お客さんが推し本をセレクトできる「じぶん書店」 ダイハン書房@園田
地域の中の書店の役割ってなんだろう? 単に本を売るだけの場所ではないと思っている方は多いはず。
その小さな回答の一つとして、お客さんと一緒になって、書店を、地域を盛り上げる「じぶん書店」という取り組みを行っている書店があります。
大阪の梅田から電車で約10分、園田駅近くの「ダイハン書房本店」です。商店街や住宅街が広がる、町の書店の一角にこんなポスターが貼られていました。
本屋じゃないけど、勧めたい本がある。
ぜひ味わってほしい世界がある。
そんなあなたが店主となって開く、
ちいさな本屋「じぶん書店」
「じぶん書店」とは、棚の一角を地域のお客さんに使ってもらい、お客さんの推し本を置くというもの。この書店とお客さんとの共同作業とも言える取り組みは、反響が大きく第2弾、第3弾と続いているようです。ダイハン書房の書店員・山ノ上さんとじぶん書店第1回の店長・中西さんに話を伺いました。
実はお客さんからの提案だった「じぶん書店」
ーこの取り組みは、そもそも何がきっかけで始まったんですか?
山ノ上さん:
実は第一回目の店主だった中西亮さんのアイデアがきっかけになったんです。今まで私も、地域を盛り上げようと方法を探していたんですが、なかなか実行に移すことができず、悶々としていて。そんな時に、梅田の紀伊國屋書店で行われたイベントへ参加して知り合ったのが、中西さんでした。
「園田の小さい本屋なんです」って挨拶したら、「僕、園田に住んでるんです!」と返ってきて。彼は梅田の百貨店に勤めているんですが、プライベートで園田の街を応援する「園田海援隊」というのを友人と結成していて、なかばそこに巻き込まれるような感じで(笑)、この企画が始まりました。
ーなるほど、中西さんからはどのようなアイデアが出たんですか?
山ノ上さん:
新しいビジネスモデルを試してみたいって言っていて、例えば本屋さんで棚一段を1ヶ月1万円でスペース貸しをしたらどうか、という案が出てきたんですよ。書店としては、いきなりお金を取るのはハードルが高いなと思ったので、まずは中西さんの好きな本を置いてみたら、と。
ーそれで、中西さんが初めての「じぶん書店」店主になったわけですね。
山ノ上さん:
そうなんです。彼はビジネス書が好きやったんで、「新しく社会に出た新入社員の人たちにオススメする本」という切り口で選んでくれることに。まずは何冊か本を挙げてもらって、書籍の在庫を確認して仕入れて。あとは、各書籍の紹介文を考えてもらって、オリジナルの帯も作ってみました。
彼の場合、帯に書ききれないぐらい本への情熱があったので、その書ききれなかった部分を1枚のチラシにして、それをお客さんが持って帰れるようにしました。
一番最初に帯を作る時は、結構苦労しましたね。本はいろいろな判型があるので、デザインを作って印刷するのが大変だったり、文章量もどのくらいがいいのか?という試行錯誤があって。
売り上げがあがった!
ー初めての「じぶん書店」の反響はどうでした?
山ノ上さん:
それが結構良かったんですよ。『嫌われる勇気』や『サピエンス全史』などの売れ筋の本が選ばれていたこともあると思うんですが、約2ヶ月間で25冊売ることができました。
最近、フェアってやってもそんなに反響や売れを取るのは難しい感覚があって。だからこれは結構頑張れたなぁっていう。まずは興味を持ってお店に来てくれるお客さんが増えるだけでもいいかな、という気持ちで始めたんですが、蓋を開けてみると、書籍もきちんと動いたのが嬉しかったですね。中西さん自身もすごく喜んでくれていました。
ーそれはすごいですね! やってみて気づいたことなどはありますか?
