「山あいの書店は人口8000人の田舎町を支えるAmazonだった」 ウィー東城店@広島
広島県 庄原市 東城町。人口8400人弱の町にある「ウィー東城店」は、一見よくある郊外型の書店ですが、じつは出版業界どころか他業種からも注目されるお店。
広島県と岡山県の県境。広島市からは車で2時間弱の場所にあります。
商品は書籍を中心にCDや文具、化粧品はもちろんのこと、海苔、かつお節、唐辛子、お酢といった 食料品に、タバコまで。さらには美容室やエステコーナーを併設、敷地内にはコインランドリー、精米機、卵自販機もあり、これらはすべてお客さんの「あったらいいな」から実現したとか。
2年前にお邪魔した際、かつお節がお店の一番いい位置に置かれていました。なぜかと聞くと「美味しいかつお節はなくなったら買いに来てくれるでしょ?」と店長の佐藤さん。雑誌の定期購読者が減ってきた今、書店に足を運んでもらう機会が減ってしまう。そこで「かつお節が雑誌の代わりになっている」というのです。しかも、かつお節の隣にはレシピ本がある。そんな書店らしからぬ話が印象的で、もう一度佐藤さんにお話を聞きたい、と思い取材をお願いしました。
文字通り町にはなくてはならない存在になっているウィー東城店。店長であり、総商さとうの社長・佐藤さんに、これまでのお店の歩みと、書店の可能性についてお聞きました。
写真右がウィー東城店の佐藤さん。左はライツ社の高野(営業責任者でありムードメーカー)です。今回は高野がインタビューを務めました。
佐藤 友則(さとう とものり)
株式会社総商さとう 代表取締役社長。ウィー東城店 店長。昭和51年広島県神石郡生まれ。大阪商業大学で学び、名古屋の書店「いまじん」で修行ののちウィー東城店へ。
書店なのにラジカセ修理を頼まれた
高野:
本を基点に美容室やコインランドリーなど、いろんなことをされていますが、ウィー東城店さんはどういった経緯で今に至るんですか?
お店に併設された美容室「ラプティットクレ」は佐藤さんの奥さまが営む。美容室で話題に上がった本が売れる、ということも珍しくない話。
佐藤さん:
まず明治22年に創業し、私は4代目になります。初代がよろず屋で長靴などを売るところから始まったのですが、3代目の父のときに定価販売のものに限定した本や文房具、化粧品などを売るようになりました。
高野:
佐藤さんが社長になったのは?
佐藤さん:
社長になったのが5年前。ウィー東城店に来たのが23年前くらいです。ここが初めての支店なんですが、本店にあったものをそのまま持ち込んで拡大した感じ。本とCDと文房具、化粧品を扱う特に珍しい店でもなかったので、100坪の割には内容が薄かったように思います。この状態に加え経営状況も良くなくて、スタッフの多くが辞める、ということで僕が戻ってきました。
高野:
それは辛い。想像できないですね……。
佐藤さん:
2、3人で回さなくちゃいけない状況でした。高校生のバイトの子にも「CDの責任者をやって」と半分社員のような仕事を振ったり、自分一人ではできないことを痛感してました。どうしたらいいか悩んでいるなか「こうしてほしい、こんなものがあったらいいな」を形にしていくということをお客さんから教えてもらいました。
例えば、携帯やプリンター、ラジカセの修理も頼まれましたね。「さっき電機屋さん持って行ったけどうちでは直せんからウィーさん持って行きって言われて」って。あれは一つブレイクスルーした感覚がありました。
ほかにも、日系ブラジル人の子がいて。ある日、ポルトガル語-日本語辞書が欲しいとお店にやってきたんです。理由を聞くと「自動車の免許が取りたい」と。それも日本人の彼女ができて、その両親に言われたそうなんです。「免許も持ってないやつに娘はやれん。出直してこい」と。でも路側帯みたいな専門用語なんて普通の辞書には載っていないし、高い辞書は買えない。どうしたかというと、夜9時にお店を閉めてから、彼と一緒に勉強会をしました(笑)。曜日を決めて1ヶ月くらい続けたと思います。
高野:
もう本屋じゃない(笑)
佐藤さん:
僕はボランティアでやってるとも思ってなくて。そんなに志が高いわけじゃなく「(後で話せる)ネタだと思ったらできるじゃん、彼もハッピーになれるんだったらいいじゃん」という感じでした。結局、彼は免許取らずに彼女と駆け落ちしたんですが(笑)。
高野:
ええー!(笑)
佐藤さん:
後日ブラジル土産を持って挨拶にきましたよ。ほかにも家系図を作ってほしいとか、こういう話は本当に日常です。
駐車場奥にある朝5時から稼働するコインランドリー。待ち時間に書店に行けるので便利。隣にはや卵自販機と精米機も。
佐藤さん:
例えばラジカセの直し方が分からないとき、ラジカセは直せないけど、修理工場を調べて送ってあげることはできるし、電話で問い合わせをするとか解決へのプロセスを導くことは可能なのかと。
今ならスマホとかZoomの使い方がわからないとき。ネットで調べれば分かるから、という前提で説明書がなくなってますよね。でも、ネットがわからないから紙でほしいという需要はあるんですよね。そんなとき、その周辺には本が存在するんです。スマホ入門書がよく売れたのはそういうことで。だから困った時に本屋さんに来てくれるし、本屋はそういった人に寄り添う必要があると思っています。
まさしく「本」の存在ってそうだと思うんです。私は本だけで何かが解決できるとは思っていなくて。本を読むことで「なるほど」と思った先に何らかのアクションを起こす。そいういった解決へのプロセスが本の役割だと思っています。そして本屋の役割はそこに沿っていることが一番理にかなうはずと分かってきたんです。
何か困ったことがあった時「あの。。」と人に相談できる場所。どこに行ったら解決してくれそうか、と考えた場合、僕は1位が本屋だと思っているんですが、一般的にも3位以内には本屋が入ると思っていて。
道に迷った時に交番やコンビニに行くのと一緒で、人生に迷った時は本屋に行く。本来そういう場所であるはずなんです。
「受ける」だけじゃない。想いを「受け止めきる」
高野:
お店での佐藤さんとお客さんの関係がとても近いように感じるんですが、やっぱり寄り添うということを大事にしているんですか?
