営業も編集も書店員も。「本に関わる人」はもっと自信を持っていい
「もう出版不況とは言わせない。これからの出版業界を変える4つの話」#4
目次
1.バカ売れの90年代からの直下とV字回復 (6/25 更新)
2.文化度を上げること=来店頻度を上げること (6/26 更新)
3.書店と出版社で「いまさら」な出会いを増やそう (6/27 更新)
4.「本に関わる人」はもっと自信を持っていい (6/28 更新)←now!
「本に関わる人」はもっと自信を持っていい
- 最後の質問ですが、例えば他の業界だったら、どんどん新興の会社ができて、盛り上がりがあると思うんですけど。「新しい出版社ができた!」って、ほとんどないですよね。3年前にできた、もう30代になった僕たちライツ社が若い、と言われる。それってちょっと世の中の感覚からずれてるなと思うんです。もっと若い人が来てもらうためには、どうしたらいいんでしょうか?
百々 出版業界ね。出版勧めないでしょ、もう今の大人が。
- 例えばダイヤモンド社の採用ってどんな感じなんですか?
井上 厳しいですよ。厳しいと思ってる。若い人自体が出版っていうものに興味がないっていうよりも、業界がもう撃沈するみたいに思われちゃってるので。
- Yahoo!ニュースとかで前に出る出版の話題って、そういった話ばっかりになってますもんね。しかもトップニュースで。
井上 問題は、出版業界にいる人たちが、自らそういう発信をしちゃうから。だから、出版に携わってる人たちが、もっと出版業の楽しさっていうか魅力を、世の中にダメだダメだっていうことを伝えるんじゃなく。
百々 ねえ。
井上 悪い、悪いっていうことばっかりしか言わないから。
- そろそろ、もうそれはいいんじゃないかっていう感じですね。
井上 それよりも、今、いろんな書店さんであったり出版社であったり、成功事例がすごく増えてきているので。そういう発信をしていかないといけないんじゃないか。
- いい面をもっと打ち出していくと。
百々 出版、面白いでしょ?
- 僕たちは。
百々 面白いと思うんですよね。でも普通の出版社だったらルーティンでやらされてるところもあるでしょ。編集一人あたり月に2冊は出さなくちゃ、みたいな。そういうのは変えないといけない。
- ノルマのための妥協、ですよね。
百々 うん。自分が注力してない、ノルマのために出さなくちゃいけない本なんてお客さんに失礼だし、著者にとっても失礼だし。出したら全部返品で戻ってくるのわかってるような本をつくらざるを得なくてもんもんとしてるんだったら、独立したら面白いと思うんですよね。
井上 業界の仕組みとして、来月予算足りないからあと3点何とか出さなきゃいけないっていうことができない仕組みに変わっていかないと。
- 今は現状できちゃう。
井上 今は、ほぼ委託の商売で、取次さんに商品を納められれば、ある程度お金が回るっていう(※)、これは本当にすごいことなんだけど、だからこれだけ日本は出版物の点数が増えてきたんだけど。
※前述した通り出版業界の取引はほとんどが委託販売です。これは一般的な委託販売とは違い、「返品条件つき売買」と呼ばれ、本を納品した時点で売買が一旦成立し、取次を通して出版社には売上が立ちます。この売上を目当てに自転車操業をしている出版社も存在します。しかし、そういった理由でつくった本は大量に返品されることもよくあります
- いい面ではある。
井上 すごくいい面ではあるんだけれども、ただ一方で市場が今これだけ、どんどん縮小してる中で、その仕組みをやろうとすると、高速の回転になるので。
- 単純にしんどくなりますね。
井上 はい。残念ながら、書店さんに納められても、昔は1か月置けた本が、3週間になり、2週間になり、1週間になり、今もしかしたら3日間も置けない本もたくさんある。
- 回転が上がりすぎている。
