「本屋って、なんなん?」スタンダードブックストア店主・中川和彦@天王寺
関西の、いやおそらく日本中の本好きが驚いた、2019年、スタンダードブックストア心斎橋店の閉店。2006年のオープン以来、つねに既存の書店像からはみ出してきた店主・中川さんの「これから」を、多くの人が注目しました。
そして昨年、天王寺に新店舗を構えた中川さん。なんと1階は立ち飲み屋、2階が書店。さらには有機野菜にスパイスカレー、タルマーリーのパン、etc…とさらに書店からはみ出していっている様子。
「実際のところは、どんな書店を目指しているのか?」先日、還暦を迎えた中川さんに聞きにいくという名目で、(本当は中川さんと飲みたいだけの)関西の愉快な書店仲間と一緒に、遊びにいきました。
「意外に本、売れるんやな」
―天王寺に移転して、調子はどうですか?
中川:調子悪いよ〜、もうしんどいですよ。
―そもそも、いつオープンしたんでしたっけ。
中川:2020年6月の半ばぐらいに、試験的に1回だけ開けてみようかって。最初は週に1、2回開けたり、週末だけ開けたり。
―1階(立ち飲み&カフェ)のオペレーションチェックを兼ねてプレオープンしてましたね。
中川:開けてたら「2階(書店)も見ていいんですか」ってよく聞かれたんです。そしたら買いたいって人もでてきて、そしたらもう開けよっかって。一応2020年7月1日をオープン日にしてます。
―その感じがスタンダードっぽいです。
中川:よく考えたら心斎橋店のオープン時も一緒でしたよ。あの時は12月にオープンしようと思ってたら、誰に言われたか「プレオープンというのがあるんですよ」って。じゃあってやったのはいいけど「いつ正式オープンやねん」って感じで。プレオープンの意味を知らずにそのままようわからんうちにオープンしました。
―そうだったんですね(笑)。天王寺店ではお客さんの入りはどうですか。
中川:週末はまあまあです。でも、たとえば売上で言ったら、1階で期待してるとこにはまったくとどかない。全然しんどいまんまですね。
ー来られてるのは地元の方が多いんですか?
中川:地元の人も来てくれるし、前から知ってる人とか、ふらっと通りがかった人もいますよ。「心斎橋のお店によく行ってたんです」って人もいるけど、その人たちが「天王寺にできたん知らんかったです」とか。「いやすいません、特にできたって言ってないっすよね」って感じで。
ー書店スペースの手応えってどうですか。
中川:「意外に本売れるんやな」って思って。だって、天王寺って全国でも激戦区じゃないですか。
ーそうですね。大きな書店がたくさん。
中川:紀伊國屋書店、ジュンク堂書店、TSUTAYA、喜久屋書店、くまざわ書店も2店舗あるし。全部足したら何坪あるのか。
ーナショナルチェーンの上位がそのまんま来てるみたいな状況です。
中川:ね。その上で、ここで求められる本屋ってどんなものか、まだよくわかってないですけど。手放しで喜べる数字かどうかは別にして、意外に売れてよかったです。
「これからの本屋って、どういうふうになっていくかは知りませんけど」
―クラウドファンディングで新店舗の内装を一緒に作る人を募ってましたね。やってみてどうでしたか?
中川:楽しくできたっていうのはありますけど、欲張りなんで、こうしたらもっとよかったなっていう点はいっぱいあって。
ーどんなところですか?
