3.読者を消費者にしたくない。読者と一緒に育っていきたい。
NewsPicks Publishing編集長の井上慎平さんとライツ社編集長の大塚の対談をお送りします。
目次
1.もともとはひとり出版社をやろうとしてた
2.出版社以外の企業が、本を出していく可能性
3.読者を消費者にしたくない。読者と一緒に育っていきたい。
4.NewsPicks Publishing編集長が考える「ビジネス書づくり」3つの条件
5.反対に、ライツ社は何がしたいんですか?
6.出版社の輪郭をゆがませよう
大塚 井上さんは今、何に痺れてるんですか。NewsPicksに行って。
井上 痺れてる?
大塚 井上さんはどこに興奮してるんですか? 今。
井上 今。
大塚 どんなことができると思っているのか。
井上 はい。一つは、さっきの「本と読者をどう結びつけるか」とか「出版が上手く回る仕組み」に興奮してるのもあるし。
もう一つは「レーベル」。今度のNewsPicks Publishingっていうレーベルは、明確に「僕たちはこっちを目指してます」と宣言します。それは、僕にとって、新しいブランドのつくり方なんですよね。
今も出版業界にブランドはあります。歴史ある出版社が、過去の蓄積をもとに「この出版社なら間違いない」と読まれるケース。これは過去起点のブランドですよね。一方、僕たちがつくりたいのは未来起点のブランドなんです。僕たちがどんな思いで出版をやっているか、こういう未来をつくりたいんだというベクトルをはっきり示して、それに読者が共感してくれて、同じ方向を向く。それができたら、かなり痺れますよね。
大塚 一緒につくっていく。
井上 「難しいんじゃない?」とたまに言われますが。
大塚 どこが「難しい」って言われるんですか?
井上 よく議論になるのは、そういうメッセージって、本が揃っていったときに、振り返ったら集まっていたものであって、何もつくってないうちからいろいろ言って、っていうのは順番が逆ですよね、と。
大塚 たしかにね。
井上 うん。
大塚 じゃあ、どうやって伝えていくのか。
井上 「何を伝えるか」「どう伝えていくか」っていう2段階なんです。問題ははっきりしていて。
何を伝えるか、でいうと、とくに僕がやってるビジネス書の分野は、あなただけがうまく行きますよ、みたいなテイストの本が多い。誰かが勝ったら誰かが一人沈む。それはあんまりおもしろくないなって僕も思ってるし、読者の人も思ってるはず。
大塚 本当は。
井上 だから僕たちはそうじゃないものをやるんだ、と。そのコンセプトは「希望を灯す」。副編集長の富川も教養書の分野でそれをやって、僕はビジネス書でやろうとしていて。きれいごとだ、という批判も受けるだろうことは承知のうえで、やっぱり今いちばん足りないのは希望じゃないですか。
大塚 井上さんが今までつくられてきた本って、今考えたら「希望」そのものですよね。
井上 今までの仕組みや価値観を更新して、特定の個人ではなく社会全体が前に一歩進めるようなふるまいを僕は「希望」と捉えているんですね。これだけ閉塞感があふれる時代に、個人同士が競争しあっても疲弊するだけ。今求められているのは、既存の価値観を更新し、全員が前に進めるような思考のフォーマットのはずです。
大塚 井上さんが「希望を灯す」って言うじゃないですか。
井上 はい。
大塚 井上さんがこれまで何をつくってきたかを知ってる人は、それだけで、おお! 応援する! ってなると思うんですよ。それは、井上さんっていう編集者に蓄積があるから。
井上 たしかに、1冊も本つくってないやつが言っても、ですもんね。
大塚 だからやっぱり、意志ある編集者がいるっていうのはブランドにとってすごく大事ですよね。
井上 うん。僕がそのコンセプトを言うと、過去どういう本をつくってきたかって問われるし、それがなかったら上滑りする。そういう意味では、未来起点のブランドっていうのは半分合ってるけど、半分違うな。
とにかく大事にしたいのは、読者と同じ方向を向くっていうところ。今なんか、とくに実用書の分野って、「あなたのニーズにわたしは答えます」「ちょっとでも安く答えます」「1日でも早く成果出します」みたいな、読者を消費者的な態度にする本が多いと思うんです。
大塚 そうか。
井上 テレビも一緒で、視聴者が欲しがるものだけを考えるから、連日ゴシップをやるし、あらゆるメディアでつくり手がジレンマを抱えてる。
テレビの人とよく話すんですよ。「いや俺もこういうことやりたいよ」「政治のことやりたいよ」「でもみんな見ないからさ」って。だから、それが続いちゃうと、どっかでつくり手もバカにし始めちゃうんですよ、受け手のことを。
大塚 なるほど。
井上 それはどのメディアにも言えることで。そこに対しての唯一の解決策が、読者と一緒に育っていくっていう関係性を築くことです。そしたら、その悲しい構図から抜け出せるんじゃないかって気がしていて。
何が言いたいかって言うと、もう出版にかぎらず、メディア全部が「受け手と一緒に育っていく」っていう関係性をつくらないと先がなくって。
大塚 うんうん。一つ、NewsPicksみたいな大きな規模ではないけど、前職から続けてきたおもしろい事例があるんです。
僕は、TABIPPOっていう「旅」関連の事業をやってる会社とずっと本をつくってきてたんです。
TABIPPOは「旅」っていう括りで何でもやってるところで、簡単にいうと「旅が好きな人が集まるコミュニティ」をつくってる会社なんです。NewsPicksほどではないけど、それでも月間数百万PVあるウェブメディアがまずあって、1万人ぐらい集まる音楽フェスをやったり、本も10冊以上出版してて、雑貨までつくってて。
井上 はい。
大塚 おもしろいのが、このTABIPPOは僕と本を最初につくったとき、まだ会社ですらなかったんですよ。
井上 へー!