井上 百々さんの話で、毎月何回も(書店に)来ない、っていう世界なのに本が3日間しか置かれていなかったら、もうその本とは出会えない。
- そういう意味で、「出版不況」って言葉をうのみにし過ぎな感じがしてて、お二人がおっしゃられるように、過去の栄光はあの時代に合った適正なシステムと売上なだけで、今の時代は今の売上が適正って見たら、それはもう不況じゃないんじゃないかなって思って。僕たち自身は今の状況が当たり前だ、と思って出版社やってるんです。その感覚って井上さんいかがですか。
井上 まさにそれで、今の規模に合った出版点数にならざるを得ないんじゃないかなって思って。特にメーカー側としては、売上も店舗数もすべてが半分になってるのに、出版点数だけ半分になってないってことは。
- なるほど。
井上 書店さんは本当、半分ですからね。2万5000店舗ぐらい以上はあったものが、一応、出版科学研究所では1万2000店舗って出ましたけど、実際にお店を構えてるって考えると、多分8,000店舗ぐらいしか今ないって言われてるんで。
じゃあ同じように出版点数が減ってるかっていうと、全く減っていない。単純にだから減ればいいとかっていう話ではないんだけれども……。
- ちょっとおかしい。
井上 おかしいんじゃないかな。今売れてる本屋さんって、ちゃんと、これは置くけどこれは置かない、とか。やるやらないを決めてる。百々さんのところもそうだと思う。あれだけ大きなお店でも、紀伊國屋さんでも、売るべき本と売らない本。絶対(全部の書籍は)置けないはずなんで。
- それは同時に出版社もそうすべきということですね、つくるものと、つくらないもの。
井上 そこに選ばれるように頑張らないと。それは選ばれるためには、正しい本づくりと、正しい営業、この両輪。この間お会いした書店員さんも悩んでいたから、「だったらライツ社いいですよ」って、ついつい言っちゃう。
- 突然!(笑)ありがとうございます。
井上 偉そうな言い方になっちゃうとあれなんですけど、本当に、まだまだ力入れるべき出版社ありますよっていうことを、書店さんも知った方がいいと思う。今ある上位100社の出版社だけを見てるんじゃなくて、特徴ある売り場をつくろうと思って、今までと違った見せ方を考えるなら、「新しい出版社の本」は一つの選択肢だと思うし。
百々 ライツ社がいいのって、大塚くん(ライツ社代表)の地元でやってるのがめちゃめちゃいいなと。
井上 いいよね。それもあったな。
百々 自分が育ててくれた場所に、自分が得た技術を持って戻ってきて、その技術を持って恩返ししようっていうところが、めっちゃいいなと。
みんなも、地元でもう一遍やればいいのになって。そっちの方が、さっき言った文化度、もっとニッチな視点になるっていうか、本って鳥瞰、俯瞰、蛙瞰、どれもで見なくちゃいけない。どの視野も必要だけど、地域にめっちゃ根差した視点、すごい大事じゃないですか、文化にも。(ライツ社が)まだ成功かどうか言いきれないけど(笑)。
- 怖い…。
百々 でも、このライツ社っていう存在は、井上さんがいっぱい言いふらしてくれると思うんで。そういう道もあったか!っていうような物語を、みんなが知ってくれたらいいですよね。
- そうなったら、すごく嬉しいです。
百々 マーケットが縮小してる中で、既存の出版社と同じようにやっても無駄だから。それだったら何もないマーケットに飛び込んで、ゼロから自分で開拓して発信した方がもっといいじゃないですかね。
出版社の人間って、いろんな地方から東京に来てるわけじゃないですか。だったら、東京で得た技術を故郷に持って帰って、本をつくって、地元の人たちに助けてもらいながら仕事をするのも楽しいんじゃないかな。
井上 ついつい人に言いたくなっちゃうんですよね、他社の本でも、自分がすごく感銘受けた本は「ぜひ、これやったほうがいいですよ」とかって、つい言っちゃう。本は本当、人に薦めたくなる商品なんですよね。
百々 だし、めっちゃ自分の愛着がわく。何回も読み返した本とか渡されたら、なんかうれしくないですか。