中川:参加してくれた人は、ほとんどがスタンダートブックストアを元々知ってる人たちなんですけど。
ーそうですね。
中川:いま思うと、地元の人に参加してもらってもよかったなって。「この店なんやねん」て人たちに。
ーこの地域の方。
中川:遠方からの来客が望めない中で、この数年でそう思った人は多いと思います。地元の人に支えてもらうとか、地元の人に何ができるのかと考えることがすごい大事。これからの本屋ってどういうふうになっていくかは知りませんけど、そこを見ないといいものはできない気はしてます。
「こんなん作ってんけど……」って、著者が来る
ーケイタタさんの『隙ある風景』って、他の書店ではなかなか売ってないですけど、しっかりと置いてありますよね。
中川:あれすごいですよね。
ーあんなに数を置いてたんだっていうのも驚きました。
中川:なんか表紙が全部違うから。もうあの人も、家に置いといて邪魔になるし、だから「ちょっと置かしてもらっていいですか」みたいな。
ーそんなノリなんですか(笑)。ぜんぶ自分で営業されてますもんね。
中川:彼この近くに住んでて、チャリで来れるぐらいで。ほかにも、ミュージシャンで、豊田道倫さんっていう人も。
ー豊田さん、本出されてますね。
中川:2、3冊出してて、その人も近くで、よくチャリンコで来て、「こんなん作ってんけど」って持ってきてくれるし、そういうのはすごいええなあと思ってます。
ー距離感が近いですね。
中川:前は心斎橋とか、梅田・阿倍野の店舗もターミナルでやってたから、地元感っていうのがなかったですね。
ーたしかに都会って感じでした。
中川:それこそ新世界※にある、「澤野工房」ってジャズレーベル。澤野さんの本も置いてますけど、それは澤野さんから直接仕入れてて。昨日も電話して、「澤野さん、本なくなったからまた持ってきてくれる?」って言うと「おーありがとう、ほな行くわ」みたいな感じで。(※大阪市浪速区の繁華街。通天閣がある)
ーすごい。
中川:家帰る途中に寄ってくれる、そんな感じなんで。心斎橋から天王寺に変わって、どう違うかって言われるとよくわからない。でも、そういう人を発掘したり、その人と関われる気がしますね。
ーめっちゃいいですね。
中川:ね、もっともっと、ある意味ローカル色みたいなものを出せるんじゃないかと思います。
「そもそも、ほんまに本屋やるのがいいのかどうか」
ー全国各地で書店がオープンしてますけど、カフェもあって、ちょっとおしゃれな感じで、一見似通ってるお店も多いのかなと。書店の色ってどうやって出てくるんでしょう。
中川:どうなんでしょうね。僕もそれはすごい感じるんで。まあ、古書をやらない限りは似てきますよね。
お店がどのくらいの規模かわかりませんが、取次が入らなければ、大体仕入れ先が決まってくるじゃないですか。それで、なんとなく「みんな好きな本ってこの辺やな」ってなったら、大体似たような品揃えになるのはもう決まってるんで。
ーシステムというか、そっちの話。
中川:そうちゃうかなと僕は思いますけどね。
ーなるほど。
中川:そもそも、「ほんまに本屋やるのがいいのかどうか」ってのは、すごい考えないと。
ー本屋じゃなくてもいい?
中川:改めて思うけど、人がどうこう言うのは、あんまり気にしたらダメですね。「なにあれ、今までこんなんやってたくせに、手の平返してこんなことやってるやん」ぐらいでもいいよなと思うようになりました。
ーいろいろ言われても。
中川:逆にそう思われるぐらいやらないと。極端に言ったら、(スタンダードブックスストアのキャッチコピーは「本屋ですが、ベストセラーはおいてません。」だけど)「ここ売れる本しか置いてないやん!」って言われるぐらい。でも「何が悪いんですか?」って。
ー(笑)
中川:上手く表現は出来ないけど、いつでも枠を取っていかないと。いつでも問いを、問いかけていかないとっていう気はしています。ずっと本は扱ってはいるとは思いますが。
公民館的なプラットフォーム
ー中川さんは前から「お客さんに自分の店って思ってもらえるように」っておっしゃってましたよね。
中川:そうですね。どうやったら利用してもらえるのか。買う・通うってことが利用してるって言う意味ではなくて、ほんとうの意味で「自分の居場所、自分のスペースなんや」と思ってもらえることを考えないといけないなと。それがちょっとまだ足りないですね。
ある種それが公民館的なプラットフォームになった方がいいんじゃないか。本屋に限らず、これからのお店ってそうかなっていう気がしてます。
―プラットフォームですか。
中川:店の前の道って女子高生がめちゃくちゃ通るんですよ。たとえば、その子たちとどうやってコミュニケーションを図るか。あの子たちはたぶんお店の中まで入って寄り道とかできないので、お店の前に学生とコミュニケーションできるなにかを考えないとなあとは思うんですが。
それってなにか買ってもらうとかそういうことではなくて、学生文庫みたいなものを作って「これ借りてってくれていいよ」っていうのをやってみるとか。
ーたしかにそれも公民館的ですね。
中川:「本屋はこうや」っていうのあんまりないんです。だからここも心斎橋と同じことは絶対できないし、やっても意味がないと思っています。それを言葉ではなかなか上手く伝えられないし、みんなには「なにやってんやろう」と思われることもあると思うけど、それはそれで仕方がない。
ー中川さん自身も実験を重ねる感じで。
中川:まずは知ってもらうようなことをこれから考えてやっていかないとと思うけど。たとえば僕がカウンターに入ってイベントをやるとか。お好み焼きイベントなら、僕がお好み焼きを作ってお客さんに食べてもらう。
ーそれはおもしろそう。
中川:お好みソースつけない、出汁の効いたお好みを。出汁がもう効いてるから、オリーブオイルと七味で。
ー食べてみたい!