山ノ上さん:
やっぱり、自分で選書する時は「この街のお客さんは、この本は見ぃひんわあ」みたいなイメージが頭の中でついてしまっているけど、「じぶん書店」の店主さんは、私が普段選ばないような書籍を選んでくれるんですね。そういう書籍が売れたりすると、こういうのが好きな人もいるんやなという新たな発見があります。意外と若い人達がビジネス書を手にして買っていってる感じがありましたね。
ー書店にとっても発見がたくさんあったんですね。
その場でオファーした2代目店主
ー2人目の店主さんは、新聞記者の方なんですね。
山ノ上さん:
はい、以前取材してくれて顔見知りになった、記者の中井道子さんという方です。SNSで情報を知ってくださって、棚を見に来てくれたんですよね。で、「これはおもしろいですね〜、取材とかってしていいですか?」って言われたので、「それならやってみません?」って。
ーその場でオファーを。
山ノ上さん:
ええ。中井さんは、小学生のお子さんを持つ働くお母さんでもあって、「こどもについて考える本」というテーマで書籍を選んでくれました。どのジャンルに棚を作るか悩んだんですが、育児書の棚に作ってみたところ、書籍も動いているので良かったです。
ネットでなんでも買えるからこそ
(右:ダイハン書房の山ノ上さん 左:中西さん)
つづいて、第1回「じぶん書店」の店主・中西亮さんにお話を聞いてみました。中西さんの提案から始まったこの企画、そもそもなぜ書店でのアイデアが思いついたのでしょう?
ー中西さんから見て、ダイハン書房ってどんな感じの本屋さんですか?
中西さん:
いわゆる町の本屋さんなんですが、すごくいい本屋さんなんですよ。置いてある書籍も充実していますし、そこから書店員さんの顔が見えるというか。規模の割に非常にラインナップがおもしろいと感じていました。
ー山ノ上さんに取材をしたところ、「じぶん書店」の始まりは、中西さんからのひと言がきっかけだったとお聞きしました。
中西さん:
そうですね、でも自分が選書したいから提案したというわけではないんです。僕も小売業で働いているので、このネットでなんでも買える時代のリアル小売店の価値ってなんだろう?と、最近よく考えていて。その文脈の中で、(書店では)本を売って消費者からお金をもらうというだけでなく、本を選書する側からお金をもらうこともできるんじゃないかな?と考えていました。
日経新聞の連載で、財界人が「影響を与えた10冊」を選ぶ「リーダーの本棚」というコーナーがあるんですが、毎回すごく人柄が出ていて。それを逆手に取れば、本を選ぶことで自分というものをブランディングしたりアピールすることができると思ったんです。
ー逆説の発想ですね、おもしろい。
中西さん:
とりあえずこの企画の面白さを検証するためにも、実験的にまず僕が選書してみます、と第1回目の店主になりました。
やってみて書店員さんのすごさがわかった
ー「新しく社会に出た新入社員の人たちにオススメする本」という切り口でしたが、その意図は?
中西さん:
選書って、普通は著名な方や読書家の方がすることが多いと思うんですが、何者でもない普通の会社員の僕が選べるテーマがあるだろうか、と初めは少し悩みました。でも考えてみると僕はビジネス書が好きで、その分野なら人よりたくさん読んでいるなと。大学生や若者に向けてなら、社会人として少し先輩である僕からのオススメとして、何かしら価値のあることができるかもしれない、そう考えました。
ーなるほど。確かに実際に選書しようと思うと、みなさん悩みそうですね。
中西さん:
本選びというものはすごく難しい、と感じました。というのもやはり、売れることと、自分が好きな書籍ということの対立を感じて。やっぱり全く売れなかったら申し訳ないですし、1冊の本の良さを言葉にして伝えるというのは、こんなに難しいんだと改めて実感しました。書店員さんの選書やポップの作り方は上手だなぁと、見え方が変わりましたね。
ー自分の選んだ本が並んだのを見てどうでしたか?