井上 図書カードっていうのが僕、大好きで。本屋さんで、入学祝いとか入社祝いで、おじいちゃんおばあちゃんだったり、お父さんお母さんが、図書カード1万円分のプレゼント。本を読んでしっかり勉強してねっていう。
- メッセージがありますね。
井上 しっかり生きてねっていう。図書カードって、人の思いがこもったカードだから。わざわざ本を、ある商品を送るためだけのカードって、いいよね。だから僕、業界のいろんな活動もやってるんですけど、何かキャンペーンやるときには、とにかく全部、図書カードを使うんです。
- 「本にしか使えないお金」ですもんね。
井上 書店さんは多少、手間が掛かったりとか、手数料だったりとか、いろいろ大変なところもあるんですけど。転売する人も中にはいるけど、子どもたちがもらえれば、必ず本屋さんで使うしかない。使ってくれるんです。
- 僕も子どもできたらもらいましたね、5000円ぐらい入ってる図書カード。それで絵本を買って。
井上 市によっては、最初の子どもに本贈ったり。
- ここも(明石市)そうです。
※明石市では4カ月健診で乳児に本を贈る「ブックスタート」や、3歳児に書籍を贈る事業「ブックセカンド」など子どもの頃から本に親しんでもらう取り組みを続けている
井上 だから、出版業界以外の人たちの方が本の力、信じてる。そう思っちゃう、最近。
- みんな普通に認めてるんですよね、本の力。
井上 明石だってそうだし、青森の八戸市で、日本で初めて市が運営する書店(※)があったり。
※八戸ブックセンター:八戸市長の政策公約として掲げられた「本のまち八戸」により、書店との連携で運営される本のセレクトショップ
井上 偉大な経営者だって、決まって本を読んで、社員に勧めたり。企業も、うちの本を研修の課題図書として選んでくれたり。
- 足りないのは業界の自信。
井上 業界ですよ。これ深い。出版不況だとか、本は終わった、だとかニュースを見て、業界の人たちだけが、どんどん萎縮してって、ダメだ、ダメだってなってる。でも本当は、本で人生が変わった人の集まりなはずなんです、出版業界にいる人って。
- 僕らもそうです。
井上 それを聞いたりすると、本当に世の中に貢献できる仕事なんだなって、出版業って。すごいと思います。なかなか「人生変わりました」って言ってもらえる売り物ってないじゃないですか。この本のおかげで。
- 逆に本以外でパッと思いつかないですよね。
井上 思いつかないですよね。生きる勇気をもらった、とか、感動するとか。
百々 この斧で、とかないな。
- (笑)。百々さんは、店頭でそういう体験をされたことって、あるんですか。
百々 人生を変えるような?
井上 だいたい、毎日変えてますよね、書店さんって。
- いろんなバックグラウンドを持ってお客さんが買いに来られるわけですよね。
百々 変えてるかはわからないですけど、でも、何人もいらっしゃいますよ、僕を指名してくれる人。「読み終わったから次の本教えてや」って。
- 関係性があるんですね。
百々 たまに変化球交えながら、読んだことないジャンルをお薦めしたりして。
井上 出版業界の人たち自身がちょっと、状況が厳しいんで、元気がなくて萎縮してて、でも逆に、こんな状況でも買ってくださってる読者の方が、まだ出版業界の可能性信じてんじゃないのかな、とか。例えば、経営者って、本たくさん読んでますよね。
- 確かにめっちゃ読まれてますね。
井上 星野リゾートの星野社長であったりとか。
- 出口さんもそう。
井上 みんな、本から得られる効能っていうのをちゃんとわかってるから買ってくれてるわけじゃないですか。
- そうですよね。ホリエモンさんですら確か、「いちばん学ぶのに吸収できるのは本だ」って言ってる。「いちばんいいパッケージ」って言ってる。だからもっと自分の仕事に自信持っていいってことですよね。