佐藤さん:
中途半端に受け止めると中途半端に終わってしまうので「受け止めきる」ということを心がけています。
ただ今までは私が受け止めきっていたんですが、お客さんの要望の受け止め方や伝え方を他のスタッフもできるようにやり取りするようにしました。徐々にお客さんも他のスタッフとの関係性が近くなっていきました。
話の途中、お年寄りのお客さんが証明写真についてスタッフさんに聞いていました。その後スタッフさんはお年寄りと一緒に外の証明写真ボックスへ。
佐藤さん:
あ、あのスタッフ、多分写真をカットするところまでやりますよ。
高野:
受けきってますね。
佐藤さん:
お年寄りの方ならカットするのも難しいだろうなって考えたり、受けきるって多分そういうことなんです。こういうことを皆で共有できることがうちの強み。皆で一定の高いレベルを共有することで、当たり前に皆が出来るようになるんですよ!
高野:
共有することで「普通」のレベルも上がっていくんですね。
佐藤さん:
「受け止めきる、寄り添いきると分かる」ということをまたお客さんから教えてもらいましたね。
訪問時はちょうど年に一度の感謝祭を実施中。買い物をするともらえる「どきどき券」を10枚集めると抽選に参加できる。景品が豪華!応募方法の案内など、スタッフの方が自分から行なったそう。
高野:
お客さんとの距離が近いのは佐藤さんだけでなく、他のスタッフの方もそうだということは見てて感じました。
佐藤さん:
彼たちの能力は高くて、一流の仕事をしていることに自分達も気づいてないくらい(笑)。
「この人が来たらこの雑誌」など、お客さんのことをしっかりと把握している。
高野:
それが強さなんだなって思いました。でも教え方というか、どうやったらスタッフの方が育つのか。
佐藤さん:
彼らひとりひとりの器の大きさは違えど、それぞれの器をいっぱいにすることはできる。100入る器でも10しか入らない器だったとしても、量ではなく、器が満ちるまでの努力が尊いと僕は思っています。うちには売り上げ目標やルールはないけれど、やると言ったことに関しては責任を持ってやり遂げるということは厳しく伝えています。
高野:
それぞれの個性や色を大事にしているんですね。
本屋の社会的信用度を信じる
高野:
8400人を切る人口の少ない町で、書店を続けられているってすごいことだと思うんですが、どうやって続けられているんでしょう。
佐藤さん:
まず本を半分は持っていないと、とずっと思っていたんですが、実際、今45%ぐらいが本ですが、入り口からは視界の70%くらいは本が見えているはず。そうやって目で見たときに本がある、という状態にしています。
高野:
それ面白いですね。かつお節を置くことで本の割合は減ってしまうけど、見え方としてはちゃんと保っているというか。
佐藤さん:
やっぱり本があるってことは圧倒的なんです。本屋の社会的信用度ってとても高いと僕は思っているんです。今まで積み上げた信頼度をちょっとぐらい使ってもいいじゃないかなと。
過疎化していく地域で、本屋だけではなく、商売をやっていくことが大変になるということは20年ほど前から分かっていたことなんです。うちは、そこに対してどう向き合うのか考えることがただ早かっただけ。他の地域も同じ状況になったら、きっと考えるはずなんです。
次に人口が5000人を切ることになったとき、店をどうしていくのか。きっと半分本を置くということも難しいなかで、でも中心は本でいきたいっていう願望です。本はなんにでも繋がることができるので。
高野:
本を中心にしたまま、どう構成していくか。
佐藤さん:
その願望とお客さんの要望が合っているかをちゃんと見ないとずれていきます。どうやるか。ひとつは多様性を増やすことだと思います。
例えば、この情勢で飲食店1本でやれていた所が一気に売り上げが減り、1本でやっていくことの難しさを感じた人はたくさんいるはずです。自分の今までやってきたことを核にして、どう増やしていくのかということが大事だと思っています。
そう考えた時にこれほど何にでも繋がれる可能性があるものって本しかないです。インターネット書店からはじまって、帝国を築き上げたAmazonがいい見本だと思いますね。「山系の雑誌が売れているならば、登山グッズを売れば良いじゃん」っていう風になるし、情報の集積をするには本って最適なんですよ。
高野:
本っていろんなものの中心になれるんですね。
農園にもチャレンジ!
