「経済」と「文化」のあいだで。これからの出版社は何ができるのか?
最近、こんなフレーズをたびたび目にして、ちょっとヘコみます。「出版業界て、なんかビジネスモデル古いよね」。
いやいやいやいや! 出版っておもしろいから! とはいえ、瀬戸内海の端っこにあるライツ社からポツンと叫んでも、たくさんの人の耳には届かないよな…。そんなことを考えていたら、はるばる明石まで、すごいお客さんが(息抜きに)来てくれました。
いま最も注目されている出版社&編集者といえば、この人。NewsPicks Publishing編集長の井上慎平さん。
NewsPicks PublishingとNewsPicks Bookってややこしいよ!というツッコミは心にとどめつつ(詳細は上の記事を読んでください)、せっかく明石に来てくれたので、名物の明石焼きを食べにいくことに。
はふはふ言いながら、ライツ社の編集長・大塚と、対談してもらいました。
出版社として、編集者として、NewsPics Publishingは、井上さんは、これから何をしていきたいのか? たくさん聞きました。
目次
1.もともとはひとり出版社をやろうとしてた
2.出版社以外の企業が、本を出していく可能性
3.読者を消費者にしたくない。読者と一緒に育っていきたい。
4.NewsPicks Publishing編集長が考える「ビジネス書づくり」3つの条件
5.反対に、ライツ社は何がしたいんですか?
6.出版社の輪郭をゆがませよう
プロフィール
井上慎平(いのうえ しんぺい)写真右
NewsPicks Publishing編集長。1988年、大阪生まれ。2011年、ディスカヴァー・トゥエンティワンに入社。書店営業、広報などを経て編集者に。2017年、ダイヤモンド社に入社し、ベストセラーを連発。その実績を買われ、NewsPicks Publishingに移籍、立ち上げ編集長に就任する。主な担当書籍に『「学力」の経済学』中室牧子(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『地元がヤバい…と思ったら読む 凡人のための地域再生入門 』木下斉、『転職の思考法』北野唯我(ダイヤモンド社)など。
大塚啓志郎(おおつか けいしろう)写真左
ライツ社 代表取締役 編集長。1986年、兵庫生まれ。3児の父。2008年、いろは出版に入社し、編集長を務めたあと30歳で独立。ライツ社を創業。「いま日本でもっとも新しい出版社」の1つとして、本づくりだけでなく、新しい出版社像をつくることに挑戦している。主な担当書籍に、『365日世界一周絶景の旅』TABIPPO(いろは出版)、『HEROES』ヨシダナギ、『売上を、減らそう。』中村朱美(ライツ社)など。
井上 おお〜きた! けっこう多い。
大塚 おだしにつけて食べてください。
井上 あつっ、ほふ、めっちゃうまい…。
大塚 けっこうお腹一杯になりますよ。
井上 明石いいっすね。居心地いいし、もう帰りたくないわ〜。
大塚 いやいやいや(笑)全方位から怒られますよ。
じゃあまずは、井上さんが明石に来てくれるまでの「経緯(いきさつ)」からいきましょうか。
井上 はい。NewsPicks Publishingを始める、つまりNewsPicks自体が出版社を立ち上げるってことになって、仲の良い先輩に相談したんです。そしたら、ぜひ合わせたい人がいるって。そこでご紹介いただいたのが高野さん(ライツ社の共同代表兼営業責任者)やったんですよ。
大塚 5月くらいでしたかね。
井上 うん。そこでライツ社さんのことを知って、2年前にできたベンチャー出版社で、少人数でやっていて、みたいな。こんな時代に、出版社つくって、しかも出版取次と口座をちゃんと開設(※)して、王道ど真ん中の出版事業をたった4人でやっている。
(先駆けてやっている人がいて)もう神かと思いました。
(※)取次会社にもよりますが、審査が厳しいところでは、取引口座を開設できる新規の出版社は年に1社あるかないか、と言われています
大塚 (笑)まさに井上さんの状況とシンクロしたわけですね。
井上 …もう聞きたいこといっぱいある! と思って。それで、もうストーカーのように何回も電話をさせてもらって。
大塚 高野には何を聞いたんですか? 最初。