井上 世の中の人たちは、いやいや本の力すごく信じてるんですけどって。持てるはずなんだけどな、正しい本づくり、正しい営業をしていれば。
- そうですね。確かに、僕らの周りにいるウェブサービスを立ち上げた起業家たちもこぞって本読んでますし、むしろ「本出したい」って言ってる。記事はすぐ消されるし、見えなくなるし、アプリは流行ってすぐ削除されるっていう中で、20代の彼らは、もっと世の中を面白くしたい、儲けなんかじゃない役に立ちたい、みたいな純粋な気持ちでやってるのに、むなしさを抱えてる。一周回ってかわからないですけど、結局「本を」って相談もよく受けます。
百々 結局、ニュースを発信する人って、現場で本をつくってる人ではないじゃないですか。業界の数字をまとめるのが好きな人、なだけで。
- 1回落ち着いて周りを見渡して、ということですよね。
百々 そう。企業とか業界って、すぐ前年はこれだから、今年はっていう話になるじゃないですか。
- どうしても。それ1回なしで、みたいな。
百々 1回なしで。にした方がいいかもしれません。
- 過去と比べることは、もう必要ないんですかね。
井上 比べる意味がもうないと思うね。
- これだけ世の中の構造自体が変わってきて。
百々 前年は大事なのかもしれんけど、でもそれに縛られ過ぎて、萎縮するのがいちばんよくない。実験をしていかないと、なかなか厳しい。今って、バックミラー見ながら車を前進させちゃってるみたいな感じですよ。そんなん何にもできひんやんっていうのは、いっつも感じますよね。
- 前見てってことか。
百々 そこカーブあんの知ってる?
- 数字だけ見ると、本って大したことないのかなとか思ってしまうんですよね。
井上 だから僕すごいと思ったんだ、この時代に。ライツ社が。
百々 ねえ。
井上 自分じゃできないことを、こんな若い人たちがやるんだな、と思って。どういう気持ちで立ち上げたんだろうっていろいろ考えちゃって。
- 僕らはかっこいいと思ってたんでしょうね、本が。
井上 そうね。かっこいいよね。
チャンスが本当いっぱいある、今は。業界のおっきなルールも、これからだいぶ変わっていくはずなので。その変化に対応できる人にとっては、ものすごく大チャンスです。変えなきゃいけない、変えなきゃいけないって、変えられなかった業界だと思うんですね。戦後ずっと続いてきたし。
百々 完成され過ぎてますもんね。
井上 完成され過ぎてるんですよ、本当に。本当すごいんですよ。全国津々浦々の本屋さんに、これだけ単価の安い雑誌と書籍を毎日運ぶっていうのは。なのにそのルールがこれから。そのルールを変えられないと本当、みんな総倒れになってしまうよね。だから変わらざるを得ないっていうところが、本当にこの数年で起きてくる。
- 本当に変わりだしたタイミングなんですね、今。
井上 新しく立ち上がってくる出版社や書店っていうのは、今まで背負ってるものがないはずなので、ものすごく大きなチャンスが絶対あるはずです。
- ほんまに各所で面白い新しいこと生まれてますよね。講談社と集英社が一緒にやりだした、とか。あんなの、あり得なかった。ああいうあり得ない事例が、これからどんどん出てくるってことですよね。
井上 そう。おっきなところだって仕掛けてくるし。
- だからこそ。こうやって本のいいところ、出版業界のいいところを発信していきたいですね。
そろそろお時間です。今回はありがとうございました。
井上 ありがとうございました。
百々 ありがとうございました。
- 最後に写真を撮影して終わりにしたいと思います。
このあと、ライツ社のオフィスから歩いて5分、明石海峡大橋と淡路島を臨む海へみんなで写真撮影に行きました。
仲良く海を眺めるこの2人。井上さんと百々さんは偶然にも生年月日が一緒(1971年2月27日生まれ)なんです。井上さん曰く
「百々さんとは、双子だと思えるぐらい、気が合うんですよね」。
どうりで会話が阿吽の呼吸だと思いました。