目は見えなくてもハイクオリティ 文字起こし専門集団「ブラインドライターズ」
文字起こし。取材音声を聞きながらテキスト化していく作業ですが、これはライターにとってはかなりボリュームの大きい作業です。
ブラインドライターズは、ほとんどが視覚になんらかの障害のある方たちが所属する文字起こしのプロフェッショナル集団。ライツ社もお世話になっていますが、質のいい起こしを渡してくれます。
みなさんどうやって作業をしているんだろう。どうしてそんな高いクオリティを保っているんだろう。
今回はそんな疑問を胸にプロフェッショナルたちのお仕事の裏側を取材させてもらいました。
お願いしてみたら自分より高いクオリティだった
―ブラインドライターズはどのように始まったのですか?
和久井:あれは2015年ですね。わたしのもとに「8時間の取材を、3週間で1冊の本にする」という依頼が来たんです。
―聞いただけで大変そうです。
和久井:当時わたしは「Co-Co Life☆女子部」という障害をもつ女の子向けのフリーペーパーの編集をしていたのですが、そこのメンバーに相談したところ、当時制作の手伝いをしていた松田さんを紹介してもらいました。
そこで松田さんにお願いしてみたら自分が起こすよりもクオリティの高い原稿が上がってきたんです。
そこから取材案件などをお願いしていたんですが、その様子を見たメンバーが『ブラインドライター』という名前をつけて松田さんの個人ページをつくったんです。
―それが名前の由来なんですね。
和久井:名前が世に出るようになってからは「すごい仕事だ!」とSNSでバズったり、著名な方がリツイートしてくれて、どんどん仕事が来るようになりました。翌年には1人では起こし切れない状態でしたよね。
それであらたなメンバーを入れて。またパンクし、人を入れてというような。過去に3回ぐらいパンクしてます(笑)。
―なるほど(笑)。脱皮を繰り返してきたような感じですね。
30名、いろんな人が活躍
―いまは何名の方が所属されているのですか?
和久井:いまは30名です。(編注:取材時)
ーたくさん所属されているんですね!
和久井:視覚に障害がある方たち以外にも、車いすの方や発達障害、脳性まひ、光のアレルギーで外に出られない方や慢性疲労症候群の方もいます。
校正を担当している小川さんは晴眼者ではありますが、頸椎損傷のため四肢に麻痺があります。
―みなさん、いろいろな状況なのですね。
和久井:ちなみに、今年に入って7名辞めての、30名ですね(笑)。
―なんと。続けることは、むずかしいのでしょうか?
和久井:ブラインドライターズでは、まず「1時間分の取材の文字起こしを、1週間で仕上げる」というトライアル的な宿題を出しています。そこでかなりの人がいなくなりますね。
―なるほど。ぼくも文字起こしはけっこうやってきましたが、大変ですよね。
和久井:そうですね。なにしろうちの仕事で一番大事なのは「期限内に責任を持って仕事を仕上げられるか」なので。
自己紹介
―さて、みなさんお待たせしました。お話を聞く前にお1人ずつ自己紹介をお願いできますか?
小林:小林直美です。文字起こしをしています。東京都在住で、好きな芸能人は福山雅治さんです。
藤本:大阪府出身、東京都在住の藤本昌宏と申します。生まれつき全盲の視覚障害があり、2017年からブラインドライターズで文字起こしをしています。好きなものはアニメと鉄道旅です。
松田:静岡県出身、東京暮らしの松田昌美です。全盲の夫と2人暮らしをしており、趣味は料理をつくること。わたしが先ほどのブラインドライターズのきっかけとなった8時間の音源をいただいた者です(笑)。
―おおー!大変でしたね。
小川:小川ゆかと申します。生まれも育ちも北海道で、現在も北海道在住です。校正と新人さんのチェックを担当しています。今年の3月で丸2年になるのですが、ずいぶん古株になってしまいました。会社自体が若いので、もう2年いるとそこそこに古株扱いをされてしまいます。
徹底した自動化でミスをなくす
―たとえばぼくが音源をブラインドライターズさんに送ったあと、どんな流れになっているんでしょう?
