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なぜ、書店員が絵本の企画を? 異例づくしの誕生秘話から見えた書店員の可能性

11月20日に同時刊行された絵本『オレは「最強」だったから』『ボクは「弱虫」だったから』(ともに潮出版社)。この2冊は落雷に打たれたティラノサウルスの「キング」とワニの「ビビリ」がおたがいに時空を超えて入れ替わってしまうというストーリー。

作者は絵本『おこだでませんように』で知られる、くすのきしげのりさん。絵は貼り絵作家・江口ノリコさんと恐竜画家・CANさんが共同で手がけました。この絵本、おたがいの本にもう一方のイラストが6ページにわたって乗り入れるという異例の構成。発売前に重版が決定するなど、はやくも注目を集めています。

しかも、この企画の発端となったのは、徳島の「平惣」ではたらく書店員・八百原さん。ライツ社の『放課後ミステリクラブ』シリーズも八百原さんがいなければ生まれていませんでした

書店員である八百原さんがなぜ、どのようにして絵本の企画を立ち上げるのか、その舞台裏を聞いてきました。

平惣・八百原さん

異例づくしの絵本、どうやって企画した?

ー:
2冊絵本が出るっていうのを八百原さんから聞いて。同じテーマで2冊、それぞれに乗り入れる形というのも驚いたんですが。企画のはじめが八百原さん、つまり「書店員」ということなので、いったいどういうことなんだろうと思っております。

八百原さん:
そもそも本をつくる専門の仕事ではないので、あくまでもこういう企画をやりましょうっていうところをご提案して、あとはプロの人が仕上げてくれるっていうのが理想です。

この絵本に関してはそのまま企画が通って、2冊の本がつながっている形にしましょうということになりました。

ー:
最初はだれにご提案したんですか?

八百原さん:
くすのき先生は普段からお付き合いのある作家さんなんですが、くすのき先生に「そんなの無理ですよね」って言ったら、「いや、無理ですよねって言われたら、もうプロとして心外なので、がんばります」っておっしゃってくれて、そこから構成を考えていただきました。

ー:
すごいですね。元々くすのき先生との関係性があるからだと思いますが、 いきなり真似したら大火傷しそうな。そもそも、なんで2冊同時って企画だったんですか。

八百原さん:
最初は恐竜の物語を企画提案したかったんですけど、普通にやってもおもしろくない。ちょうどそのころ、一緒に仕事していた江口ノリコさんと「わたしはワニが大好きなんで、ワニの絵本を作ってみたい」という話を雑談で聞いてたんです。

ー:
なるほど。はい。

八百原さん:
そこで思ったのは、ワニって、恐竜の祖先とかってよく言われるじゃないですか。だから、この2つがつながれば、 2冊同時で出せるんじゃないかって。そのところをまず、くすのき先生に話したら、先ほどのように一応オッケーをいただきました。

ー:
なるほど。よくつなげましたね。そこのアイデアがやっぱりすごいな。

八百原さん:
ベタベタやけど、雷、いいと思うんです。子どもたちにはなんかベタベタの方がいいんだろうなと思って。おかげでいまのところ好調なんですけど。

異例の構成と異例のつくり方

最初はお互い違う画家さんの絵で進行。
ストーリー上でキングとビビリが入れ替わると同時に画家さんも入れ替わります。

八百原さん:
これ、いちばん難しいところが。読んでいただいたと思うんですけど、最初の6ページだけ違う画家が乗り入れているんですよね。ほんとうはお金のことが絡んでくるんで、できないんですよ。

実際、画家さんに依頼するにあたって説得できるのかってくすのき先生から聞かれたんですが。

ー:
なるほど。著作権料をどうするのかとかありますもんね。

八百原さん:
そうそう、もし片方だけが売れてしまったときにどうするのってなる。 なので、どっちが売れても同じだけ配分されるような形を取ってます。その方が、両方の画家がわけへだてなく両方販促してくれるかなっていう狙いもあって。

ー:
そうですね。

八百原さん:
あと、嫌な思いさせたくないっていう気持ちもあって。

ー:
CANさんと江口さんはどんな反応やったんですか。

八百原さん:
まず。お互い相手のことを気遣ってました。

ー:
なるほど。

八百原さん:
「わたしはいいけど、大丈夫ですか」みたいな。そこで、お金の話とかもちゃんと話をつけて。ただ、そこまでいって、くすのき先生にとっては異例づくしでした。というのも画家さんが先に決まっていることってないんです。