井上 僕、取次をあまりわかってなかったんですよ。ダイヤモンド社のときは編集しかしてなかったし、その前はディスカヴァー・トゥエンティワン(以下、ディスカヴァー)にいて、営業もやってたんですけど、あそこは直取(※)なんで。
※出版社と書店の取引は、一般的には取次会社を介して行われます。ディスカヴァー・トゥエンティワンやミシマ社などは、取次を介さず、書店さんとの直接取引を行なっています
大塚 そうですね。
井上 番線(※)も見たことないし、という感じで、何もわからなかったんです。
番線:取次会社が商品の仕分け・配送・伝票処理を円滑に行うために各書店ごとに設定しているコード。書店に営業に行くと、番線印(ハンコ)を注文書に押してもらうが、ここには上記の番線と書店コード(店舗の識別コード)が刻まれている
大塚 ダイヤさんは直取じゃないけど、そこはノータッチだったんですね。
井上 かなり大きな組織なんで、完全分業で。ありとあらゆる数字の予測の立て方がわからない。あとは取次との口座の開き方、歴史や仕組みのある会社にとっては数十年前の話だから、そもそもほとんど誰も知らない。
大塚 たしかに。僕たちの経験って、よくよく考えてみると珍しいんですね。
井上 そうです。
大塚 じゃあ、基本的に僕らが立ち上げに準備したことをあらかた全部伝えたってことか。
井上 うん。聞けば聞くほどわからないことが出てきて。また電話して、だからほんまに高野さんいなかったら、やばかったですよ(笑)
もともとは「ひとり出版社」をやろうとしていた
大塚 ずっと聞きたかったんですけど、井上さんはそもそもいつか独立したいって思ってたんですか?
井上 はい。僕の場合、ディスカヴァーで営業やったんですよね。それで、1年目は東北を担当していて、ちょうど本屋さんがどんどん潰れていっている時期だったんです。正直、自分はなにやってるんやろう? と模索してました。
大塚 目の前で、潰れていく。
井上 その1年目に感じた気持ちがずーっとあって。そのときは、いつか編集者になって売れる本をつくろうと思ってたんですけど、「本が売れる仕組み」をつくろうって思ったんです。
大塚 本ではなく、仕組み?
井上 というのは。
みんな(書店さん)頑張ってるじゃないですか。自分(出版社)も頑張ってるけど、それ以上に「書店員さんの頑張り」にすごく依存してると思って。それこそ「善意の搾取」と言ってもいいほどの状況になってる気がしてたんです。出版業界全体が。
僕ね、原体験があって。
大塚 はい。
井上 営業してたときに、地方の書店で、書店員さんとちょっと煙草でも吸おうかって一緒に話してたら、「ええなぁお兄ちゃん、20代でそこそこ金もらってるやろ」って言われたんですよ。
大塚 あー。
井上 「俺らもう今50歳やけど、こんなやで」って、ここで数字は出せないけど、えええ、っていうぐらいの。しかも、それが店長クラスの方で。それが自分の中で決定的だったんです。書店さんの粗利低い問題とか、仕組みをどうにか変えたいっていう。それを突き詰めて考えだすと、やっぱり、どうしても。
大塚 うんうん。
井上 出版社として、いい本もつくるし、そこがスタートラインやけど、業界自体が、経済的に持続可能な仕組みになってほしいんですよね。
大塚 やっぱり、仕組み。
井上 文化だから、というきれいごとで終わらない形で、ずっと本が読まれて回っていく世の中をつくらないとっていう危機感のほうが強いですね。
大塚 経済と文化のあいだ。
井上 そうですね。うん。経済と文化のあいだ。
大塚 もっとも難関なポイント、攻めますね。
井上 もっとも難関ですね。でもそれを割り切らずにやっていく、この葛藤を抱えながらやっていくってことが、すごく大事なんじゃないかなっていう気がしています。
そんな状況を変えようと思って、「ひとり出版社やりたい」って、ディスカヴァーを辞めるときはそう言ってたんですよね。
大塚 最初は「ひとり出版社」をイメージされてたんですね。
井上 はい。そこからミシマ社の三島さんや、センジュ出版の吉満さんに相談して。ひとり出版社なら、なんとかできそうかなって思ってはいたんです。
でも、予算とか資金繰りが厳しくなることはわかってたし、せっかく独立したのに、うまくいかずに結局またノルマのために本を出すみたいな、本当はやりたくなかったこともやらなきゃいけなくなったら意味がないな、と思って。何より、業界へのインパクトが出しづらい。