和久井:フォームに入力された依頼内容がスプレッドシート化され、必要な部分が自動的にSlackに流れるようになっています。
Slackには依頼内容というチャンネルがあり、情報がどんどんたまっていきます。そこでメンションされた人が仕事を担当していく流れです。
―その振り分けは、だれが決めるのでしょうか?
和久井:「やれる人いますか?」と公募にかけることが多いですね。それで決まらなければ個人的にメンションして、できるか聞いています。
―初歩的な質問なのですが、目の見えないみなさんはどのようにSlackを確認しているのでしょうか?
藤本:基本的には、画面を音声で読みあげるソフトを使って、Slackもそのソフトに紐づけて操作していてます。返信するだけではなくリアクションをつける機能もあるんです。ショートカットを覚えるなど大変なこともあるんですけどね。
ー担当が決まったあとに、音源もその方に送られるんですか?
和久井:はい。音源は別途Dropboxでファイルのやりとりをして、各担当のフォルダに格納していきます。
―とてもシステマチックですね。
和久井:お金も稼げないのに事務に手間をかけても仕方がないじゃないですか。
松田:そうですね。手作業が増えると結局ミスが増えるので、できるところは全部自動化して、いいものがあれば試すようにしています。「ここがそろっていないとおかしい」というように、ダブルチェックができるように管理もしています。
―具体的には?
和久井:管理表とfreeという会計ソフトの両方で入金確認をしたり、管理表とDropbox内の未振り分けというフォルダで、担当者が決まっていない案件を確認するなどです。
ーなるほど。
「もにょにょみゅあ」大阪の地名で苦戦
―以前、ぼくから依頼した音源で、大阪の地名がむずかしくて、Slackでみなさんがやりとりしていると聞いたのですが、たしか、松田さんが地名に苦戦していましたよね?
松田:まったくの無知だったので、Google先生が大活躍でしたね。インタビューの音源をそのまま検索にかけると「もしかして?」というものが出てくるのですが。「森ノ宮」には苦戦しました。はじめは「もにょにょみゅあ」で聞いていました……。
―話し手のおじいさんの滑舌もなかなかむずかしかったですよね。
松田:それが逆に味がありましたね。その方の味をどうやって文章で伝えようかと考えたり、わかるまでの冒険がとても楽しかったです。
―冒険ですか。探求心がすごいですね。
音源によってヘッドフォンも使い分け
―みなさん、起こし作業にどんな機材を使っているのかが気になります。
藤本:SlackやDropbox、Wordなどです。あと文字起こしのアプリですが、実はブラインドライターズのメンバーで、プログラマーでもある野澤さんという方がいるんですが、つくってくれたんです。
ーつくったんですね!
藤本:音源を聞きながら打ち込めるアプリと、テキストを基本フォーマットにレイアウトしてくれるアプリを開発してくれて、その2点で作業をしています。タイムスタンプを入れたり、基本的なフォントの調整などはアプリ上で行えます。
―すごいですね。
松田:聞き取りにくい音源の場合も、ボリュームや速度をいくらでも調整することができます。ヘッドセットやイヤホンもいくつか持っているので、この音源のときはA、この音源のときはBがいいと地味に使い分けています。
―おおー。聞こえ方は変わりますか?
松田:メーカーそれぞれで聞こえ方が変わりますし、音源を再生するアプリもいくつか使っています。一度聞こえたものは絶対に聞きたくなる性格なので、なにを言っているかを突き詰めるために「いくらでも聞いてやるぞ!」という強気な態度で音源を起こしています。
―すごいメンタルの強さ(笑)。小林さんはいかがですか?
小林:わたしは野澤くんがつくってくれたものになかなか慣れなくて。音質、速度、ボリュームの調整ができるフリーのソフトを使っています。指が足りず再生や停止などができないので、すべてフットスイッチで行っています。
―フットスイッチ?
小林:再生や停止、戻るということを全部足で行っているんです。
ー便利ですね。
小林:わたしはロービジョンといって少し見えるので、画面を拡大して文字を見たり、メモ帳のアプリで字を大きめに設定し、白黒反転で表示させています。
―そうなんですね。小川さんは校正をするとき、どのようなものを使っていますか?