大塚 まだ学生団体みたいな感じやったんです。最初に出した紀行文と写真集がいきなり7万部ぐらい売れて、著作権料が入って、それを資本金にして、会社にしたっていう。
井上 すげー。
大塚 すると、何が生まれるかっていうと、その本を見て旅に出た、とか、TABIPPOを知った、みたいな人が集まって、コミュニティになって、会社になって、ウェブメディアが大きくなって、イベントにも人がたくさん来るようになっていった、という。
井上 うんうん。
大塚 最初に出した本は世界一周の紀行文で、プロじゃない、一般の旅人の世界一周の体験談を50人分集めて本にしたら、それが2万5千部売れたんですよ。で、その次はウユニ塩湖の写真集を、写真家でも何でもない一般の旅人から100人集めてつくった。それが4万5千部売れたんですよ。
井上 なるほど。
大塚 何が言いたいかというと、TABIPPOって、プロが書いた本を1冊も出してないんですよ。全部一般の旅人から集めたテキストか写真で、本をつくって、それがもう累計30万部ぐらいまでいってる。
井上 すげーなー。
大塚 「旅っていいよね」っていう、すごく大きな合言葉だけがあって。その言葉にみんな集まってくるんです。
井上 はい。
大塚 旅って人生を良くするよね、と信じている人たち。で、その人たちが、過去の旅の記録を提供してくれるんです。呼びかけたら、何万枚もの写真が集まる、何百人から文章が集まる。それを本にする、売れる、そしたら、またそれを読んで、旅に行く人が増える。
井上 はい。
大塚 旅に行った人たちは、また、次のTABIPPOの本に投稿してくれる。
井上 そうなりますよね。
大塚 それがもう5年続いてるんですよね。これって、「つくり手と読者がずっと同じ方向を向いている実例」なんかなあって。
そして実際、どんどんTABIPPOっていう会社は大きくなっている。最初は3人の学生団体から始まったのが、今は30人ぐらいの会社になってるんですよね。
井上 いやあ、ほんまにすげえなあ。
大塚 NewsPicks Publishingは具体的に読者としていきたいこと、あるんですか?
井上 やりたいこと、あるんですよ。本づくりを一緒にするっていう方法もワン・オブ・ゼムであるかもしれないですけど。それだけにも限らない。
本をつくって、行きたい方向がこっちだっていうのを示せて、たとえば12冊の本が揃ったら、それが1冊の雑誌のようなってる、みたいな。そこにコンセプトが見えてくるようにしたいんです。
雑誌って厳しいじゃないですか、今。でも一方で、流れとしては「文脈のついた情報」って求められてる気もして。あらゆる情報が増えてて、処理しきれないじゃないですか。
だからもう、カラーのある情報じゃないと受け取れない、その流れは読者側にある気がするんですよね。それで、もう一回雑誌的なものを新しい形で復活させたい気持ちはあるなあ。
大塚 また厳しいとこ攻めますね。そのカラーっていうのは、会社のカラーなんですか、編集者のカラーなんですか。
井上 僕の中でまだ完全な答えは出てないんです。でも、うちの出版チームの人数を増やしていくことを重視する前に、もっとカラーの明確な、違うカラーの出版社があと20個ぐらいできたほうがめっちゃ健全かな、と思ったりもします。
大塚 時代は逆ですけどね。たくさんの中小規模の出版社が合併していってる。
井上 でも、ライツ社でかくしたいですか?
大塚 全然、したくない。だって、今たった4人でも、自分たちがおもしろいと思った本をつくって、それが何万部も売れてる。その結果って、「出版の構造」があるから、つまり「取次」がいてくれるからですよね。たった4人の会社が全国に商品を届けられる、ってすごいことだと思うんですよ。
井上 いや、ほんまそうですよね。
大塚 なんか、最近の「直取賛美」の「取次の悪者扱い」みたいな流れはちょっと違うかなーとも思うんですよ。
井上 そこ、出版社は特殊ですよね。
大塚 たった4人で全国に自分たちの好きなものを、伝えたいメッセージを届けられる業界なんだよって。めっちゃカッコいいと思うんですよね。本当は。
では、そろそろ時間もあれなので。オフィスに戻って続き話しましょうか。
井上 そうですね。あんまり長居しても。ごちそうさまでした。