ー:
文章が出来上がる前に、絵を描く人が決まった。

八百原さん:
はい。本来、お話が先にできて、そのお話に合う画家さんを探すっていうのが、基本的にくすのき先生のスタイルなんで。

ー:
なるほど。

八百原さん:
たとえばライツ社でもそうじゃないですか。仮にライツ社さんに企画を提案して、そこでいいですねって出せることになりました。そこから先生とライツ社さんが画家を探すっていうのが普通のスタイル。

ー:
たしかに一般的に言ったらそうだけど、構成も異例ならば、やり方も異例。

八百原さん:
そうそう、画家が先に決まっていて、主人公とかも決まってるようなものなんで、それに合わせてやっていただく。先生にだいぶご尽力いただきました。

年末の商談で出版社にプレゼン

ー:
これ、出版社はどうやって決まったんだろうっていうのがすごく気になってて。

八百原さん:
2023年の12月27日。潮出版社の前田さんと年末最後に飲んだんですね。当時は取締役で、いまは社長になられてます。前田さんが来たときに、文庫の増売企画の商談と一緒に、合わせてこの児童書を一緒にやりたいと企画を出したんですよ。そしたらその企画書に感銘を受けていただいてですね。

―:
企画書があるんですね。

八百原さん:
ところが、潮出版社さんは翻訳のシリーズ絵本が思うようにいかず、児童書はもう撤退気味で、この分野はちょっと消極的にっていう状況下だったんですけど。

ー:
すごい状況の提案。

八百原さん:
翌年の1月15日ごろ。そこで営業部長が編集会議にかけてくれることになるんです。

ー:
年末年始をはさんでるから感覚的にはすぐですね。

八百原さん:
潮出版社さんは編集も営業も会議に参加する形なので。そこで会議にかかったときに、 くすのき先生の本をやってみたかったっていう編集さんもいたりとかで。それで、チャレンジしてみようっていうことで企画が決まったんですよ。

潮出版社・前田社長に当時のことをお聞きしました

潮出版社・前田社長

ー:
八百原さんからのお話はお聞きしたのですが、実際絵本は撤退傾向にあったのでしょうか?

前田社長:
はい、そのように私が進めておりました。絵本に関して経験値がなく、専門に取り扱っている出版社さんに比べると圧倒的にスキルが足りない。ただ出すだけとなると非情とも言える結果を迎えるのみ。いま進めているものが一段落したら今後新たな絵本企画はなしにするつもりでした。

ー:そうだったんですね。そんな中、企画が通ったのはどのような要因があったのでしょうか?

前田社長:
ただやみくもに撤退する、と決めていたわけではなく、絵本を進めるにあたって〝下地作り〟を学んでいきたいとは考えていました。

八百原さんからプレゼンされたとき、まずいままで見たこともないようなコンセプトに興味を持ちました。また、あのくすのき先生が手がけていただけるという安心感や、江口さん・CANさんといった魅力的な方々が携わってくれるという期待感にやられました。

なにより事前プロモーションを一緒になって進めることで、学ぶべき点が多いと瞬時に判断したわけです。帰りの飛行機ではどうやって前言撤回をし、編集会議で決裁を取れるかずっと考えてました(笑)

ー:そうだったんですね。〝下地作り〟というと、具体的にはどういったことなんでしょうか?

前田社長:
学校を巡回できるような陣容もなく、絵本に関してまったく無名の版元です。そこに潤沢な予算もかけられないので、「図書館へのアプローチ」、「東西分かれてのプロモーション」、「くすのき先生の講演会を中心としたイベント」、それにともなって弊社がおこなうべき書店営業、取次営業の話題づくりにはなると考えました。

実際なんの後ろ盾もない状況に比べれば4倍以上の事前指定配本が取れました。図書館や直接販売先(バナナワニ園さん、ダイナソーゲートさん等)の受注は即実売に換算できるので発売前に30%の実績が得られたのも心強い話です。

ー:
4倍以上!実際すごい結果が出ているんですが、編集会議ではどのように働きかけたのでしょう?