中川:あ、ちょっとだけすみません。
ジェイク糸川さん:毎日ね。こう気持ちいい場所だから通っちゃいますね。
中川:テキサスっぽいお肉ってのは、なにかのメニューで考えてやりたいな。
ーすごいな。いきなり横にカウボーイの方がいらっしゃる。
中川:昨日来てくれたらめっちゃおもろかったのに。ごめん、なんの話だったっけ。
パルコで、「それやってみーひん?」
中川:今、心斎橋PARCOでもね、やってるんです。※2020年11月にオープンした心斎橋PARCO4階にて「スタンダードブックストア&friends」を展開中
ーどういう関わり方ですか。
中川:丸福珈琲店さんの横の共有スペース、柱3本分を使ってなにやってもいいって話で。やるって約束したものの、そこに僕が本をセレクトして置いて、はたしておもろいかなって思って。6階に天狼院書店もあるし。
ーかぶっちゃいますよね。
中川:なにしたらおもろいかなって考えてたら、たまたま「わたし、0円ショップやってたんです」って女の子が天王寺のお店に来たんです。
その子は人からもらった服をリメイクして、そのまま誰かにあげる、それを「0円ショップ」と称して福井県の自宅でやってたって言うんですよね。
そのとき「これや」って思って。「自分さ、今度それ売ってみいへんか」って、そのときはまだ場所が秘密だったから「絶対悪いスペースちゃうから」って誘ってみて。
ーすごい誘い方(笑)。
中川:それで「0円じゃなくて値段つけてちゃんと売ろうや」って。そしたらその子も「やります」ってやる気になって。そのあとは「それで場所どこなんですか?」「PARCOやねん」「えー!」って。
ーPARCOなんて一等地ですよね(笑)。
中川:だからそこを無名の、クリエイターって言えるかどうかもわからない人を紹介するコーナーにしたらいいんじゃないかと思って。
ーそれはおもろい。いいですね。
中川:その最初にやった子の服は、価格はだいたい2,000~3,000円。高いので5,000~6,000円。それで50着ぐらい売れて。
パルコに来たお客さんが手にとって言うんです。「うわ、値段間違ってんちゃう」って。要はゼロが1こ足りないんじゃないですかって。「そういう風に見えるんや」って、おもしろいなって思いました。
ーブランド品のリメイクとかめっちゃ高いですもんね。
中川:それでその子は「もうめっちゃ生きがいできましたわー」て張り切って、今、大阪の空掘商店街に引っ越しして、そこの長屋の1階でお店やってます。
ーすごいな。
中川:そういうのっておもろいですよね。
ー人生変えてますね。
中川:なにがすごいって、僕がそんな好き勝手使ってんのに、黙ってるパルコさんが偉いですよ(笑)。
「人を、活かしたい」
ー今後スタンダードブックストアでやっていきたいことってなんですか?
