人もいるだろうし。身近な動物たちがやってくれることで、より親近感のある本になるんじゃないかなと思って。
しん:よく見るとケーキの上のロウソクの数がカウントダウンになっていて。4本が3本になって2本になって1本になって。そういう楽しい本になったらいいなって、身近な動物とロウソクのカウトダウンにしたいというのは決めていました。
『おたんじょうび ふ~』で大切にしていたこと
Hさん:『おたんじょうび ふ~』の本をつくるときに大切にしていたことはなんですか?
しん:子どもたちがどう楽しんでくれるか、もらった人が幸せな気持ちになれるかどうか、というのをすごく考えました。
ー:幸せな気持ち。
しん:そう。男の子も女の子も共通して楽しいことであったり、自分が小さいころしたかったこと、うちの子が好きなこと、そういう身近なお手本に教えてもらいながら。そうしたらおなかいっぱいおいしいものを食べたいとか、歌を歌いたいとか。ちなみにうちの娘はいま「アイドルになりたい」とか(笑)。
ー:ネズミさんのやつだ。
しん:勝手に歌をつくって歌ったりとかね。
ー:うちの子もしてます(笑)。
しん:子どもの幸せな気持ちや、やりたいことを考えて描きました。ちなみに、ここにテントウムシがいたりとか。テントウムシってヨーロッパでは幸せを運んでくれる虫で「天の使い」って呼ばれているんです。
ー:そうなんだ。
しん:じつはこっそりいろいろ込めていて。どんな季節の子にも喜んでもらえるようにしています。ネコさんはちょっと夏っぽいですよね。ウサギさんは秋っぽいでしょ、色が。
ー:ほんとうですね。
しん:じつはぜんぶ季節になっている。これはライツ社の人にも言ってなかったんですよね(笑)。
ー:知らなかった。何回も読む中で気づくところも絵本の魅力ですよね。
しん:こういう絵本って何十年たっても大事にしてほしいと思っていて。大人になってから気づくことがあってもおもしろいなと思います。たとえば最後のページに生まれたときの体重を書いておいたり、その子だけの本がつくれるんですよね。育児手帳って、意外と見返したりすることがなくて。でもこういう本で置いていたら、きっと何グラムで生まれたとか、名前に込めた想いとか、わかるよって。そして、自分の子どもができたときにこれを読んであげたら、「あれ? ここにママの名前が書いているよ」「わたしはこの体重で生まれたのよ」って。そんな一生愛してもらえるような本になればと思っています。
生きるうえで大切にしている言葉
Hさん:心に残っている言葉や生きるうえで大切にしている言葉はなんですか?
しん:ぼくの座右の銘みたいなものは「芸の道は長く、人生は短い」。中学校ぐらいからずっと思っていることが「ぼくの命はあと2年だ」って思って、一生懸命生きようと思って生きています。たとえば作品を1個つくるにしても2年あったらなにかできそう、たとえば死ぬまでにだれかに喜んでもらえることをしようとか。そういう自分の目標みたいなものが2年あればなんとかできるんじゃないかな、というふうに思っていて。
ーそうだったんですね。
しん:中学校の2年ってぼくはすごく長いと思う。学校っていうのは不思議な場所で、気の合わない人もいっぱいいる、当たり前だけど。しんどいこともいっぱいある空間だし、ぼくは学校が苦手だったけど、その中でできることは、「人と比べない」っていうこと。自分の幸せの基準を人に置いたら絶対ダメで。人と比べるとうらやましいと思ったり、夢を人に合わせると幸せになれないってことをぼくはわかってる。とくにうちの家はすごく貧乏だったんです。お小遣いなんてないし、服もおさがりばかりだし、ランドセルもお兄ちゃんのおさがりで行っていた。そうしたらついに6年生のときにランドセルがブチってちぎれて(笑)。最後は1人だけ親のリュックを借りて行っていました。
ー:えー!
しん:もし、これを人と比べていたら途中でくじけていたんじゃないかなと思う。でも自分の心の中を見つめていたら、自分を知れる。この「自分を知る」っていうこともすごく大事。なにをしていたら自分は楽しくて、なにをしていたらそうじゃないのか、幸せの基準を自分の中に持てるから、こうなりたいと思っている自分が少しずつ近くになってくる。たとえばぼくが絵がうまくなったように。大事なのは、「自分の幸せを人に合わせない」っていうこと。
若いときに挫折した経験は?
Mさん:いまはすごく有名な作家さんだけど、若いときに挫折した経験とかはあるんですか?
しん:絵本を描きはじめて、すごくいい作品がいっぱいできたと思って東京の出版社に持ち込んだんですよ。そしたら「おもしろいけどもっと有名になってから来てくれる?」って言われて。「君がおもしろい本を出したとして、でもおもしろい本は世の中に山ほどあるし、同じおもしろい本だったら有名な人が描いたほうが本屋さんが置いてくれる」って。
「どうやったらいいですか?」と言ったら、「有名な賞を取るとか、そういう世間に認められてから来てほしい」と言われて。
でも、諦めるんじゃなくて、「どうしたらいいかな?」と思っているときにイタリアでボローニャ国際絵本原画展という世界最大の絵本の見本市があることを知って。そこにはいろんな国から2000社くらいの出版社が来るんですよ。「2000社もいたらぼくの本を好きな人がいるんじゃないか」と思って。なので24歳のときに英語もしゃべれないのにイタリアに売り込みに行って。そしたらその場で台湾の出版社と出版が決まったんです。
ー:最初の絵本は台湾からでしたね。
しん:そう。「自分の作品を好きになってくれる人がいた」って思って、へこんでいた気持ちが盛りあがって。日本に持って帰ってきてからまた東京の出版社に連絡をしたんだけど「いや、まだそれでは無理です。もっと有名になってくれないと」と言われて、そこからもう自分で出版社をつくって。
ー:自分でやったんですね。
しん:なので、ぼくは挫折を挫折と思わない。なんせぼくは人生2年しかないと思っているから挫折しているひまがないんです。あと2年でできることを探さないといけないから。いまもあと2年しかないと思って生きているから、できることはやってしまおうってつねづね思っています。
ー:先のばしにしない。
しん:あとは挫折というのも「なにを挫折と思うか」ですよね。なんなら、ぼくは人が生きているだけですごいと思っている。だからぼくはみんなに対して対等で、小学生とか保育園児も対等だと思っています。そして、その子たちに届くように作品をつくりたいと思っています。人が幸せにしているのって幸せな気持ちになるし、そういうことをするためには挫折しているひまがなくてね。いまできることをしたいと思っています。
一同:ありがとうございました。
しん:参考になりましたでしょうか?
Hさん:お話を聞くまでは文章に注目してたけど、お話を聞いたら絵本の絵の細かいところまで、すごく考えて描いていらっしゃったから、これから絵本を読むときはそういうところにも注目していきたいなと思いました。
Eさん:ふだん絵本作家さんとは関われないしお話も伺えないので、とても貴重な体験ができたと思います。ありがとうございました。
Mさん:なんだかもうしんさんのすごい話ばかりで。毎回泣きそうになるくらい。人生観がわかってほんとうにいい時間でした。
しん:ありがとうございます。ありがたいですね。
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みんなに取材してもらったたなかしんさんの新作絵本『おたんじょうび ふ〜』は12月7日から全国で発売中です。
12月14日からは阪急うめだ本店で個展もはじまっています。『おたんじょうび ふ〜』の原画展示やグッズ販売もしているのでぜひおこしください。
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