小川:わたしは見えますのでWordを使っています。音声の再生ソフトで聞きながら、誤字・脱字のチェックなどを行っています。基本的に片手しか動かせないので、『記者ハンドブック』の電子辞書をダウンロードして、文字を打ち込みながら辞書を引いて作業しています。
―なるほど。電子辞書なら検索できますね。
文字の変換、どうしてるの?
―疑問なのですが、みなさん文字の変換はどのようにされているのですか? 通常はスペースキーを押して変換候補の一覧から選びますよね。
藤本:たとえば「かもしれない」と打ちたいとき、スペースキーを押すと「ひらがなの『か』、ひらがなの『も』、知識の『知』、ひらがなの『れ』、ひらがなの『な』、ひらがなの『い』」というように、用例をソフトが読みあげてくれるんです。ただこれだと「かも知れない」になりますよね?
そこでもう1回スペースを押すと「ひらがなの『か』、ひらがなの『も』、ひらがなの『し』、ひらがなの『れ』、ひらがなの『な』、ひらがなの『い』」と読みあげてくれるので、そこで決定を押します。
―そうなんですね。
藤本:ちなみにカタカナは「カタカナの『イ』」ではなく、読みあげる声の音程が少し低くなります。「りんご(中音)」がひらがなだとしたら、カタカナは「リンゴ(低音)」になっていたり。ほかには英数字も全角は低くて半角は高いというように、一応判別ができます。
―ほんとに耳で判断するようになっているんですね。松田さんは、変換に関して苦労しているところはありますか?
松田:はじめは校正の際に「ここはひらがなだよ」ということを教えてもらい「ほうほう、なんでも漢字にすりゃあいいわけじゃないんだな」と感じました。あらためて日本語や文字のむずかしさや奥深さを知りましたね。
―そうですよね。あらためて日本語ってむずかしいですよね(笑)。
小林さんはロービジョンとうことですが、変換については拡大して見ているんですか?
小林:わたしもほぼ音声で行っているのですが、どうしても意味がわからない漢字の場合は拡大で見ることもあります。「〇〇の旧字」という説明がたまにあるのですが「旧字ってどんな字だ?」ってなりますね。
ー?
藤本: 「わたなべさん」でも「渡辺さん」だったり「渡邊さん」だったり。「たかはしさん」も「高いの俗字(髙)」と言われても「俗字ってどういう字だっけ?」と悩みます。
文字の羅列ではなく、雰囲気も起こす
―普段から気をつけていることはありますか?
藤本:さまざまなタイプのものを起こすんですが、それぞれのモードやテンションに合わせて起こすようにしています。
たとえば、裁判なら基本的には聞こえたままを起こし、論文では情報をシンプルに仕上げますが、よさそうな雰囲気を感じたら「(笑)」をつけたりもします。ほかに、若い人が話しているときは、若者言葉のままで起こしてみたり。なるべくただの文字の羅列ではなく、雰囲気を伝えられるような起こしにしたいと思ってやっています。
―同じ文字起こしでも、さまざまな方法があるんですね。
藤本:余談ですが、ライツ社さんの書き起こしで一番楽しかったのが、小説紹介をされている、けんごさんの取材なんです。というのも、けんごさんとわたしがとても年齢が近いということもあって、刺激になって。
―そうでしたね!おかげさまで、たくさんの人に読んでもらっています。小林さんは気をつけていることありますか?