前田社長:
得意の口八丁手八丁に加えて、だいぶ盛った話を展開し「へーそれならイケるかも」という雰囲気を作り出しました。実際、八百原さんの熱にほだされたようなものなので、なるべく冷めないうちに皆に伝えて理解を得ました(笑)

ー:
そうだったんですね(笑)。とはいえ熱や勢いも大切ですよね。

前田社長:
絵本版元さんのような陣容、予算を踏襲するのではなく、作り手と売り手が一体となったとき、想像以上の成果が得られることを証明したかったんだと思います。少ない人員のなか営業部も若手編集者も頑張ってくれました。

お陰様で発売前重版も実現し、プロモーションの成果は出ていると思います。市場に飛び出していった本作品が一人でも多くのお子さんたちの手に届くよう引き続き注力して参る決意です!

ー:
前田社長、そして潮出版社さんの熱量が伝わってきました。お忙しい中ありがとうございました!

当時の企画書を公開

ー:
ここまでくると先ほどの八百原さんの「企画書」自体がすごく気になるんですが。

八百原さん:
A4のワードでつくった企画書です。

ー:
潮出版社さんにお渡ししたやつ、すごく見たいんですがいいですか?

八百原さん:
テンプレートを元に1時間ぐらいで書いたものなんですが。考えてるのはずっと考えてますけどね。

ー:
上は広がりのあるテーマとかを書いてある感じですよね。でもただ、【プロモーション(案)】はバチバチに具体的。

八百原さん:
そこはやっぱわたしのなかではいちばん大切で。書店員だから、そっちの方のお手伝いはバチバチにさせていただきたいっていうことを基本的に書いてます。

ー:
「著者3名がプレゼンへの同行も可能です」とか、「可愛いダンボールケース入り等」とか。めっちゃ具体的でいいですね。もう映像が見える。

八百原さん:
作る方はもうぜんぜん、素人なんで、あくまでもアイデア出すだけです。ただ、売る方には成功事例もあるし、いろいろできるんじゃないかなって基本的には思っています。

ー:
今回って2つのストーリーが混ざるのが肝だと思うんですが、そういうアイデアはずっと考えてるんですか。

八百原さん:
もう、この2人をまとめて起用したかったっていうのが一番で。というのも、だれかを応援したい気持ちっていうのがけっこう強くて。出版社さんも一緒やと思うんですけど、この人いいなと思って、我々で力になれるんだったら応援したいと思って本つくることもあるじゃないですか。

ー:
そうですね。

八百原さん:
なんて言うんだろう、その技術的なところでプロの方にはぜんぜん及ばないと思うんやけど、考えたり努力することは、 少しできるんかなって、日々いろいろと考えてます。

「一緒に売れる人」を大切に

ー:
たとえばくすのき先生にお話を持っていくだったり、江口ノリコさんとかCANさんもそうですが、 著者さんとの関係性ってどうやって作っていかれてるんですか?

八百原さん:
これは対出版社さんとか、友達とか、なんでも一緒なんですけど、あんまり薄く広い関係性って、わたしはあんまり求めてないんですよ。お互い困ったときに助け合えるような関係性を構築したいと常々思ってます。

ー:
おお。

八百原さん:
まず仕事に熱量のある方、あとは一緒に応援したりしてもらったりできる方とお付き合いをするように基本してるんですね。それは作家さんも同じで、言い方わるかったら申し訳ないですけど、「商業作家」って呼んでるんですけど。

作家さんってプロなんで、いいもの作るのは当たり前で。画家さんもいい絵が描けて当たり前でその仕事をされているわけですよね。その中でも「作家さんご自身で売り方を考えている人」。そういう商業作家さんと一緒に売り方を考えたりしながらお付き合いをしてますね。

ー:
一緒に本を売れる方だっていうのをすごい大事にしてるっていう。

八百原さん:
それって、イコール書店さんを大事にしてくれてるっていうことじゃないですか。

ー:
たしかに。

八百原さん:
イコール出版社さんも大事にしてるっていうことじゃないですか。

ー:
そうですね。

八百原さん:
たとえば出版社の営業の人にまで「あの作家さんいい人だよ」って言われてるっていうことは、営業の人とも面識があるわけですよね。普通は編集としか面識がない作家さんもけっこういると思うんですが、 それは売ってくれてありがとうっていう気持ちをきっと営業にお伝えしたことがあるからだと思うんですよね。だから、そういう人と基本的にはつながっていきたいなと思ってます。