中川:やりたいこと、いくつかあるけど、その中にいときたいってのはあります。
ー中って、1階の立ち飲みカウンターの中に。
中川:僕がここに入って、誰か一緒にカウンターに立つとかね。
ーゲスト的な人が。
中川:ここでやるイベントとして、やっぱり人を活かすっていうことをもっともっとしていきたいです。
たかだか自分のできることなんてもう知れてるっていうのだけは、よくわかってきたから。いろんな人とやって、その人にプラスになるようなことを、どういうふうに提案できるのか。
あと、本出したいですね。
ー出版は前から言ってましたもんね。
中川:自分にそんな能力があるのかどうかわかりませんが、本はまず作りたいです。
わざわざ紙の形態で求める人っていうは、ゼロにはならないと思うんですけど。そうなったときに、もっと価格を上げた方がいいと思っていて。
その代わり、そのプロダクトを持ってるだけで満足できるようなことをしないといけない。中身のコンテンツが素晴らしいってことはもちろん必要だけど、外側の部分っていうのはめちゃめちゃ考えないと。
ーものとしての満足感ですか。
中川:で、それってCDも一緒で。台湾ではCDの形やパッケージがすごいバラエティに富んでて「好きなことやってやる」っていうのがあるんです。
それって、さっきも言ったけど壁がもうないから。だから本屋がCDとか、中に音楽が入ってるもの売ってもいいわけですよね。それにブックレットとか、本をくっつけててもいいかも、とか。いろんなメディアの融合があるかもしれない。結局、作るということではもう一緒だと思うんで。
ー枠を外していってますね。
中川:そしたら、関わる人間も一緒で。全然違うもの作ってた人が「僕もCD作りたい」ってなるかもしれない。今まで建築やってた人が「こんなんやってみたかったんです」って言うかもしれない。
そんな相談を受けて「よし、それやってみーひん」と言ってみる。そんなこととかもね、もっとやってみたいです。
僕は基本的に自分では何もできないから、人と人を繋ぐことはできそうな気がするので、それかな。それをある程度は、お金にしたい。別に、お金持ちになりたいわけじゃなくて、続けていかないといけないから。いまそれが一番かもですね。
なんでそう思えるようになったかって、間違いなく本があったからってことだけは確かです。「お前みたいなやつがなに言ってんねん」と思う人もいるかもしれません。でも、さっき言ったけど別にそれはそれで言われてもいいと思うし。
ーいいですね。スタンダードブックストアの本。
中川:本作るのはみんなやってることやから、でも自分なら何ができるかなとは思います。
この芯になるものはなにかって、さっき言った、PARCOで女の子にやってもらって実際に売れていって、その子が楽しそうにしてて、「これはいいよな」って思ったってことですね。
ーそうですよね。
おしゃれなお店やってみたい
中川:あともう1こ。さっきおしゃれな店が多いとか話してましたけど、今ちょっと初めて、おしゃれなとこやってみたいなって思いだしてて。
ーそれはどういう心境なんですか。
中川:おしゃれに対して何の興味もなかったんですが、みんなが「入りたい」って思うような、おしゃれな店やってみたい。上手く言えないけど、ちょっと初めて思いました。
ー今もおしゃれだと思うんですが、超おしゃれになるんですかね。
中川:まだ、“おしゃれ”って表現してますけど、おしゃれはともすれば入りづらくなるから。でも、今まではデザインはいらないと思ってたけど、「やっぱいるなー」って思いました。
天王寺でやって思えたんだと思います。ディレクションがもうちょっといるなっていう気はしています。
ーなるほど。
中川:でもここもみんなで作ってくれたから、それは楽しんでやってくれたと思うので、それが一番かな。
ーなんか新しいことが生まれてくる本屋っていうか、場所ですね。
中川:「新しいこと」と「もとからあるのに気付いてないこと」とか。もうちょっとそんなことに気付ける、そんな場所になったらいいですね。
「まず考えることは、あんま考えないことかな」
ー中川さんが場を作るときに大事にしてることってありますか?
中川:まず考えることは、あんま考えないことかな。いいように言ったら、余白があるっていうか。もしも考え出したら、めっちゃ細かいとこまで考えてしまうので。
ー逆に考えちゃう。
中川:あるときからそう思い出したのは、確かです。「もう、ある程度でええんちゃうか」って。あんまり完成形って想像しないし、意味ないなって思います。世の中も変わっていくので。
ーまさにいまそうですね。
中川:みんなでなにかやってるうちに「これおもろいよね」って、おもろいかおもないかで判断してやっていくぐらいしかないかな僕は。「そもそも本屋ってなんやねん」てことから、もう一度考え直したりしながら。
ーありがとうございます。
中川:いえいえ。
◇
先日、中川さんが還暦を迎えられて、ご自身のfacebookに投稿された文章があります。
新しいとはなにか? 本屋とはなにか? 居場所とはなにか? たくさんの問いを言葉にすることなく、スタンダードブックストアという書店のあり方で体現していく。そんな中川さんの背中をずっと追いかけていきたいです。
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