小林:わたしは句読点の位置を気にしていますね。点の位置で意味が変わってしまうこともあるので。あとは読みやすいように、平仮名を続けない。ほかに著名人のインタビューは、できるだけその人の言い回しを残し、雰囲気を出すようにしています。やはり雰囲気を残して文字にすることは人にしかできないですよね。
―たしかにそうですね。みなさんの書き起こしを見ていると雰囲気が伝わってきます。
小林:ありがとうございます。
品質を担保する赤ペン先生
―小川さんは指導役もされているということですが。
小川:それは実際に指導を受けている方に聞いたほうがいいですね。みんながどのように受け取っているか、わたしも聞きたいので(笑)。
―では藤本さん、お願いします(笑)。
藤本: 指導方法は、自分の表記の横に正しい表記を書いてくれています。たとえば「さまざま」と書くときに「漢字の様々になっているけれど、この場合は平仮名ですよ」という感じで。また「これは癖になっているかも」と書いてくれているので、気をつけないといけない箇所がわかります。
―それはわかりやすいですね。
藤本:そして、最後に総評があって、「最近疲れてないですか?」とか、逆に「内容は詳しく理解しているから惜しいですね」というコメントが書かれているんです。ただのフィードバックだけではなく、「ちょっと前向きになれた!」という評価をもらえるので、チームワークのよさを校正の人たちからは感じています。
―赤ペン先生のような感じ?
小川:そうですね。イメージとしては、赤ペン先生そのものです。オンライン上でつながっていると、やりとりの手段がメッセージと音声通話しかないわけですよ。なので、こちらの意図をどのように伝えるかはとても気にして書いています。
コメントつきの文字起こし
―書き起こしの最後に書いてくれるコメントがとてもうれしいです。これはいつからですか?
和久井:サービスとして始めたのは3年前かな? もともと松田さんがコメントをつけて送っていたんです。それをうちの色にしようと提案しました。あとつくっている最中、クリエイターはほかの人の意見を聞けないじゃないですか?
―そうですね。いつも不安です。
和久井:意見が聞けたらうれしいだろうなと。でも仕事の種類によって、必要ないというところもけっこうあるんです。
なのでクリエイティブ系にはつけるなど、方向をきちんと整理していく予定です。
―松田さんは、なぜコメントを始めたんですか?
松田:文字起こしをしたことのお礼をクライアントに伝えたくて始めました。はじめ和久井さんと2人でやっていたころ、文字起こしの業者がほかにもたくさんあるなかでわたしを選んでくれたことへの感謝を伝えようとスタートしたんです。
和久井:あれは、そんな謙虚な気持ちで始まったんだ。
―そうですよね。通常は起こした人は直接やりとりしないですし。
松田:そうなんですよね。その方からコメントに対するお返事はなくても、わたしはお礼を言うべきだと始めました。それをクライアントから「コメント良かったです」と言ってくれるのは、わたしにとって驚きでした! 後輩のライターたちも受け継いでくれて、会社の決まりになったというのはとてもうれしいですね。
松田:わたしたちにとって、クライアントに「そのコメントうれしいですよ」と言われると、うれしくてテンションが上がります。
―なるほど。いいなあ。
和久井:コメントをうちの売りにしようと決めたとき、「自分の気持ちの表現は、仕事をするうえで大切。その訓練をしましょう」と言った覚えがあります。相手にとって気持ちがいい言葉を、自分の言葉で表現することは、絶対に仕事で有益なので。
―そうですね。 これから文字起こしを始めたい人は、ブランドライターズに連絡をしたら訓練を受けることになるんですよね?
和久井:はい。トライアルを受けていただき、大丈夫であれば契約という感じです。
―全国各地?
和久井:全国各地ですね。どこでも。北海道から九州までさまざまです。たまに英語の起こしもあって、うちでは請け負い切れないので、海外からの応募もOKです。
―PR的なこともひとことお願いします。
和久井:文字起こしだけではなく、原稿作成や要約、字幕作成まで手がけるサービスを開始しました。これまでのスキルを活かして、新しい事業にも取り組んでいます。また既存店のバリアフリー化や、ゲームやサービスのアクセシビリティ化の企画や提案も行っています。障害によって選択肢が減ることのない社会を作りたい。
―どんどん新サービスも始まってるんですね!
和久井:あとは「お忙しいときにすみません」という謙虚なクライアントさんがいらっしゃるのですが、いつでもなんでもいいので仕事ください(笑)。
―ありがとうございます。ではまた、こちらの文字起こしも依頼させていただきたきますね。
全員:やったー(笑)!
ライターや編集者のみなさん、ブラインドライターズさんおすすめですよ。
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