何のために独立するんやろうって考えているときに、NewsPicksに声を掛けてもらった。
大塚 そうだったんですね。
井上 箕輪さんとの対談でも言いましたけど、現状の仕組みだと、お客さんが書店さんに行って、大量の本の中から選ばないといけない。出版社側からすると「いかに0.1秒で読者の目を釘付けにするか」っていうのに全精力を注いでる。
大塚 それをやり続けて、みんな疲弊してる。
井上 選ぶ側もしんどいじゃないですか。そしたらもう書店さんにもあんまり足を運ばなくなるし、もうすでにそうなってるんじゃないかなっていう気もするんです。
本当だったら、いま出版社にいる人がもっといろんなことをやらないといけないんだけど。やる意識を持ってる人も少ないし、そもそも、うまくいってる人(ヒット作を連発している人)は目の前の本づくりを続ければいいってなるので。
大塚 たしかに。
井上 営業もそうですけど、編集もやっぱり部数が多ければ多いほど楽しいもんなんです。
大塚 売れたら気持ちいいですもんね。
井上 そうそう。あいつは8万部やったけど、俺は12万部、みたいな。なんかそういう重版重版みたいなのって、ドーパミンが出るから。それがゆえに、あんまり別の楽しみを見つけたくなくなる。そういうのは思います。
大塚 その楽しさもわかりますしね。でも、じゃあそれこそなんで井上さんはそのゲームをやめたんですか?
井上 その楽しさの先には、未来が見えへんなっていうのが正直なところなんです。
でも、NewsPicksは出版業界の外で、テクノロジーに強みがあって、そこでチームを組めたらおもしろいなって思ったんです。
大塚 なるほど。
井上 あとは、自分の中で「経済」にすごく興味とこだわりがあったので。
大塚 ずっとビジネス書をつくってこられてますもんね。『「学力」の経済学』も『地元がヤバい…と思ったら読む 凡人のための地域再生入門 』も、「経済」という言葉のいろんな部分を切り取って、その中の課題を本にしてきた、みたいなことですか?
井上 どっちかというと、もっと青臭い話で。(売上とか利益とか抜きに)もっと社会を良くするにはどうしたらいいのか、みたいなのが僕の根底にはあるんです。
でも、これだけ世の中で「経済」が力を持ってしまったら、経済の話を抜きに、こういうアイデアがあるよねって言っても、きれいごとで終わってしまう。だから、「社会的な目と経済のバランス」は絶対とりたいって思ってたんです。
大塚 社会を良くする、と、経済を成長させる、どちらも諦めない仕組みをつくるにはってことですか。
井上 はい。で、今って、どちらかに寄ってしまう人が多いな、と思ってて。
大塚 …ああ。経済は捨てます、みたいな。
井上 捨ててはいないけど、結果としては、あんまり経済的に大きな力はない、でも頑張ってる人たち。
NewsPicksって、それとは正反対じゃないですか。それこそ六本木のど真ん中にオフィスもあって。そのバランスを取るのが自分の役目かなって。経済サイドの会社で、そういうこと(社会的な目)を言う人は多くないので。
大塚 本の仕組みっていう課題と、経済っていう課題を両方解決できる方法が、NewsPicksで出版社をやるってことだった、ってことですね。
井上 そうですね。経済をアップデートしようぜ、っていうのはNewsPicksの一貫したメッセージなんで。たしかに、これだけ経済が社会を動かすようになると、経済を抜きにしては何も語れないじゃないですか。
大塚 たしかに。
井上 でもじゃあ、その先にどんな社会があるのか、みたいなのはまだちょっと見えないなっていう気がして。
大塚 未知数。
井上 未知数。だからこそ、自分がそこをつくる椅子に座らせてもらえるなら、やろうかなと。
たぶん、(ひとり出版社で)一人きりでやったほうが、自由に自分の好きなことはできるはずです。一部の方からは、「NewsPicksは経済に偏っていて文化の視点がない」という声があることもわかっています。それでも、というかだからこそ、NewsPicksでやりたかった。あくまで組織の中で、いろんな人々がいる中での説明責任も果たしながら、社内調整を引き受けつつ、それでも経済メディアの中でやる。葛藤を抱えつつ前に進む泥臭さが今の自分にも、出版業界にも必要やなって思ったんです。