佐藤さん:
多様性を増やすほかに、大きく飛ぶことも大事かなと思っています。自粛期間でも廃れない業種ってあるじゃないですか? 自宅待機でECサイトの利用が増えたこともあり、アメリカのAmazon(※)に本を出品したところ、大きく伸びました。そういう風に大きく飛んでみる。農業もあと2,3年後かなと思ってたんですけどこれを機に「ウィー農園」やろうって。だから本屋にいるのにアメリカのAmazonやったり農業やったり。
※米国Amazon.com。Amazonは日本以外に各国・地域ごとに運営されている。つまりAmazonを通して輸出販売を行なったということ。
あと場合によっては一時休業の可能性だってあるのでAmazonでの出品などをスタッフ自身が自宅でできるようになってということも伝えています。ノーリスクでやらせてあげて、上手くいけばそのノウハウを皆に伝えれるようになることが、今の彼らの課題です。
高野:
もう違う職域ですね…!
佐藤さん:
職域はあってないようなもの、むしろなくて良い。どうせなら人がやった事をやるんじゃなくて、最初にやるってことをスタンダードにしていきたい。イベントなどに対してもスタッフ自身がアイデアを出してくれるので「僕もういらんな」ってなってきました(笑)。
高野:
緊急事態宣言前後でほかにされたことはありますか?
佐藤さん:
スタッフから「皆が不安に思っているからミーティングを開きたい」と声があがりました。町内で感染があったらどう思うとかフェーズごとに聞いて。「仕事には出たくないけど、給料が無くなるのは困るから我慢していた」など、全員の想いを全員で聞いたんです。共有することで、不安の度合いも落ち着いたようでした。話すということも大事だったんですが、スタッフ同士聞くことも重要だったようです。
なぜ本屋は「聞く」ことが大事?
佐藤さん:
特に本屋さんは「聞く」ことができる人がいると凄く良くなると思います。まさに僕が生涯かけていいと思っている価値が「聞く」という事なんですよ。聞き方っていうか、どう受け止めるかを生涯かけてトレーニングしたいんですよね。
高野:
ちなみに、本屋さんがどういう風にしたら「聞く」ということができると思いますか?
佐藤さん:
多くの書店で品出しなどで手一杯となっている所が多いのが現実です。でも業界的にその状態のままで「良くなる?」と聞いても良くなると思っている人は誰もいないんですよ。まずはどうすれば良くなるか考える時間を作るようにする。それは経営者、現場責任者の役目だと思うけど、少なくとも「良くしていきたい」という意識を持ち続けることが大事です。
本屋に来るお客さんは、本からインプットしたらアウトプットしたい衝動に駆られてます。ということはお客さんがしたいことは「話す」ということなんです。本屋は受け手として「聞く」が必要で、聞き手が上手であればあるほど話し手からは泉のように話も湧いてくるはず。その中で自分の大きな気付きがあるだろうし、お客さんも本を読むだろうし、その循環が出来れば、人口減少以上に本が廃る事はないはずなんです。
高野:
経営者としての攻めの姿勢と、現場の書店員としてお客さんの話を聞く受けの姿勢、両方あって、東城町で暮らす人の理想が少しずつ形になっていったお店なんだなって感じました。
佐藤さん:
そういうお店になりつつありますね。あとはスタッフ自身がどうやっていきたいのかということは、もう想像がつきませんね。私もお客さんの声を聞いていたら今の形になっていたんで(笑)。彼らがやりたいことをサポートできれば良いなと思っています。
高野:
また2年後に来たいと思っているのですが、そのときお店がどんなことをしているのか楽しみにしています!ありがとうございました。
佐藤さん:
こちらこそありがとうございました。
取材を通して、これほど本が何にでも繋がれて、中心になりえる存在なんだと再認識できました。冒頭で紹介した商品やサービスはやみくもにお客さんの要望を聞いたわけではなく、本を中心にして何ができるかを考え抜いた結果でした。もしかしたらウィー東城店は田舎町を支える小さなAmazonなのかもしれません。
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