中西さん:
ワクワクしましたね。小さい頃からずっと本屋さんが好きで通っていますが、自分が発信する側として本を紹介できるというのは初めてでしたし。実はちょっと立ち読みしながら棚の様子を観察していたのですが(笑)、大学生くらいの子が手にとってレジに向かったのを見た時は、本当に嬉しかったです。
ーそれはすごく嬉しいですね。
中西さん:
本は、人の人生に大きな影響を与える可能性があると思うんです。だから、この人が僕の選んだ本を読んで、何か考えが変わったりするのかもと、妄想するとなお嬉しいですね。こういう機会を作ってくださった山ノ上さんには、本当に感謝しています。
ー最後に、他にも「じぶん書店」で感じた可能性があれば、教えてください。
中西さん:
僕は、「園田海援隊」という地域活性化の活動を友人とやっているんですが、今回の「じぶん書店」で、その宣伝もさせてもらったんですね。そしたら、それを見て共感したと連絡をくれた方が何名かいらっしゃって。地域の本屋さんは、こういうコミュニティの拠点にもなりうる存在だと実感するできごとでした。コミュニティが生まれ成長させていける、そういう可能性がありそうな気がします。
ーそれはおもしろいですね。場としての書店の魅力だと思います。お話ありがとうございました。
地域の中の書店とは?
ー中西さんのお話を聞いて、山ノ上さんはどう思われました?
山ノ上さん:
書店員とお客さんって、常連さんとかだと仲良くなってお話しすることは多々ありますが「本屋とは~」「地域の活性化とは~」みたいな話をすることはまずないので、私の方でも新しい発見というか、一般の人が本屋をどう思っているのか? みたいなのを感じられて、勉強になりました。
ー書店員さんからすると、棚を貸し出して書籍が動かなかったどうしようか、と不安に思ったりはしなかったんですか?
山ノ上さん:
今の時代、在庫があると重荷になるから、なるべく増やさないようにしたいという書店が多いんです。冊数が少なくても見栄えが良いように考えたり。なので実は、うちくらいの規模やったら、並べ方を工夫すれば使えるスペースがあったりするんですよ。
例えば書籍を詰め込めるだけ詰め込んで棚を作っても、もう売れないわけです。逆に点数は減らしたとしても、こういうイベント性がある企画をしたほうが売り上げにもつながるのかなと感じます。あと、書籍を通して街や人と交流できる機会に繋げられるのは良かったですね。
ー他の書店さんでこういう取り組みをやってみたいという方に、アドバイスはありますか?
山ノ上さん:
まず最初は、常連のお客さんやよく知っている人と始めるのが良いと思います。書籍によっては品切れなどで注文できないものもあるので、臨機応変に一緒に考えていける方とやるのがオススメですね。
ー最後に、山ノ上さんが考える、地域の中の書店とは?
山ノ上さん:
中西君が言ってくれた「コミュニティの拠点にもなりうる存在」になれたらと理想ですね。うちではたくさんのガイドブックを売っているけれど、園田のガイドブックはないんですよね。でも、できれば園田のガイドブックを作って売りたい。
それは先になるとしても、それまでにこの町のお店や人と繋がって、何かできればなと思っています。本屋はいろんな人が出入りする場所なので、来てくれた人がこの町の情報を受け取れる場になれば面白いなと。いっつもしかめっ面で焼き鳥焼いてる大将の愛読書とか、気になりません?
ー気になります(笑)。お話ありがとうございました。次回の店主はコンサルタント事業をされている方が選書されるとのことで、楽しみにしています。
(取材後に無事開店しました。今回のテーマは「食」!)
◇
誰でも店主になれる「じぶん書店」。誰かの背景から生まれるこの選書棚は、人と人がコミュニケーションを取り合う、新たな交流手段になるかもしれません。おもしろいと思った書店のみなさん、店主になってくれそうなお客さんの顔が浮かんだら、ぜひお誘いしてみてはどうでしょうか。
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