押し付けがましい本にはしない

ー:
この本の八百原さんが好きなポイントを教えてほしいです。

八百原さん:
気に入ってるところは雷が落ちるところ。個人的には江口ノリコさんが描いた、ヤッターマン的な落ち方が理想です。

ー:
あーそっか、骨が出てる。

八百原さん:
1つ目の笑ってもらえるポイントになったらいいかな。

ー:
これ好きです。

八百原さん:
あと弱くなった「ビビリ(中身はキング)」がトレーニングするところとか。

ー:
はいはい。

八百原さん:
やっぱ「がんばったらいけるよ」っていうのをさりげなく伝えたいなっていうところなんですよ。べつにがんばれって言ってないけど、もしがんばったらこういうこともあるかもしれないねみたいな。 そういうところをポイントにつくっています。

―:
いいですね。

八百原さん:
あと、くすのき先生にはさりげなくお伝えしてるんですけど、 押し付けがましいのは絶対やめてほしいと。

―:
というと?

八百原さん:
この間、小松島市立新開小学校っていうところに、小説家の畠山健二先生たちと課外授業に行かせてもらって、こんなことがあったんですよ。

小学1年生から3年生を対象に65人参加してくれて、みんなの前で授業させてもらったんですけど、 畠山先生が校長先生にまず一番に言ったんですよ。もう今日は「静かにしてくれ」とか、そういうのは絶対に児童に言わないでくれと。
 
―:
おー。

八百原さん:
わたしたちはこの1時間この小学生相手に、一方的に話をするつもりがなくて。みんなで一緒に校歌をつくったり歌ったり、遊んだりしながら、とにかくみんなで楽しんで一体感をもって、ものごとの伝え方っていうのを伝える。そういう授業をするからと。

ー:
いいですね。

八百原さん:
そしたら、飛び跳ねたりする子とかも出てきて、すごい楽しい授業になったんですね。やっぱ絵本もそういう感じで作っていきたいなって基本的には思っていて。いまって世の中変わってきたから、 教訓とかはお子さんには必要なくて、読んだあとの感想もそれぞれの自由であっていいと思うんです。

―:
うんうん。

八百原さん:
楽しく読み進めながら、感想も人それぞれでいいと思っていて。その中で伝わる内容になってたらいいんじゃないかなって、まず楽しく読めることを一番大切にしています。

売場で本を並べているからわかる

ー:
書店員さんって、この本を推したいなとか、応援したい気持ちで、販売してくれていることってけっこう多い気がしていて。そして応援してもらって売れたっていう経験があるんですけど。

その応援したい気持ちって、さらに企画であったり違う方向でもできるのかっていうのが、すごい気になってるんですよね。

八百原さん:
うんうん、応援したい気持ちがほんまに入り口で、 たとえばライツ社さんの作った本が「これめっちゃいいよね」って、「おれが一生懸命がんばって売るけん」ってやるのがまず入り口だと思うんですよ。

ー:
なるほど。

八百原さん:
その上で言うと、自分がその制作に関わったっていうことになると、余計に応援できるじゃないですか。そこと同じ気持ちやと思います。 書店で応援するっていうことは同じなんで。

ー:
書店員目線で企画に関して思うところもあるんでしょうか。

八百原さん:
やはり「新感覚」っていうところ。そういうほかの本との差別化ができるような本を、書店で日々本を並べている観点からご提案したいなと。

ー:
店頭でいろんな本に触れてるからこそ、いま棚にないものも見えてくる。現場の知見を生かしつつ、めちゃくちゃ楽しんでるんだろうなっていうのがすごく伝わってきました。ありがとうございます。


企画が生まれるときって、ただただ楽しい。そして書店で本を売って応援することの延長に、企画の提案がある。書店員さんだから見えてくる企画の切り口があったり、売り場からも新たなものを生み出せる可能性を教えてもらいました。


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ライツ社
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